第26話「本物のSC」


 構えをとる。腰を落として上半身をやや前傾に、初速からトップスピードを出すための構え。様子見の遠距離攻撃なんていらない。もうそんなところは通り過ぎた。一瞬で、自分の間合いに持ち込んでやる。


 そんな意図はクレハも承知の上だろう。腰を落としているのは変わらないが、左右どちらにも動けるよう重心を体の真ん中に置いている。その構図は奇しくも、大会第二回戦、ミナトさんがクレハに負けたあの試合によく似ていた。あの試合は見事だった。ミナトさんの動きも、技の冴えも、俺の知るそれとは一線を画していた。そして、クレハはそれすらしのぎ切って見せた。


 あれ以上の動きを見せないといけないなんて、まったく、ハードルを上げてくれる。考えただけで笑みがこぼれる。ミナトさんの技もクレハの成長も、十年やっていてもSCは次々に新しいものを俺に見せてくれる。そして俺も、まだ自分で見たことのないことをしてみたい。


 この胸の高鳴りを、いつまでも――。


「――っ!」


 クレハが瞬きをしたその一瞬を見逃さず、無言で大地を蹴る。


 クロスレンジに持ち込む手法のひとつ、相手の瞬きや呼吸の隙間を突く。呼吸の隙を突くのはかなり難しいが、瞬きならばよく観察すればだれにでもできる。それは一瞬の差でしかないが、決定的な差になることもある。


 強化した脚力による突進と、瞬きする瞬間とを正確に合わせる。そうすることで、まるでこちらが瞬間移動したような錯覚を相手に与えることができる。所詮は目くらましだが、これを初見でやられると大抵の相手は動揺して次の行動に移るのが若干遅れる。


 けれど、この程度の動きでは今のクレハはごまかせないようだ。


 完全に視覚の隙を突いたというのに、クレハはほぼ完ぺきに俺の動きを追っている。クレハがプレイヤーとしてこの動きを見たのは、それこそ二回戦のミナトさんの動きだけのはず。その一回だけで適応するとは、さすがの化物っぷりだ。


 このまま突っ込んでも速度による優位は取れない、なら――。


「はああっ!」


 これはまだ見せたことがない技術。


 速度を殺さないよう身体強化から魔法を切り替え、自分の左右に透明な壁を作り出す。マテリアライズで生み出したそれが実体を保っているうちに――。


「えっ」


 再び脚力を強化。まずは左、そして右の壁を蹴って左右に高速で移動し、相手の視線を振り切って背後に回る。


『ステラ・リンク』を攻撃ではなく、移動と目くらましのためだけに全力で発動する。左右のステップによる目くらましはよく使うが、これはその上位互換だ。


「そんなっ、わざわざ『ステラ・リンク』を使ってまで……!」

「だからこそいい陽動になるだろっ!?」


 驚愕の声に軽口で応えながら、背中に向けて身体強化の拳を撃つ。それをクレハは同じく身体強化の裏拳で受け止めた。さすがに反応が早い。だが、とっさの強化による相殺。それも撃ち慣れていない裏拳。ならばここで取るべき行動はただひとつ。


「でぇええいっ!」


 限界まで強化を維持して、力押す!


「っ!」


 きっかり一秒後、均衡は崩れクレハの右手にポイントを知らせる光がともる。

さあ、自滅点分は取り返した。正真正銘の振り出しだ。


「すぐにまた、リードしてあげる!」


 ポイントに喜んでいる暇もなく、いち早く体勢を立て直したクレハが突っ込んでくる。クレハの使える技は少ない。この状況で仕掛けてくるのは『アサルト』か、それとも『ステラ・リンク』か。クレハの動きを観察し、そこから魔法を推測する。攻撃魔法を発動する様子はない。ならばおそらく『ステラ・リンク』――!


 案の定、クレハは目にもとまらぬ速さで俺のすぐ横を通過する。『ライナー』による背後への攻撃を予測し、俺は身体強化で真上に飛び上がった。


 もし『ステラ・リンク』で追って来れば、『トライアングル』まで使えるこちらのほうが空中で優位に立てる。攻撃を中断して防御に専念したとしても、上方向からの攻撃は相殺、回避共に難しい。必ずどこかに隙が生まれる。


 空中で体の上下を入れ替え、クレハの姿を視界に収める。クレハのとる行動は――。


「なにっ!?」


 地上から飛んできた『バレット』をすんでのところで回避する。当たりこそしなかったが、少し無理に体をよじったせいで空中での姿勢制御が乱れる。『ステラ・リンク』も組み直しだ。


 着地の瞬間を狙われないよう、防御魔法の展開と身体強化による即時移動を行う。が、クレハは逃がさないと言わんばかりに、俺の進路を『バレット』で塞いでくる。


「ちぃ、まさかそう来るとは」


 至近距離まで近づいてからの『バレット』。これはつまり、二回戦でミナトさんが見せたあの技の模倣。ならばこの後のクレハの行動は、


「まだまだいくよ!」


 元気のいい掛け声とともに、『バレット』が次々と放たれる。まだまだ制御は甘いが、これは間違いなく『ディストラクト』。『ステラ・リンク』を使うには、どうしても空中で一瞬の停滞が必要になる。このまま地面にいる間に封殺する、ということか。


 確かに、この場面での『ディストラクト』は良い判断だ。残り時間も一分を切って、ポイント差もつけられたくないだろう。このまま時間いっぱいまで無傷で逃げ切って延長戦まで行くか、それとも逆転されるのを承知の上でこちらも攻めに出るか……。


「くっ!」


 迷いを見透かされたかのように、一発の『バレット』がヒットする。一瞬の判断ミスが得点に直結するこの場面で、悠長に迷っている暇はない。どちらを選ぶにしろ、動かなければ――。


「シンさん! クレハさん! 頑張って――――っ!」


 一瞬の集中の乱れからか、客席から誰かの声援が聞こえてくる。応援するならどっちかにしてくれよ、一体誰だ、こんな優柔不断な応援する奴は。……って、俺とクレハ両方を応援して、さらに俺のことを「シンさん」て呼ぶのなんて……。


 視界の隅に映る観客席。アヤメさんと、ミナトさんがいるすぐそばで、大きく手を振って声援を送るチトセの姿が目に入った


「っ!!」


 そうか。ひとつだけある。この場を最小限の被弾で切り抜け、攻めに転じる手段が。まさかチトセの存在から思い出すとは、やっぱりあの時、クレハとふたりでチトセにSCを教えてよかった。


 いるじゃないか、ここに。魔法の見極めは熟練だが、試合経験は少ない初心者が……!


「行くぞ……ッ!」


 移動と射撃の合間を縫うようにして、一気にクレハとの距離を詰める!


『ディストラクト』の対処は被弾覚悟でプレイヤー本人に攻撃を仕掛け、相手の魔法を少しでも遅らせること。だがクレハの『ディストラクト』はまだ粗削り。ろくに練習してもいない『ディストラクト』をこの土壇場で、しかもミナトさんの技術までも取り入れて発動したのはさすがと言うほかない。だが、この大会の中でどれだけ成長したと言っても、魔法の構築にかかる時間はそうそう短縮できない。『バレット』の間隔も身体強化によるステップの隙も、冷静に観察すれば見抜くことはできるし、何よりこれは普通の『ディストラクト』よりも少しだけ、距離が近い。


「っ速……」


 急速に距離を詰めた俺の動きに、一瞬だけクレハがひるむ。


 ここでクレハに距離を取られるわけにはいかない。だからこそ、俺はここでこの魔法を使う。


『マテリアライズ』による、実体を持つ剣を――!


「っ!?」


 驚愕に見開かれるクレハの瞳。そして反射的に張ってしまう、防御魔法――!


「――! まさかっ!?」

「おそいっ!!」


 防御魔法を発動した瞬間に、クレハも気が付いただろう。そう、この『マテリアライズ』は存在そのものがフェイント。『マテリアライズ』は攻撃に使用されなければ反則を取られることは無い。だが実体を持った剣が相手の手に現れた時、経験の浅いクレハは確実に、攻撃に備えてしまう。これは猫騙しなんかと同じ、知っていれば対処できるが、知らなければどうしようもない、生き物としての反射だ。


 一瞬の防御魔法。だがそれは『ディストラクト』から抜け出せる、あまりにも長すぎる一瞬。まったく、魔法の強度を利用したフェイント。まさか実行することになるなんて、何が役に立つかわかったもんじゃない。


 残り時間三〇秒、クレハはこれから防御魔法から攻撃魔法に切り替えるはず。その一瞬があれば、『ステラ・リンク』で確実にクレハの胴か頭を捉える!

『ライナー』でクレハの上後方に移動する。


「それ……でもっ!」


 再び俺に狙いをつけようと、こちらを振り向くクレハ。だがやはり『バレット』の発動が間に合っていない。もともと不完全な『ディストラクト』に、予期しない防御魔法の発動。基礎魔法の『バレット』とはいえ、普段より発動に時間がかかるのは当然だ。


「そこぉ!」


 明確な隙。俺は『ピース』で迷わずクレハに突っ込む。だがその瞬間――にやりと、クレハの口元が弧を描く。


「っ!」


 ほんの一瞬のうちに全身を駆け巡る悪寒。直感に従うまま、俺は『トライアングル』でクレハから距離を取る。その刹那――。


「はああッ!」


『バレット』の準備で魔法が使えないはずのクレハが、身体強化によって跳躍してきた。


「何ッ――」


 そのまま発動した『ブレイド』が逃げ遅れた右足をかすめる。これで二ポイント差。だが直前で『トライアングル』による回避をしていなければ、間違いなく頭か胴体に同じ攻撃を喰らっていただろう。


 なぜ身体強化を――? 空中で姿勢を整えながら考える。と、同時に答えが浮かび上がってきた。


 何故クレハは土壇場で出すにはリスクが大きすぎる『ディストラクト』。発動に時間のかかる『バレット』でこちらを攻めてきた? 攻めるだけならば使い慣れた『アサルト』でもよかったはずだ。


 考えられる理由はただ一つ。俺の攻撃を――『ステラ・リンク』の発動を誘うため。


『ディストラクト』から逃れ、攻撃に転じるため、俺は魔法強度によるフェイントと『ステラ・リンク』を使った。確かにフェイントのほうはクレハの予想外だったのだろう。だが『ステラ・リンク』を使うことはクレハも予想していたはずだ。


 ――俺は誘われたのか? クレハの『ディストラクト』を躱し、そして攻撃に繋げるには『ステラ・リンク』を使うのが最も確実。つまり、その選択しかない状況に持っていかれた。俺の空中での活動回数を減らすために。


 現に『トライアングル』まで使った今、この空中で俺はあまりにも無防備だ。


 対してクレハは『ライナー』と『ピース』。二回の行動を残している。同じ方向への跳躍を連続で行うのは物理的に不可能だ。だから、クレハは敢えてずっと地面で戦っていた。一瞬であれば、ミナトさんのように『ディストラクト』と『ステラ・リンク』を組み合わせることもできただろうに――!


「これで、最後――!」


『ライナー』で力の向きを変えたクレハが、『ピース』によって最後の一撃を仕掛けてくる。



「シィィィィィィイン!!」



 今までのすべての行動が、このたった一度の攻撃のための布石。


 ……まったく、なんて戦いの組み立てをしてきやがる。さすが、俺のSCをずっと見てきただけのことはある。俺の本気に、真っ向からの本気で返してくる、あまりにもきれいで大掛かりなフェイント。


 ――でも。



 そこまで俺のことをわかっているなら、俺の諦めの悪さだって知ってるだろう?



 口が勝手に笑みを作る。ここまできれいに用意されたフェイントを、布石を、食い破ってやりたいと本能が叫ぶ。


 まだ、まだだ。こんなところで終われない。言ったはずだ。俺は、最後の最後まで、あがき切って見せると! 姿勢を整えろ。そして己をはじき出せ。どれだけ失敗の記憶があったって、そんなもの関係ない。その記憶全てを、いま、この瞬間に塗り替えてやる。



 ステラ・リンク――スクエア。



 目に見えない空を、しっかりと踏みしめる。



「クレハァァァアアアア!!」



 互いの距離が無くなる。


 空気を揺るがすほどの振動、衝撃。


『ステラ・リンク』による高速の突進から、その勢いを余すところなく伝える『ブレイド』。あまりにも単純な、力と力のぶつかり合い。


 均衡は崩れないまま、互いに歯を食いしばって最後の魔法を保ち続ける。空中での衝突は当然、一秒にも満たないものだっただろう。けれど、それが何分にも、何時間にも引き延ばされて感じるほど、この一瞬は濃密だった。


 ずっと続いてほしいと思うほどに、楽しい試合、心躍る時間。だけど、それもこれで終わりだ。


 均衡が崩れ、一際大きなエフェクトが輝いたとき、終わりを告げる笛の音は高らかに響き渡る。


 重力に引き寄せられるまま、地面へと落ちる。もう着地する気力すらも残っていない。けれど、まあ大丈夫だろう。スーツの防御魔法もある……。


 どうでもいいことを考えていると、落ちていく感覚が消え一瞬の無重力に包まれる。それもすぐに消えて、うつぶせのままフィールドに横たわる。火照った頬に冷たい地面が心地よかった。


 もう自力で立ち上がるほどの力も入らない。試合中はまるで感じなかった体のだるさ。それを自覚した瞬間にこんな体たらくになるのだから、人間というのはまったく、都合よくできているものだ。


 それでもなんとか、寝返りを打って空を見る。視界の隅っこで、クレハも同じように空を見ていた。


 約束通り、俺は見せられただろうか。




 ――本物のSCを。



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