EPISODE7 『正しい、ってなんだろう』
ボクがみんなに話を聞こうとすると、みんな一斉に
「「「「「主張が激しい!」」」」」
と返してきた。シカクからソレを受け取りつつ話を聞くと、こうだった。
キュウカクが見つけてきたこのソレは、キュウカク自身ソレに意識を集中する前からソレを嗅ぎ取れるくらいに主張が激しかった。ショッカクも触れる前から熱さを感じて、チョウカクもヘッドホンのスイッチを切る前から強い音が聞こえていた。シカクはどす黒い色が溢れて見えて、ミカクは一番感じにくいはずなのに、口に含む前から“何か様子が違う”と主張の強さを垣間見ていた。
各々の集中してからの感想も聞いてみる。
キュウカクは『強いメントールの香り』
ショッカクは『火傷するくらいの熱さと痛さ、針山のような形』
チョウカクは『耳を突き刺すような高音域の周波数』
シカクは『黒になり切れない、奥の方に強い赤色が見える』
ミカクは『人工的な苦さと、ちょっと鉄っぽさ』
五人それぞれの感じたことを聞いて、肩からふわり、と力を抜く。目を瞑って“キミはだぁれ?”と問いかける。すると情景と気持ち、言葉か少しずつソレから伝わり始める。
――正しい、のは、ずるい
聞こえたのは苦しそうな声だった。続けて声が矢継ぎ早にボクの中に流れ込んでくる。
――正論を言われたら敵わない、そしたらこっちは黙るしかない
――だって、“正しい”んだもの
――でも、だけど、ねぇ、あの……
――正しい、けど、それが全部、なの……?
同時に流れ込んでくる、痛みの数々。正しい答えに反論できなくて、全部飲み込むしかなかった言葉の数々。正論は、強くてまっすぐで、だから時に人を傷つける。“正しい”という強さ故に。
「アノコ!」
「おい、大丈夫か!?」
その声にふと我に返った。目の前には心配そうな顔をしたみんながいて。声をかけてくれたのは恐らくショッカクとチョウカク。
「ごめん、ごめん。大丈夫――……」
そう言いかけた時、頬に冷たいものが流れていることに気が付いた。……あれ、ボク、泣いてる?
「……やっぱり、大丈夫じゃないかも。これ、強くて『持って』いかれそうになってる」
「アノコさんがそうなるくらい、強いんですね。このソレ」
キュウカクの言葉に、ボクは頭を少し整理するために、みんなに話し始める。
「このソレ。正論に潰されていった気持ちだ」
「正論にー?」
「うん。正論は字の如く『正しい論』だ。だからきっと、この気持ちの持ち主は『正しい』に違和感を覚えたとしても言えなかったんだ。だって、相手の言い分が『正しい』んだもの」
「……なるほど、な」
「気持ちが追い付かなかったんだと思う。正論は強くて、その分人を傷つける力も強いと思うし、この気持ちの持ち主はもうずっと、きっとそうやって傷ついてきたんだと思う」
キュウカクは『強いメントールの香り』
――本当は“自分はこう考えている”っていう、迷いのない強い想い
ショッカクは『火傷するくらいの熱さと痛さ、針山のような形』
――できるなら“それは違うと思う”って叫びだしたい強い気持ち
チョウカクは『耳を突き刺すような高音域の周波数』
――わかっている、全部相手が“正しい”ことなんて
シカクは『黒になり切れない、奥の方に強い赤色が見える』
――“正しい”ことを認めているんだ、だけど、でも……
ミカクは『人工的な苦さと、ちょっと鉄っぽさ』
――何度飲み込んでも慣れない苦しさ、同時にかみしめた唇から出た血の味と共に
「正しい、って。なんなんだろうね」
ボクはソレをぎゅっと抱きしめながら呟く。みんなもその問いには黙ってしまった。
「……アノコ」
珍しくフゥロが声をかけてきた。ボクは肩掛けカバンの中にみんなから預かったソレをしまい込みながら返事をする。
「どうしたの? フゥロ」
「正しい、正しくない、は。きっとずっと答えなんて出ないと思う」
フゥロはそう言って一呼吸置くと、また話し出す。
「正しい、正しくない、は答えが出ないままで。だけど、だから。まずは隣に居て、相手の話を聞いて、自分の意見を言って。まずは“そういう考え方もある”ことを知っていかなきゃいけないんじゃないのかな、って、自分は思ったりする」
フゥロが話し終わると見計らったように、フゥロの胸の辺りから前にフゥロの中に消えていった、不思議な何も感じられないソレ、が出てきた。フゥロは自分のソレを優しく腕に抱える。色と形の輪郭がほんの少しだけでも出てきたフゥロのソレ。
するとチョウカクが眉をピクリ、と動かした。
「おい、フゥロ。お前のソレ、なんか音が聞こえる」
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