冒険者カトラスの受難
鷺島 馨
冒険者カトラスの受難
— 言葉の通じない女性を拾った。元カノが現れた。(仮)— 外伝
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俺たちは今深い森の中、生茂る葉を掻き分けながらこの先にある洞窟を目指していた。エルファーリスの中規模都市ハスハのギルドにもたらされた依頼の調査の為だ。
わかっている情報は
・森の奥にある洞窟から不気味な唸り声が聴こえてくる。
・森の中で食い荒らされた獣の死骸が散見した。
・炭焼き小屋が何者かによって破壊された。
数組のパーティが調査を行なった結果、洞窟内が怪しいという事にはなったのだが洞窟内の調査に慣れたパーティが他の依頼を受けており暫くは手が空かないという事で俺たちの元に調査依頼が回って来た。
本来であれば断りたかった。俺たちのパーティーも二か月前に盾役が抜けて戦力が不足しているのだ。
「調査くらい残った面子でも出来るだろうに支部長は慎重すぎるんだよなぁ」
そう呟くのはこのパーティのリーダーである剣士・カトラス。つまり俺。
「そうは思うけど最近は依頼が捌けてないってリシエラさんも言ってたよ」と弓師・シエル
この場には居ないが治癒術師・トレール
そして不足している戦力の補充として流れの剣士・イシェリカが一ヶ月前からパーティに参加している。
イシェリカを除く三人は幼馴染で、元々ガラルという壁役がいた。
四人パーティだったのだが、ガラルが飛び抜けて有能で騎士団に引き抜かれた。
前衛を募集していると長剣を腰に吊るしたイシェリカを見かけた。
見ない顔だったので少し話をして前衛をしてくれないかとトレールが声をかけた。
次の街に行くまでの僅かな間で良ければと言って、イシェリカがパーティに参加した。腕は悪くないと思う。
しばらく俺たち四人で活動をしていた。
そんな時にイシェリカから、そろそろ次の街に向かおうと思います。と伝えられた。
その矢先に今回の依頼、馬車も運休している事だしイシェリカにはもう少し一緒に活動してもらうことにした。
そうして噂の洞窟に辿り着いた。
それほど深い洞窟ではなかったのだが最初の調査の時点で最奥が崩落して、未踏破の洞窟が発見された。
発見したパーティは直ぐに支部長に報告、準備の上再突入したのだが、暗がりの中、素早い動きの獣の群れに阻まれ撤退してきた。
ハスハの町には高位の魔術師はいない。一度、共同探索で一緒になった魔術師の灯りの魔法はすごく明るかった。
松明片手に前衛を務めるのはリスクが高い。
洞窟・遺跡の探索はリスクの割にリターンが少ない。
トレールが戻っていれば松明を持たせるのに。
今回の隊列は先頭に俺、イシェリカ(松明持ち)、シエル。
洞窟内を探索して数時間が経過した頃に素早い動きの獣に遭遇した。一見すると鼠の額に縦に二本の角がある獣、これまで見た事の無い獣。
みんな見た事が無いと言う。新種かそれとも古代種か何方にしろ情報が無い。
一体討伐し持ち帰ろう、方針を固める。なお呼称は角鼠と決めておく。
「イシェリカ、松明を角鼠の前に投げ込め。シエルは一体仕留めろ」
俺は指示を出す。シエルの矢が一体に突き立つ。キィィィっと悲鳴をあげ倒れる角鼠。それを見て他の角鼠が左右に分かれた。左の群れはイシェリカに向かう、右の群れはシエルを目掛けて移動を開始する。
「カトラス、シエルの援護を。こちらはなんとかします」
イシェリカの言葉にシエルの援護に入る。
冷静に見えているな。
半刻程の襲撃で三十体ほどの角鼠を仕留めた。
俺は足に二か所傷を負った。
傷口が熱を帯びて腫れてきている。
「二人共、怪我は無い」
「カトラスが足に怪我を負った。凄く腫れてきてる!」
イシェリカの確認とシエルが叫びが聞こえる。
シエルに傷口周りのズボンをナイフで切り裂かれ、傷口が顕になる。
青黒く腫れ上がった傷口は明らかに毒を受けた事を物語っていた。シエルが解毒の魔法薬を傷口にかけているが回復に向かう兆候がない。
俺の口からは血の混じった泡が溢れでていた。
ああ、俺もここまでか……
俺は気を失った……
「ここは……知っている天井だ……」
横を向くと診療所の美人な奥さんの尻があった。
俺が眠っている間に調査は継続されていてシエルとイシェリカは参加。トレールはまだ戻っていない。
だいぶ回復してきた俺はギルドに顔を出していた。
イシェリカの捜索を聞き入れてもらうためだ。
イシェリカが未帰還と聞いてから二週間近くが過ぎようとしていた。
探索に同行していた他の人員は全員戻っているのにイシェリカだけが戻っていない。同行したシエルと術師のレナリスは『最奥で光に包まれた後、イシェリカだけが居なくなった』と言っている。
普段からシエルとイシェリカが対立しており、原因はトレールがイシェリカに好意を向けていることが気に入らないと言うもの。
それは周りの者も知っている。そんな中、イシェリカだけが戻って来ない。対応を謝ればパーティーの信用を失う。
何度シエルとレナリスに問うても同じ返答しか返って来ない。
情報は少ないが俺は捜索に行きたい。たとえ生きている可能性が殆どなくても。
今日もまた『角鼠の発生原因が分からない為、出入りを禁じている』と聞き入れてもらえない。
シエルに至っては『きっと私達を置いてどっかに行ったんだよ。酷いよね』などと言って捜索に反対している。レナリスは『私は彼女の事はよく知らない』と彼女も
トレールは戻ってくるなりイシェリカの不在に
以前のシエルは俺との距離感が近すぎる様に感じる程人懐っこくて、俺が勘違い(性的な意味で)して一線を超えない様に我慢していたというのに…
それよりイシェリカの捜索だ。律儀にパーティを離れる事を事前に告げる奴が何も言わずに何処かに行くと考える方がおかしい。せめて遺品の回収ぐらいはしてやりたい。
俺もイシェリカの生存は見込めないと思っている。持ち込んだ食糧は既に無くなっているだろうし、あそこに食いつなげるものがあるとは思えない。最後を確認してやるのもリーダーとしての義務なのだ。
そう自分に言い聞かせながら今日もギルドの扉を開ける。
ギルドの中はいつもと違い、静まり返っている。
思わず後ずさってしまう程の緊張感に包まれていた。俺も踏み出した足を引き戻し立ち去ろうと
その背中にギルド支部長の鋭い声が突き刺さる。
「カトラス、丁度良かった。こっちへ来い」
冷や汗が吹き出すほどの異様な雰囲気の中俺は渋々中へ入る。
「支部長、俺に何の様ですか…」
張り詰めた雰囲気の原因とも言える人物の方は見ない。俺の直感が、関わるなと全力で告げている。
「そちらの方にイシェリカさんの事を説明しろ」
「えっ」
「早くしろ」
「あ、はい…」
厄介事に向き合う。身長はイシェリカと同じくらい。髪色は白、瞳は緋色、顔立ちは不自然な程に整っているが美人とは思えない。印象が鋭すぎる。肌は異様なほどに白い。色素が抜け落ちたと言えば良いのだろうか。
「カトラスと言います。」
「マーナルです」
「イシェリカさんには命を助けて頂きました。角鼠…」
ちらりと支部長を確認するが止めてこない。言っていいのか?それなら続けるぞ。
「角鼠が発生している洞窟を探査に行った際、私は毒を受け彼女に助けられました(私見)。その後ギルド主導で捜索が行われましたが、私は怪我の為参加していません。パーティからイシェリカさんの他に二名参加しました。報告では最奥で光に包まれ、気が付けば彼女だけがいなかったそうです。再調査を申請しているのですが許可がおりません」
俺の言葉に支部長は余計な事を言うなと言いたそうだったが、それどころでは無い殺気がマーナルさんから放たれる。
正直、帰りたい…本気で喉元を刃物で貫かれたと錯覚したわ…
「許可を貰えますか」
いや、マーナルさん、貴方、丁寧に言ってますけど有無を言わさぬ雰囲気ですね。ほら、支部長の腰が引けてるよ。あの人、結構豪胆なのにそれどころじゃ無いみたい…
「あ、ああ、分かった、許可を出そう」
「有難うございます」
あ、殺気が引いた。
支部長を竦みあがらすってこの人何もんだ…
「後の案内はこの男が致しますので」
「えっ」
「では、案内を」
「あ、はい」
くそ、後で文句言ってやる。
支部長に押し付…ゲフン、ゲフン。任された事を済まそう。
「マーナルさんはイシェリカさんとはどういった関係ですか?」
「イシェリカは私の双子の妹です」
彼女の発言に疑問を覚える。それというのも俺の知っているイシェリカはブラウンがかったブロンドだった。瞳の色も全く違う。
「失礼ですが髪や瞳の色が全く違うのですが…」
「そう思うのも無理はありません。私も二週間前まではブロンドに碧眼でした。急に髪は色を失い、瞳は緋色に変わりました。そうして待ち合わせをしていた場所にあの子は現れず連絡も無い。今までも遅れる事はありましたがその場合には連絡を寄越して来る子でした。不安を感じ私は最後に連絡のあったこの町を訪ねて来ました。そしてギルドで確認するとあの子が失踪したと言われ捜索許可を求めている所に貴方が来ました」
そうか…俺のタイミングが悪かったのか…
支部長め!今に見てろよ!
◇ ◇ ◇
どうしてこうなった……
マーナルさんを伴いパーティホームにしている郊外の農家へ戻って来たのだが。ここは住んでいた者がいなくなり格安で賃貸されていた物件。
いや、現実逃避はやめよう。だって後ろから恐ろしい程の殺気が感じられる。俺、今日生きてられるかな……
俺が扉を開け『戻ったぞ』と声をかけても返答はない、鍵が空いていたことから誰かは戻っているはず。
代わりに奥からギシギシと軋む音と時折嬌声が聞こえてくる。
トレールとシエルの距離感が近づいたのはこれか〜
対処に困り立ち止まっている俺の脇を
「あっ」
呼び止める事も出来ずにその後ろ姿を見送る。
マーナルさんは躊躇う事なく奥の扉を全開にする。
中からは叫声が三人分響く。三人?
マーナルさんの後ろから部屋の中を覗くとベットの上でトレールとシエルが致してる状態で固まっていた。
トレールの腰がビクビクなっているのでどうやら達しちゃったらしい。もう一人、レナリスが全裸でひっくり返っていた。大事な所が丸見えになっている。こちらも致した後らしく蕩けて愛液と精液が溢れていた。
「な、な、なんだ、お前は!」
素っ裸でシエルと繋がったままのトレールが叫ぶ。
俺に言わせればこの殺気を向けられて、気付かず行為ができるお前らが凄いよ。呆れたよ。
「黙れ」
静かに一括され、三人はそのままの体制でビクッとなる。俺もシュンってなったわ。どことは言わんが。
「貴様ら、まずは服を着ろ」
「ぬ、抜けない」
「おい、そんなに締め付けるなよ。うっ」
なにやら小声で話している。
再度トレールの腰が震え出す。
「早くしろ」
「ぬ、ぬけ、抜けないんです」
「し、しめ、締め付けが、きつくて」
二人の言葉には焦り、怯えを含み、震えていた。
恐怖のあまりシエルが痙攣を起こし、ナニが抜けなくなったらしい。トレールが萎えるまでは抜けないだろう。
そんな三人を目にどうしてこうなったと思わずにはいられない。
今だ全裸で結合したままの二人を前に限界を迎えたマーナルさんが呟く。
「爆ぜろ」
直後、二人の結合部分から血飛沫が上がる。シエルは後ろに転がり恥部からは彼女の中に残ったトレールのトレールJr.から血を垂らし、残されたトレールは青ざめた顔で呻きながら、行き場を失った血を股間から噴き上げていた。あの勢いで出血していると死にかねない。
「凍てつけ」
低い声でマーナルさんが告げるとトレールの出血が止まる。霜焼けにならんといいが……
シエルは蓄えた血を失い萎れ自身の中に残ったトレールJr.を取り出そうとしているが身体が萎縮して上手く取り出せないようだ。怯えた目で助けを求めてくるが俺も今は動けない。
マーナルさんは異質なんだ。彼女の言葉が何か分からない力を持っている?詠唱が無い事から魔術では無いと思う。だからこそ分からない、その事に畏怖を抱く。マーナルさんに逆らう事は出来ない。
「服を着ろ」
マーナルさんは二人に改めて指示を出す。二人は怯えを隠さず指示に従って服を着る。
「隠し立ては許さん。イシェリカ失踪の真実を話せ」
対応を誤れば一瞬で命を失う。そう思える程の威圧感を三人は感じていた。いや、俺もだ。
最初にレナリスが口を開き、次いでシエルが話し始める。
「そ、そ、そ、そう、捜索は、イシェリカと、わ、私たち、二人で、い、行った」
「そ、それで、一番、お、おく、奥に、入ったら、光につ、包まれて、気が付いた、時に、は、い、いなかったの」
「お前、嘘を言っているな」
今までで最も静かなマーナルさんの声、静かな刃のような声、殺意すら感じない澄み渡る声。
ただ、どういう訳かその声が発せられた途端、シエルは口の端から血を流し、直後、大量の血と共に何かを吐き出した。
それは、彼女の舌だった……
「マーナル!何やってんの!」
ホームの扉を勢いよく開け飛び込んできた人物は、動けなくなっていた俺の横をすり抜けシエルの口に瓶を捩じ込む。
「死にたくなければこれを飲みな!」
「マーナルは外の人を起こしてきて」
「わかった」
飛び込んできた人物によりこの場が仕切られる。出て行くマーナルさんを眺めていると扉の外に複数の人が倒れているのが目に入った。
「えっ、なんだアレ」
「あー、マーナルが殺気を放っただろ?普通、アレに当てられると竦むくらいなんだが、今回はイシェリカの事があったからなあ」
「…殺気で人が倒れるのか」
俺は呟きをこぼした。
「私はルイエ、あんたは?」
「俺はカトラス。そっちの男はトレール、ルイエが抱えてるのがシエル、そこで震えてるのがレナリス」
「分かった。で、マーナルが正気を無くした原因は?」
ギルドで捜索の許可を
「イシェリカの事になると歯止めが効かないからなマーナル。それに嘘は駄目だな、よくこの状況で嘘が言えたな」
それは分かる。あれだけの殺気を受けてよく嘘が言えたものだと思う。
「まあ、どんな状況でもマーナルに嘘は通じないけどな」
「それって?」
「ああ、嘘がわかるらしいぞ」
空いた口が塞がらない俺を置き去りにしてルイエはシエルの治療を進め、彼女の中に残っていたトレールJr.を取り出すとトレールに放った。トレールがそれを必死で受け止め、元の位置にあてがい治癒術を唱えていた。
余談だがくっついたそれが男として役に
「ルイエさん。いえ、
渾身の土下座を決め事態の収拾をお願いした。
マーナルさん相手に俺に何が出来る。絶対無理!
「ルイエ、表は終わったぞ」
「お帰り、マーナル。
「私は悪く無かっただろ」
「いいや、やり過ぎだ。どれだけの者が倒れてたと思う」
「ざっと百」
「それにこの二人」
「私が話を聞こうと声を掛けたのに
「え〜」
おっと、思わず声が出たらマーナルさんに睨まれた。ヒュンってなった。
「マーナル、そっちの子は嘘を言ってなかったんだよな」
「そっちは嘘は言わなかった」
「なら、この二人は話せる状態じゃ無いからその子から話を聞こうか」
「そうね」
「そこの貴方、話ができる所に案内してもらえる?」
「はい、
「姉さん呼びやめろ。私はルイエ。貴方は?」
「あ、カトラスといいます。姉さん、駄目ですか?」
「ああ、駄目だ。
「了解しましたルイエさん!」
「カトラス、早く案内しろ」
「分かりました!マーナルさん。レナリスも早く来い」
四人でリビングのテーブルに着く。
飲み物くらいは出そうとしたんだがマーナルさんに止められ本題に移る。
「レナリス、知っていることを全て話してくれ」
「は、はい。わ、私の、知ってる事を、話します」
レナリスは怯えながら話し始める。
「あ、あそこの奥には、元々、何かの陣がありました。私達があそこに入った後で、シエルが護符を、床に、置きました」
「その陣は見えていたのか、護符はどんな物だった」
「じ、陣は、見えていません、でした。機能して、いないようで、魔力も感じ無い、状態でした。護符は、分かり、ません。置いた、後、陣がひ、光って、収まったと、時には彼女、が、いなくて、護符も、なくな、ってました」
レナリスは途切れ途切れにあの時にあった事を話してくれた。ただ、どうして本当の事を話さなかったんだろうと疑問を抱く。
「何故、貴様は真実を告げなかった」
「はい、マーナル抑えて。話が進まない」
「ああ、で、
ありがとう、
「シ、シ、シエ、シエルに、口止め、され、ました。シ、シエルはトレール、を、かの、彼女に、とられ、たって、い、言ってて、わた、私に、私も、共犯だか、ら、知られ、たら、ギル、ドを追放さ、れると言って、きました」
そのままレナリスは嘔吐し始めた。
「カトラス、イシェリカはトレールという者と良い仲だったのか?」
「いえ、私が知っている中ではトレールが一方的に好意を向けているだけでした」
「それで、そのトレールがアレか」
マーナルは奥の部屋に強い視線を向ける。『ヒィ』っと言う叫声があがったが気にしない。俺にそんな余裕は無い。
「マーナル、陣の事もあるし、あの人を呼ぼう」
「いや、しかしあの人は…」
「私らじゃあ、原因を解明出来ない。イシェリカを助けたいならそれしか無いよ」
「それは分かるがあの人がこの状況を知れば……」
「まぁ、最悪、この町が無くなるかもな」
「「えっ」」
いや、マーナルさんが躊躇う程だから相当な危険人物だろうけど、町が無くなるって、どんだけなの。
「どのみち、イシェリカがいなくなった事を教えられなかったって知れたらあの人が納得する訳ないし、もっと悪い事になるか…」
「ああ、私もそう思う。だから、連絡するぞ。いいなマーナル」
「ああ」
恐ろしい発言に言葉を失って固まる俺とレナリスを置き去りに方針は決まったようだ。
町が無くなるような人ってナニ……
ルイエの
俺は二人に断りを入れ、支部長の元へ走った。当然レナリスは残している。スマン。
ギルドについた俺は支部長に絞られた。俺の責任じゃ無いのに。解せん。
散々俺を絞った支部長に更なる危険人物の到来を告げる。
俺になんとかしろと言ってくるが、あんな
さようなら、パーティを解散してどっかに行くよ俺は……
遠い目をして支部長と話をしていると遠くで轟音が鳴り響き地面を揺らす。
慌ててギルドの外に飛び出す。
あ、支部長も一緒ね。そう、これは現実逃避だ。だってパーティーホームのある方に立ち上る煙……もうヤダ……
「カトラス!アレはなんだ!お前のパーティーホームのある方だろ!」
「そですね……」
「見てこい!」
「やです……」
阿呆なやりとりをしているとギルドの扉を勢いよく開いて入ってきた仲間から聞きたくない話を聞かされた。
「カトラス、お前のホームが吹き飛んだぞ!」
うん、なんとなくそう思ってた。だって、あの二人が躊躇う人だぞ。どれだけ非常識でも納得するわ。さらば三人、運が良ければまた会えるさ……
「支部長、ホームもなくなった事ですし。パーティーは解散という事で。では、失礼します」
支部長に深く頭を下げ踵を返そうとしたところで後頭部を鷲掴みにされた。
「どういう事だ」
「どう見ても、さっき話した危険人物が来たんですよ。俺には面倒見れません。能力不足です。メンバーも結束が取れなくなっていますので最後にリーダーとして解散を宣言します」
「それで、お前はこれからどうするつもりだ」
「聞かなくても分かるでしょ」
「言ってみろ」
「この町を出ます。新天地でやり直します。お世話になりました」
「誰が行かすか!」
「こんな町にいたら命が幾つあっても足りません。離して下さい」
「死なば諸共じゃあ」
「ちょ、支部長の言葉か!」
「其処迄にして貰えるか」
静かな女性の声に醜い争いを繰り広げていた俺達の動きが止まる。恐る恐る顔をそちらに向けると長身の痩せぎすな女性、髪は灰白、床に着くほどの長さ、目は瞑られ、肌は不健康なほど白い。前合わせの衣、袖がゆったりとした白基調の衣服を着た女性。どうやってここに来たんだ?
「イ=ス=ファエル!先に行くな!」
多分、俺の顔は真っ青になっている。だってルイエの姉さんがいないのに
「
「姉さん言うな!後、スマン、ホーム吹っ飛んだ」
「ああ!やっぱりいい!」
「ルイエ、ずいぶん楽しそうですね」
「いえ、滅相も有りません!」
姉さんのこの態度から判った。この人こそあの二人が
「話は二人から聞いています。其処の人、早く案内して下さい」
「え、自分ですか?」
「貴方以外に誰が居ますか?」
「レナリスとか…」
姉さんがブンブンと首を横に振っている…ああ、巻き込まれたのか…
「他の二人は…」
更にブンブンと首を振っている…ああ、駄目なんだ…
「私はその時には参加していなかったので奥への道順が分かりません。なので、位置だけでも案内させて頂きます」
壁に貼り付けている近隣の地図を剥がし彼女たちとの間に広げ、一点を指差す。
◇ ◇ ◇
灰白の女性はそれを見て口角を上げた様に見えた。一瞬の事で自信は無いが。次の瞬間、俺達四人は洞窟の前にいた。四人なのだ、支部長がいねえ!
三人に目を向けると灰白の女性が口を開く。
「分かるところまでで良いので案内をお願いします」
口調は丁寧なのに震えがくる。逆らえねえ〜
「分かりました。案内させて頂きます」
「宜しくお願いします」
微笑まれたけど、美人の微笑みだけど、ヒュンってなったわ!
それから俺は諦めて三人を案内した。
当然だが出てくる角鼠は瞬殺である。姉さんは間合いの遥か外なのに剣の一振りで真っ二つにするし、もっと分からんのは
今の所、危険人物が一番安全に見える。でも、あの二人が恐るんだからこの人もとんでもないんだろうな……ああ、帰りたいです……
さて、そんな事を考えながら案内していると、以前俺が毒を受けた所まで来た。よしっ!
「私はここまでしか前回来ていません」
さあ、お役御免だ!
「もっと奥まで行った事あるだろ?」
「えっ、あ、はい」
くそっ、失敗した!
「さあ、どんどん行こう。鼠は私達が仕留めるから気にしなくていいぞ」
「了解です……」
どうにか出来ないかと思うが良い手は無い。それどころか過去最速で奥へと進む。だってこの人達、戦闘中も止まらないんだもの。歩きながらスパーン、ポーンだよ。なにコレ。
「ところで貴方のパーティーホームだけど」
全く出番の無い灰白の女性が話しかけてきた。
「はいっ」
「ごめんなさいね、イシェリカにつき纏う悪い虫が居たものだから駆除してしまったわ」
「いえ、お気になさらずに」
その後も灰白の女性と会話をしながら奥へと進む。と言っても、さっきの発言が衝撃的すぎて俺、完全に上の空……
何度か間違える度に灰白の女性に訂正されるし、俺必要ないんじゃ……
悲観に暮れていると奥に着きました……はい、着いちゃったのよ……
「少し観察するから周囲の警戒をお願い」
「分かりました」
「ああ」
さて、俺はお役御免だが、一人では帰れない。終わるまで待とう。それしか出来ない。ああ、泣けてきた……
危険人物が洞窟の最奥にあるこの場所を調べている。
俺には何をやっているのかも解らない。
この二人がいる限り戦闘面で俺の出る幕はない。何かする前に終わってる。絶対に、俺、帰りたい……
悲観にくれる俺を灰白の女性が手招きする。
「そこに立っていて下さい」
「ここでありますか?」
「もう半歩右です」
指示された所に立つ、灰白の女性は床に手を着いた。
床に向かって魔力を流してる?何となく感じる。
俺が分かるくらいの魔力量ってこの人倒れるぞ。
不安に思い姉さん達に目を向けるが何事も無いように周囲に注意を払っている。あれ、俺の気のせい、か?
「ここにある陣がどういうものかは分かりました」
静かに語る灰白の女性。周りを見ると俺だけが驚いた表情を浮かべていた。
「それで、この陣は何ですか?」
「発動しないのか」
二人の質問は最もだ。魔力を流されうっすらと光る陣、陣の一部は俺の足元を囲むように広がってる
「この陣は長距離転移陣です」
「イシェリカはどこかに転移させられたのか?転移先は?」
「まず、現状ではこの陣は発動しません。魔力を十分に流していませんから」
嘘だろ、俺が感じられる程の魔力をあれだけ流し込んで足りないってどんだけの魔力がいるんだ?
「転移先はこの世界ではありません」
この世界じゃない?その言葉に一瞬だけ疑問を感じた。でも、次の瞬間にはそれどころじゃなくなった。ヒュンがキュってなった。
壁や天井から小さな石片が落ちてくる。終わった、俺はここまでか……
「はい、そこまで」
いつの間に移動したのか姉さんが
焦る俺を他所に三人はいたって落ち着いていた。
なんで、この状況で何も危機感ないの、意味わかんね〜
「イ=ス=ファエル、それでイシェリカはどこへ行ったんだ?」
あ、あの人イ=ス=ファエルっていうのか。
「イシェリカの転移した場所は現状では分からない。情報が足りない」
「護符に転移先の指定があったと考える方が妥当、か?」
「舌なしが言っていた魔力供給の護符か」
舌なしって、どうやったか知らんけど飛ばしたのアンタでしょ!あと、どうやって聞き出したの!
ジトっと
「イ=ス=ファエルの流した魔力量で起動しない陣なら通常の人種には発動できないだろうな」
んん、あの人、人じゃない、のか?
「それで。戻って舌なしを追求しても情報は出てこないと思うが」
そですね。あれは、酷かった……思い出すだけでヒュンてなって、キュってなるわ。
「相当に薄れている残留魔力を辿ることしかないでしょうね」
「出来るのかイ=ス=ファエル」
「あの子の為にも、出来なくてもやって見せます」
「それなら、私はこちらをどうにかしようか」
一閃、崩落した岩が刻まれる。でも、まだまだあるよ。全て刻むつもりなの?
「マーナルさんの方が適任では……」
つい姉さんに言ってしまった言葉。姉さんから呆れた視線を浴びる。いかん、変な性癖に目覚めそう。
姉さんはふっと息を吐き、
「マーナルにやらせると本当に生き埋めになるぞ」
んん、そんな馬鹿な。
「理解してないようだから言っとくけど私より物理はマーナルが断然強い。仮にマーナルが一人でここに残されたのなら私達は何も心配しない。この深度なら剣撃一つで生還する。それだけの力がある」
なに、その天災級の威力は!
「もしかして、剣も抜かずにポーンしてたのってホントに殺気だけで……」
「あれは、殺気を研ぎ澄ませたら出来たと言っていた。任意の場所に発言できると言っていたからな」
「それなら、あそこに「崩落したところを全てとなると、多分、余波で崩れるぞ」ハイ、すいません。浅慮でした」
「分かったら、黙って大人しくしてなさい」
「はい、待ってます」
姉さんの作業を眺める。離れた位置から剣を振るたびに崩落の上の方から切断された岩が落ちてくる。
しばらくすると落ちてきた岩がなだらかな勾配の坂になっている。まあ、凸凹はしてるから歩きにくそうだけど。
不意にイ=ス=ファエルさんから魔力の膨らみを感じる。なにこの魔力濃度、うえっ、酔う。
俺はそのまま昏倒した……
俺が目を覚ましたその時にはイ=ス=ファエルさんの姿はなかった。
いたのはルイエの
「
「ああ、イシェリカを迎えに行った」
「転移先がわかったのか……」
「別の世界に行ってるから、戻るのに数日から
「そんな……」
「まあ、それまでの間、私らに町を案内してくれ、カトラス」
「あ、はい……」
それからイシェリカとイ=ス=ファエルさんが戻るまでの一週間は俺にとって過酷なものとなった。
規格外の二人のお守りができるはず無く、散々、振り回された。
それでも、ギルドに寄せられた依頼は異例の速さで高難易度のものから消化されていった。
支部長はほくほくしていたが、俺は胃がキリキリした毎日を過ごすことになった。
うちの元メンバーは息子が勃たなくなり無気力になった者、恐怖により弓の狙いが定まらなくなった者、譫言を呟き続けるようになった者とこの稼業を続ける事ができなくなり引退していった。
一人、取り残された俺も身の振り方を考えなきゃなあ……
ホント、どうしよう……
俺が、あの場所で意識を取り戻してから、一週間が過ぎた頃、何の前触れもなくイ=ス=ファエルさんとイシェリカが帰還した。
それはもう、近所に出掛けていた人が帰って来たくらいの気軽さで。
二人は支部長の元へ経緯の報告に向かい、
超規格外の二人との関係も、もう終わるのかと考えるとほんの少しだけ寂しかった。ホント、少しだけな。
その日の晩は飲み明かした。別れをしんみりしたものにしたくなかったから。
イシェリカは他の
ただ、イシェリカの転移先での話を聞いて驚きと無事に帰って来てくれた事に笑みが溢れた。本当に無事に帰ってきてくれて良かった。
そうして俺は酔い潰れ、翌朝、酒場のテーブルに涎の池を作って目覚めた。
そこには四人の姿はもう無かった。
『支払いは済ませてある。縁があれば何処かで』そう書かれた羊皮紙が俺の腕の下に潜り込んでいた。
俺は別れを告げる事も出来なかったのか……
寂しさを覚え酒場を出れば、太陽は中天に差し掛かっていた。
あ、これ、完全に俺が悪いやつだ。
トボトボとギルドの扉を潜ると支部長から、
「カトラス、お前は今のままでいいのか?パーティも無くなった事だし、後進の育成を担ってみないか?」
「えっ、それは……」
「少し、考えて見てくれ。それとこれはお前への礼だそうだ」
渡された小さなポーチ。その中にはそこに入り切らないだけの金貨が入っていた。
「収納魔法……」
「おい、そのポーチだけでも売れば一生暮らせるだけの金になるぞ……」
「このことは、内密にしてくれ支部長」
「無論だ、しかし、あの四人はなんだったんだろうな……」
「俺に聞いてくれるなよ。俺は振り回されただけで、こんな礼をされる程の人間じゃない」
「そうだな。だが、貰えるものは貰っとけ、それだけの恩を受けたと感じてるんだろうからな」
「そうだな、色々、規格外だったが、最後まで凄い奴らだったよ……」
こうして俺は冒険者としての生活を締め括り、後進の育成につくことにした。
あの時、渡されたお金の大半は手付かずで残っている。
彼女らが俺に感じた恩以上のモノを受け取った俺はいつかまた再会出来る事を願ってこの町で暮らしてゆく。
その晩、年老いた俺の前に、変わらぬ姿で訪れるあの四人の姿を夢に見た……
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処女作の閑話を加筆修正したものになります。
宜しければこちらもお読み下さい。
言葉の通じない女性を拾った。元カノが現れた。(仮)
https://kakuyomu.jp/works/16817139556241357403/episodes/16817139556246992557
冒険者カトラスの受難 鷺島 馨 @melshea
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