《4》
サトウに与えられた一番最初の仕事は掃除だった。元々綺麗なビルなので、気分も体も楽だ。
実際始めてみると、汚れているところはほとんどなかった。仕方なくホコリを丁寧に拭き、ピカピカになるまであらゆるものを磨いた。
一日の終わりに白い封筒を渡される。中身は多くはなかったが、ここでなら充分のお金だった。
その次の日も掃除かと思ったら、今度は町の案件まとめを任された。要望や相談したいことが送られてくるらしい。
割と数はあったが、内容は簡単なものだ。犬小屋の修理をお願いしたいだとか、一緒にガーデニングをしてほしい(結局畑の耕しだった)とかだ。
まとめると同時に近場のものもあったので、手伝いに行ってしまった。勝手なことしたかと思ったが、サトウ以外の奴も褒めてくれて、俺は徐々にこの場に馴染んでいくのを感じた。
そんなこともあり、今ではサトウ達と一緒に案件まとめをしつつ、取り締まりやパトロールなども任されていた。
「良かったらコーヒーどうぞ」
「ありがとう。そういえばR-13の件は大丈夫?」
「はい。無事に見つかったそうですよ」
ブロックごとに分け、アルファベットを順番に振っていったものが、町の名前になっていた。数字はその中の家の順番だ。例えば町の端っこで、更にそこから最初に見える家はA-1となる。
ちなみに今のは脱走した猫の話だ。ペットを所望する家庭は少し離れたところに住んでもらっている。なのでこちらのペットアレルギーや、苦手とする人たちのところに来てしまったら、割と大事になる。
「良かった。動物は気まぐれだからなぁ」
ふふふと笑って去る女の子と入れ違いに、サトウが近づいてきた。
「ケイゾウさん少しよろしいですか」
「うん? どうした」
「ちょっと外でお話しましょう」
くいっと上を指し、屋上に連れて行かれた。
人口だが芝生のような床になっていて、周りは緑が多い、なかなか良い場所だった。風に吹かれながら町を見つめる。
サトウはいくつかの報告を済ませると、溜息を吐いた。休憩がしたかっただけかもしれない。
その横顔を見て、以前から考えていたことを口に出した。
「なぁ、前に言ってたことだけど、あまり大規模なものは無理かもしれない。様子見がてら……祭りとかやってみねえか」
「お祭りですか」
「あれなら手っ取り早く仲間意識も芽生えるんじゃないか。屋台は今ある奴をちょっと改造すればいいし、シートを敷いた上で簡単なゲームをするぐらいなら、素人でも用意できそうだし。そんなに難しい作業もないだろ」
「……本当に貴方はここに馴染んできましたね。それならみんなも喜んでくれるかもしれません。さっそく下見に行ってみましょうか」
「随分あっさり決めちまうんだな」
「貴方のアイディアが良かっただけですよ」
そうか? と顔を覗くと、いつも通りの顔で微笑んだ。
「義務にならないように、工夫しなくてはいけませんね」
「俺みたいな奴は学校行事とかサボってばっかだったんだよなぁ……。どうしてもあの中に溶け込めなくてさ。今思うとあの時しかできないことを、バカだと分かっていながらも、全力でやれば良かったと思うよ。自分を騙しながらでもやっていかないと、楽しいことなんてなくなっちまうからな。だからそのリベンジじゃねえけど……それができるなら俺はやってやる」
みんなにも伝わればいいなと、付け足した。
「ケイゾウさん……」
「ん? 何か言ったか?」
振り向いても、サトウは顔の前で手をひらひらと振るだけだった。
「なんでもないですよ」
「そうか。じゃあそろそろ戻るか」
未だにここに来た理由や方法は分からないが、これは自分を生まれ変わらせるチャンスなんだと思う。
サトウが去った後、拳を空に向けた。
「俺はここで生きていくんだ」
それから祭りの準備は思ったより順調に進んだ。始めは少数だったが次第に集まっていき、今では大半の人間が関わっている。体が不自由な人も、家の中で景品を作ったりしてくれていた。
雰囲気も最初はぎこちなかったが、今では自然と話が弾むようになっていた。同じ目的で動いていると、会話が生まれやすいようだ。
俺が責任者ということもあり、自分は名前で呼んでくれて構わないと言うと、少しずつケイゾウという名前がブームのように広がっていった。恥ずかしかったが、単純に嬉しく思えた。
たった一晩の為の準備、それでもみんなは一生懸命やってくれた。
ついに当日になった。この町には様々な職人もいたようで、思ったよりも本格的な祭りになっていた。
外から取り寄せたという花火をいくつも準備して、開幕と同時に火をつけた。空に立派に咲く打ち上げ花火とまではいかないが、これでも充分なようで、歓声が上がった。
仮面越しでもみんなの目が輝いているように見える。思わず少し潤んでしまったのがサトウにばれた。眩しかったからなんて言い訳はバレバレだろう。
「ほら、お前も何か買ってこいよ」
「そうですね。じゃあ初心に戻ってアレ……いっちゃいますか?」
くいくいっと飲むジェスチャーをした。
「お前も相変わらずだなぁ」
「とかいいつつ、足が向かってるじゃないですか」
「そりゃ一仕事終わったら、一杯のビールって決まってるからな」
「今日はつまみも充実してますしね」
一つずつ屋台に声をかけて、挨拶回りをしていた時だ。視界の端で何かが動いた気がした。
「あれ? あそこに何かいないか」
屋台の裏側、雑草の生えた場所に猫でも紛れ込んだかもしれないと見に行くと、女の子が一人膝を抱えていた。
「おい、あの子……」
「君、どうしたの?」
目に入った瞬間にサトウは話しかけていた。女の子がちらりと顔を上げる。
「来ちゃ、いけない……の」
「今、来ちゃいけないって言ったか?」
それきり女の子は黙り込んでしまった。サトウは何か考える素振りをした後、俺に耳打ちをする。
「ケイゾウさん。この子はちょっと放っておきましょう」
「どういうことだ」
サトウの口からそんな冷たい言葉が出てくるとは思わなかった。
「例のU-8の子ですよ。今は大事にせず、見逃して帰るように促してあげた方がいいでしょう」
「君もお祭りに来たかったんだよね」
制止するサトウを振り切り目の前に座る。目線を合わせるようにすると、恐る恐る顔を上げた。何秒かの沈黙の後、こくりと頷いた。
「じゃあ、おじさんと一緒に回ろう」
「ケイゾウさん!」
「なんでお前は放っておくなんて選択ができるんだ」
「だから……っこの子は色々厄介なんですって。親の件はこっちでも考えている最中ですから、今日の所は」
「関係ないな、そんなもの。この子は悪くないだろ。祭りは今しかないんだ。だったら楽しませてやってもいいだろ!」
こいつとぶつかったのは初めてだった。しかし、なぜここまで厳しくするのだろう。
確かにこの世界では珍しく、いやこの世界だから難しいのかもしれない。
特に虐待やその類のものが行われている様子はないが、子供は家にいるのを嫌がった。親は子供と別れるなど納得していない。なるべく家に居ないように、図書館などに来てはいるが、根本的な解決にはなっていない。
大きな問題がないからこそ、難しかった。単に我が儘というだけでは片付けられない、彼女なりの不満があるらしいが、それだけでは引き離すだけの理由にはできなかった。
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