第21話「咆哮の先に」


 先ほどと同じ動きで、今度はミナトさんの背後へと迫る。すぐさま強化を解除し、右手に『ブレイド』の光がともる。


 そして、一番明るいライトエフェクト。


 背後からの攻撃で恐ろしいのは、ポイントの多さだけじゃない。なかなか立て直せない体勢に迫ってくる、追撃だ。


 倒れこみながらもこちらを向こうとするミナトさんの、無警戒な足元に身体強化した足による一撃を。


「っく」


 次は空中でお留守になっている左手だ、と瞳で狙いを定める。ミナトさんがそれに反応し防御魔法を張ったところで、逆側の足を『バレット』で撃ち抜く。


「しまっ――」


 視線によるフェイントはSCにおけるもっとも重要な技術。超高速戦闘中は誰もが反射で動きたくなるし、事実そのくらい素早く動かないと相手の攻撃には追い付かない。だからこそ、少しの挙動が大きな隙につながるし、大きな隙を作り出せる。


「いっけぇえええ!」


 動揺したミナトさんに、いつものような正確な魔法は発動できない。顔面目掛けて繰り出した身体強化による蹴りを、ミナトさんは左手でかろうじて受け止めた。


 攻撃のノックバックを利用して距離を取る。『ディストラクト』からの脱出と『ステラ・リンク』、それに練習でも成功率の低かった『ピース』と呼吸する余裕もない連続攻撃。三分にも満たない攻防で、すでにお互いが肩で息をしていた。


 これで五対、八。


「確かに私には、長年、SCをやってきた人たちの、気持ちなんて、わかんない。ミナトさんが、シンをどう思ってるかなんて、わかんない。――でもね」


 息を切らしながら、それでも伝えようと口を開く。ミナトさんが私に伝えたように。その闘争心を掻き立てたように。私も言わなくてはならない。自分の思いを。SCをする、その意味を。


「ずっと近くでシンを見てきた。その魔法を、努力を、生き方を! ずっとずっと、同じ場所に行けない私は、ただ憧れを見ているしかなかった! その気持ちは、あなたにだってわからない!!」


 譲れない。シンの隣だけは――譲りたくない。



 勝ちに行きます、ミナトさん。



 最低限の呼吸だけ整え、再びミナトさんとの距離を詰める。ミナトさんのプレイスタイルは遠距離攻撃が主軸。相手の行動を阻害するように攻撃し、無理に距離を詰めようとすれば容赦なくポイントを取っていく。だからこそ今まで『ステラ・リンク』という技術にも頼る必要がなかった。


 けど、今は違う。ここまで動揺しているミナトさんなら、私程度でも簡単に近づける!


「せやァっ!」


 牽制代わりの強化しない上段蹴り。しかしこれをミナトさんは防御魔法で防いだ。わざわざ魔法で防がなくても、通常攻撃ならダメージ判定にならない防ぎ方はいくらでもあるのに。


 ――こちらの攻撃を誘導している?


 とっさにそう考え、一度身を引く。しかし追撃が来る様子は……ない。


「いやはや、参った。まさかこれほどまでに成長しているとは」


 いつも通りの余裕を見せつける言葉遣い。だが、あまりにもいつも通り過ぎて違和感がある。先ほどまでのミナトさんはもっと熱かった。余裕があるのは変わらないが、公式戦という場にふさわしい雰囲気をまとっていたはずだ。だが今のミナトさんから感じるものは、どこかわざとらしい。これは……時間稼ぎだ。


 なら、律義にそれに付き合ってあげることは無い


 再び距離を詰める。だが今回は先に『バレット』を打ち込んでおく。


「くっ」


 やはり、ミナトさんは必要以上に大きく避けた。いつもなら冷静に判断できる着弾点を絞り切れていないんだ。あの姿勢では防御はできても回避、反撃までは回らない。一瞬だけ脚力を強化し、加速。姿勢を低く、地を這うように接近して……。


「せいっ! はっ!」


 足元から崩す。最初はただの足払い、避けたところへ身体強化をしての回し蹴り。だが、やはり本命の攻撃は防御魔法で防がれる。でも今のミナトさんに有効なのは確実な一撃よりも、数による攻め。そしてその中で見せる一瞬の隙だ。


『アサルト』


 身体強化魔法を使った、ごく初歩的な格闘戦用の技。本来なら身体強化魔法を維持できる数秒の間に高速の連撃を仕掛ける技だが、私はまだそこまで魔法を維持できない。だからこそ、ただの肉弾戦と身体強化魔法による攻撃をランダムに組み合わせ、疑似的に長時間の身体強化を模倣する。アヤメさんが教えてくれた、初心者の私にも扱える技『アサルト・フェイク』。場合によっては本物の『アサルト』よりもフェイクのほうが使いやすい。そして今がその時だ。


「はあああああああっ!」


 ただがむしゃらに攻撃を仕掛けるだけではだめだ。ちゃんとポイントを狙え。攻撃で狙うのは常に頭か胴体、そして頭で狙うのは、その攻撃を防ぎに来る手足、そして魔法の隙間。


『アサルト・フェイク』の中で、小さなライトエフェクトがふたつ、灯る。


 ミナトさんの表情から余裕が消えたのが動きながらでもわかった。

行ける。このまま行けば、絶対王者にだって――。


 そう、思った時。



「こぉんの、どあほ――――ッ!!」



 響く、怒声。


 開場中にとどろいたそれに、一瞬だけ手が止まる。いや、駄目だ。すぐに立て直し攻撃の続きを――。


「いい加減に――っ!」

「っ!」


 強化されたこぶし同士がぶつかり、ビィィィィンと骨に響く音を上げる。反動で思わず数歩後ずさった。さすがに今の隙を見逃してくれるほど、ミナトさんは甘くない、か。


 次の一手を考えながら、数メートル先にいるミナトさんを見る、と、その視線は明後日の方角を向いていた。つられて視線を横に向ける。そうだ、さっき聞こえたあの声、あのイントネーションは――。


 そう思いながら振り向いた先。そこには私の想像していた姿は無かった。


 いや、思った通りの人物ではあった。


 でも、その人物のこんな姿を、私は想像すらしていなかった。


「こんのど阿呆! っいつまでスカした態度で気取ってんねん、もっと必死になりぃやッ!」


 野次のような声援を送るユウキさん。その目の周りは、フィールドからでもわかるくらいに真っ赤に腫れていた。


「ユウキ……くん」


 意外に思ったのはミナトさんも同じだったようで、試合中だというのに私たちは二人そろって、場外に目を向けて止まっていた。


 合同練習での話を思い出す。ユウキさんはミナトさんに勝つためにここまで来て、そしていつだってミナトさんを見ていた。余裕と言うならユウキさんだってそうだ。いつも誰かをからかいながら、ふざけた調子で場を和ませる。


 でも、あの日私に見せた笑顔だけは少しも笑っていなかった。


 それだけSCに本気だからだ。必死だからだ。


 涙を流しながら叫びだしたいほど、戦いたかったからだ。


「仮にも絶対王者言われとる奴が、みっともない試合すなッ!!」


 遠く、何も聞こえないと思っていたフィールドに、その声だけが響いていた。試合のタイマーは止まらない。一秒一秒、今も残り時間は過ぎていく。それでも、私もミナトさんもすぐには動けなかった。


 運営委員に怒られている姿が見える。奥の控室へ引っ張られていきそうになって、それに抵抗してまた、ユウキさんは声を荒げる。でも、その声は同じ怒鳴り声であるはずなのに、ここへはちっとも届かない。


 あの声だから届いた。あの叫びだから響いたんだ。


「っはははは!」


 静寂を断ち切る笑い声、現実に引き戻された私はその笑い声の主を見た。


「はぁ、まさか、あんな事を言わせてしまうなんて」


 ミナトさんは額を抑え、天を仰ぐ。


「部長失格だ」


 見えた瞳はどこか悲し気に、けれど、やわらかく笑っていた。


「すまないね、クレハ君。いや、時間が無くなって追い詰められたのは僕のほうか」


 横目でタイマーを見る。制限時間は、残り一分を切った。得点は、五対十。ここまでくればもう、逃げ切れる。


「すかした態度で気取ってる、か。確かに言うとおりだ。返す言葉もない。これが僕のスタイル。常に冷静に、効率よく。けど、それを破ってきた相手がいるなら、僕もかなぐり捨てるしかない」


 静かに、何の音もなくミナトさんが構えを取る。大きめに足を開き、腰は低く、左手を腰だめに構え、右手は重心の真ん中を捉える。試合前にSCの選手がとる、突撃の構え。


 合わせて私も構える。ミナトさんのそれとは違い、ほかのスポーツでもよく見る、足を肩幅に開いて重心を落とす基本姿勢。どんな動きにも対処して、防ぎきる。


 再び訪れる静寂の時。構えたまま、互いに目を合わせるだけでどちらも動かない。時間は私に味方する、けれど、ミナトさんの射るような視線にさらされていると、試合前の感情が蘇ってくる気がする。


 さあっと、すこし風が吹いた。



「はぁぁあああああッ!!」



 空気を震わす雄叫びに、開いている目をさらに見開く。


 そこにはすでにミナトさんの姿は無い。


「なんっ――」


 反射的に右手に防御魔法をまとわせ、後ろを振り向く。


 振り向いた先に見えたミナトさんの姿が、また一度の瞬きのうちに消える。


 防御魔法は維持したまま、今度は上を見る。と、やはりいた。『ステラ・リンク』の動きだ。あまりにも速すぎる動き、だけど今のミナトさんはその速さゆえに、単純に定石をなぞる動きしかできていない。そう、わかっているのに――。


「ハァアアアッ!」


『ステラ・リンク』で急降下してくるミナトさんの攻撃を、右手を掲げて防御する。が、いつまでたっても落ちてくるミナトさんの手ごたえはやってこない。


「まさか――っ」


 この高速の動きの中で、フェイントまでかけてくるのか!? なら次にミナトさんが狙うのは――。


「くっ」


 無理を承知で体をひねる。でもこうでもしないと、いつこの背中に衝撃が来るかわからない。それだけは、絶対に防ぐ!


「ええいっ!」

「づああああっ!」


 ミナトさんの『ブレイド』が、私の左腕にヒットする。ライトエフェクトが発生するが、今はそんなものに気を取られている場合じゃない。攻撃の勢いに飲まれ体勢が崩れた。このままじゃ、さっきと真逆になる!


 ――全力で、逃げろ。


「ふっ」


 姿勢を気にせず、ただ強化した脚力で地面を強く蹴り飛び上がる。追随してくるミナトさんを振り切るように、『ステラ・リンク』で軌道を変える。『ライナー』じゃ足りない。『ピース』で再び地面に戻って。そこでミナトさんを待ち受けて――。


「まだだァっ!」

「っそんな!」


 そう思っていたのに、ミナトさんの追撃が早すぎる。私が『ステラ・リンク』で離脱することまで予測していたのか。


 首元に接近してくる『ブレイド』を、どうにか同じ『ブレイド』で相殺する。それでも猛攻が止まらない。防御と相殺に気を取られているうちに、いつの間に攻撃を受けたのか右足からライトエフェクトが立ち上る。


「こんな時、彼ならば逃げないッ!」

「っ」


 一瞬の動揺から、相殺が崩される。均衡を失ったブレイドは浸食され、右手にポイントを知らせる光が灯る。ポイントを奪われた隙に両足を強化、一旦距離を取った。


「逃げずに、立ち上がる。どれだけギリギリでも、どれだけこちらが攻めていても、必ずその上を行こうと立ち向かってくる。それがシンとの勝負だ! 君に、譲るわけにはいかないッ!!」

「私、だってぇッ!」


 取った距離をゼロに戻す。もう、ポイントをどれだけ重ねられようとかまわない。私はそれを上回るだけのポイントを取る。


 残り時間、もう三〇秒を切った。ここまでくれば、もう後のことを考える必要もない。すべての体力と、魔法を出し切るのみ。


「これでぇええええええッ!」


 ミナトさんの挙動が変わる。最後の攻撃に入ったんだ。


 距離を詰める動きは変わらない。が、その手に準備されている魔法は、『ブレイド』じゃない?


 ミナトさんがこちらの攻撃を避けつつ後方に通り過ぎようとする。この動きは、いったん通り過ぎてから『ステラ・リンク』によって軌道を変え、背中に攻撃を仕掛ける定石の動き。ならばこちらも――。


「っ!」


 負けじと『ステラ・リンク』で追いかけようとした瞬間、高速の弾丸が頬をかすめる。


 ――『バレット』? じゃあこの技は、『ステラ・リンク』じゃなくて『ディストラクト』なのか?


「くっ」


 再び、今度は右上からやってきた弾丸をかろうじて防御魔法で防ぐ。おかしい。『ディストラクト』にしては速すぎる。それにこの軌道、これは明らかに、『ステラ・リンク』の三次元運動じゃなければできない高度からの攻撃だ。


「まさかっ」

「気づいたかい? これは『ステラ・リンク』と『ディストラクト』を掛け合わせた、僕だけの技。超至近距離からの立体射撃攻撃『クロス・ディストラクト』。シンとの戦いのために用意した技だ!!」


 ばかな、ありえない! 『ディストラクト』の同時多角攻撃は対象との距離があって初めて可能な攻撃。でなければ『バレット』の発動が間に合うはずがない。それを――どうやって。


「っ、今度は『ブレイド』!」


 高速で、全方位どこから襲ってくるかわからない『バレット』の中に、突如として現れる薄紅色の刃。そうか、あくまでもこれは『ステラ・リンク』と『ディストラクト』の合わせ技。『バレット』の発動が間に合わないと判断すれば『ブレイド』に切り替えることも理論上は可能。だけど、『ステラ・リンク』の起動、『バレット』の構築、身体強化によるステップ、そして『ブレイド』を発動するかどうかの判断。一瞬でこれだけのことを頭の中で考えるなんて、こんなこと、可能というだけの不可能だ。


 長時間続くわけがない。が、ミナトさんなら試合終了までこの動きを維持し続けるだろう。普段の冷静さを捨て、余裕を捨て、ただ勝負だけを見つめるミナトさんなら。


 なら、私も。ついて行くしかない――!


 躱せ。見えているならすべて躱せ。


 よけきれないのなら弾け。すべて切り払え。


 防御魔法に頼ろうとするな。そんなもの発動しようとすれば、一瞬で隙をつかれてハチの巣だ。


 あと一点。この一点さえ守り抜けば。私は――!


「終わりだ」

「――!?」


 耳元で、ミナトさんの声が聞こえた。


 その姿を視界に収めようと、背中越しに後ろを見る。ミナトさんの『ブレイド』は、もう私の首元を切り裂こうとすぐそばまで来ていた。


 ――間に合わない。


「くっ」


 その刹那、ミナトさんの表情が苦悶にゆがむ。長時間、魔法を使用し続けた負荷だ。首元に迫っていた刃が揺らぎ、消えた。


「それ、でもッ!」


 歯を食いしばりながら、ミナトさんは身体強化による蹴りを繰り出す。一瞬の間があったとはいえ、正確に私の体の中心めがけて放たれた蹴り。これも防げない、躱せない。身体強化による相殺も、間に合わない。

脳裏をよぎる、諦めという言葉。せめてポイントを押さえようと、攻撃と胴の隙間に足を滑り込ませようと持ち上げた。



 ここで、願うか? 都合のいいタイムアップを、延長戦での奇跡を、シンは願うだろうか?



 そんなわけ、ない。


 私の知るシンは、私のあこがれたシンは、絶対に、勝利をあきらめも、願いもしない!


「勝ちとれぇぇええ!」


 迫る強化されたミナトさんの蹴り。それを私は、半身になって下から蹴り上げる。


「なにッ!」


 驚愕に目を見開くミナトさんに、私はとびっきりの笑顔を返す。そうすると、ミナトさんもこちらを見てにやりと笑った。


「なら、こうするしかないだろうッ!」


 空中で姿勢を整えるミナトさん。そうだ。そうするしかない。そして、体勢の崩れた私ではそれを防ぐことはできない。回避はもちろん、防御も、相殺でも一瞬及ばないだろう。


 弾丸の如き速さでミナトさんが空をかける、その瞬間――。




 ――試合終了を告げる、ホイッスルが鳴り響いた。




 どさっ、という重たい音がふたつ。他人事のように耳に入る。ひとつはミナトさんが倒れた音で、もうひとつは私自身が倒れこんだ音だというのに。


 地鳴りのような歓声の中で、審判の声はかすれたようで耳に入ってこない。ああ、でも。聞こえなくても、顔を傾ければそこに見える。


 電光掲示板に映るその数字。



 九対――十。



 これで、ようやく立てる。あなたの――隣に。



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