《6》

……俺にはまだしなくちゃいけないことがある。

胸に誓って、二人で朝日が登るのを見つめた。

裁判場へ向かうと、観客は応援を浴びせてくれた。だけどみんなの前に立った瞬間、もやもやとしたものが視界を埋めていった。

煙のような光のような……遠くであいつの声が聞こえる。必死に何かを言ってくれているようだ。でも聞こえない……。

そのまま世界は白に包まれていった。


目が覚めるとベンチの上だった。暖かい陽に包まれている。

白い小さな花が辺り一面に咲いていた。端っこには誰かの忘れ物だろうピンク色のボールが転がっている。

どこだかは分からないが、起き上がらないと。踏み出さなければいけない、誰かに伝えなければいけない気がして──ずっと、ずっと、走り続けていた。

高いビルに、どこかに似たような屋上を作った。自分の隣は、可愛い孫たちが囲んでくれている。

「ねぇ、おじいちゃん。おひさまはあったかいね」

「そうだね。みんながちゃんと、暖かさを感じられる心の持ち主で良かったよ」

「そんなのがわからないひともいるの?」

「いるんだよ。中にはね」

「その人はどうするの?」

「教えてあげるんだよ。優しく、一緒にお日様を見ようって言ってあげるんだ。みんなならできるね?」

はーいと手を上げると、すぐに追いかけっこが始まった。

「貴方、そろそろ時間ですよ」

「ああ、今行くよ」

「みんな貴方の言葉を待ちわびているんですから」

人間が一人一人、少しずつでも優しくなっていけたら、こんなに素敵な世界になるんだ。

俺はもうすぐ寿命が尽きるけど、みんなが沢山の優しさを受け継いでいってくれている。

今日も陽の当たるその下で、優しさが生まれた。





固い感触に目が覚めた。木のベンチで眠っていたからか、体が痛い。目の前には汚れた川が流れていて、ゴミが溜まっている。自分はそのゴミと同じような服を身につけていた。

その時、視界の端に男が一人過ぎった。川に一歩身を進めて、更にもう一歩……何をするつもりなのか気づいて体を起こし、慌てて男に飛びかかった。

「なにしてる……っ」

「うるさい、俺に触るな! お前みたいになるぐらいなら、こうした方がマシなんだよ!」

「落ち着け! 一回ここから出て……」

「黙れっ!」

興奮した様子の男の手には、包丁が握られていた。

「これ以上こっちに来ると、お前を刺すぞ! ゴミはゴミらしくそこで大人してろ!」

「そんな奴だからこそ、話せることもあるんじゃないのか」

うっすらと記憶が蘇ってきた。本当に少しずつだが、自分に味方をしてくれた奴の顔とか、芝生の感触が……。

「話すことなんかねえよ。俺はこんなどうしようもない世界、自分からやめてやるんだ! こんなクソみたいな場所、こっちから願い下げなんだよ!」

「やめろ! とにかくそれを捨ててくれ」

男と組み合いになる。もう言葉は届いていないようだった。

「……っ」

息が出来なかった。力が抜けて、目線はいつのまにか男の足元にあった。熱い血が流れていくのが分かる。

「お前は、悪く、ない……力になれなく……て、ごめ、んな……」

聞こえたかは分からない。その男だけに言ったのでもなかった。もっと暖かい世界に向けて──


生の終わりなんてあっという間だ。この瞬間に人は悟りを開くのかもしれない。ただ穏やかに、悲観するわけでも絶望するわけでもなく……胸の中は暖かいままだった。


でも叶うことなら、あの世界に行きたかったな……。




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