第25話「決意」


 はじける閃光。灯る円形の光。


 けれどそれは、先ほどのような目を焼くほどのものではない。クレハの放った『バレット』は、ぎりぎりでねじ込まれた俺の右手で阻まれていた。


 表示されたポイントが増えて、六対二。けれどこのポイントは、誰でもなかった俺に、その何かを気付かせるためにクレハが受けた傷の証。なら、俺の取るべき行動はひとつしかない。


 クレハの動きをなぞるように、人差し指をこめかみに当てて――、


「えっ?」


 躊躇なく、それを弾き出す。


 派手なライトエフェクトと、思いのほか強かった振動に目が回る。ああ、いくらスーツの防御魔法があると言っても、ゼロ距離での魔法の衝撃は防ぎきれないらしい。吐き気を催すほどの振動に、これを未然に防いだことへの安心感が強くなる。


「……シン?」


 呆けた顔のクレハに背を向け、俺はゆっくりと、踏みしめるようにフィールドの開始位置へと戻る。その間に、我ながら変なことを考えていた。



 勝ち負けを気にして泳ぐ魚はいるのだろうか。



 きっといるだろう。俺は、いてほしいと思う。


 仮にそれが、生きる上で仕方がなくやっていることだとしても、速く泳げたほうが気持ちがいいし、誰よりも速いほうが嬉しいだろう。


 でもそれは、勝つために泳いでいるわけじゃない。


 生きるために泳いでいたら勝手に速くなって、もっと速く泳ぎたいと思って、それがやがて誰よりも速くなりたい、になる。


 同じだ。


 SCを始めて、こいつのために生きたいと思った。人生のすべてをSCのために使ってきた。それがいつからか、勝つためにSCをするようになっていた。それが悪いこととは言わない。やる以上、勝ちたいと思うのは必然で、負けたくないのは当然だ。でも、この世界に絶対的な『勝利』なんて存在しない。どれだけ強くとも、どれだけ速くとも、世の中には必ずもっと上がいる。一度トップに立ったって、それが一生続くわけでもない。


「どうすれば、俺たちは『勝てる』のか」


 アヤメさんらしい、回りくどい言い方だ。


 人は必ず負ける。


 なら、俺の目指す勝利は――限界まで努力して、限界まで戦って、登れるところまで登って、いつかその時が訪れたとき――。



 最後まであがいて負けることだ。



 どんな「好き」よりも強い、それが俺の目指すSC。それが、俺の生き方だ。


 最初の位置まで戻って、振り返る。


「クレハ」


 声をかけた相手は、まだ困惑の中にいるのか、どういう顔をしていいのかわからないようだった。その頬には浅い切り傷があり、未だに一筋の赤色が伝っている。それを見て、俺は今までのことを思い返し、試合中だということも忘れてただ頭を下げた。


「ごめん」


 感情に任せて、言ってはいけないことを言った。傷つけた。それは謝って許されることではない。たとえクレハが許しても、俺は自分を許さない。「クレハはクレハのために頑張るんだ」なんて、そんな偉そうなことを言っておきながら、俺はその頑張りを否定した。それなのにまた、俺のためにクレハは頑張ってくれた。だから、


「ありがとう」


 このふたつを言わないと、何も始まらない。何も始められない。


「……シン」

「もう、大丈夫だから」


 負けて落ち込むこともあるだろう、自分の平凡さに絶望することもあるかもしれない。それでも、俺はきっとこの生き方を止めようとは思わない。もう自分を見失って貶めるような、みっともない真似はしない。他人に自分の生き方をゆだねることもしない。自分の都合で他人を傷つけるのは、これで最後だ。


 大丈夫、という俺の言葉にクレハはまるで自分のことのように顔をほころばせ、心底安心したみたいに涙を流す。キラキラとしたその笑顔を見て、どうしてかクレハが魔法に目覚めた時のことを思い出した。クレハの想いに応えたくて模擬戦をしたあの日。クレハの魔法に、心の底から喜ぶことができたあの瞬間を。


 それはきっと、今抱いている感情も、クレハが流している涙も、あの時にそっくりだからだ。立場が逆になっているだけで、これはあの日の続きなのだろう。模擬戦しかできなかったあの時。感情に任せたことしかできなかった今。それをようやく、ちゃんと始めることができる。


 正面から、クレハを見る。


 俺の隣に立ちたいと言ってくれた少女。そんなこと考える必要もないくらい、俺は必要としている。隣にいてほしいと願っている。そう告げるのは簡単だけど、これがあの時の続きだと言うなら、俺にはまだもうひとつだけ、クレハに教えられることがある。


 フィールド横のタイマーと得点版を見る。得点は俺が六、クレハが七。残り時間は…よし、三分もあれば十分だ。


 俺の視線の動きから察したのか、クレハも涙を雑に振り払い、その微笑みを好戦的なものに変える。


 決勝戦だというのに、せっかく足を運んだ観客も何のことかわからずに困惑し、退屈しているだろう。けれどそれももう終わりだ。決意しなおした生き方を、最後まであがく姿で証明しよう。一生を使ってあがき切って負けるのが俺の勝利で生き方だと、そう決めた。


 ただし、その負けが「今」訪れるとは言っていない。


 さあ、クレハ。あの日の続きを。



 ――本物のSCを始めよう。



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