第20話「クレハとミナト」
◇クレハ
こうして真剣勝負の場で対峙すると、ミナトさんという存在の大きさ、プレッシャーのようなものをより強く感じる。まだ試合は始まってもいないというのに、私はすでに気圧されていた。
「怖い顔だなぁ、クレハ君。もっとリラックスして、存分にSCを楽しもうじゃないか」
練習試合と何も変わらないような調子で話しかけてくる。その言葉は、まぎれもない本心なのだろう。「もっと集中してくれないと、試合にならないじゃないか」そんな考えが見えるようだ。
そして、それは事実、その通りなのだろう。
ただでさえミナトさんと戦うには実力不足。それに加えて緊張で普段通りの動きができないとあっては、練習試合の二の舞だ。そんなつまらない結果に終わってほしくなくて、ミナトさんはこうして私を挑発している。
それを油断とも、慢心だとも思わない。これはただの余裕。
格が違う。
なまじ一回戦の相手、ユウキさんと比較ができるだけに、より一層強くそう感じる。
「ふぅー」
意識的に深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。そうだ、相手はあの絶対王者ミナト。前年度インターハイ優勝者にして、シンのライバル。そんな人と戦うのに、私程度が緊張する必要はどこにもない。ただ胸を借りればいいのだから。
そう言い聞かせても、身体のこわばりは消えてくれない。
けれどこれは先ほどの、一回戦の時ほどひどくはない。あの時は魔法の発動も遅く、関節も筋肉も何もかもが固かった。対して今は、体そのものはよく動く。
なら、今感じているこの緊張はなんだ?
考えて、思い出す。
ミナトさんを前に体がすくむ。それは初めてのことじゃない。ひと月前も同じことを思ったじゃないか。
これは緊張じゃない。恐怖だ。
こわい。ミナトというプレイヤーが怖くて仕方がない。圧倒的な実力を前に、私はまたもや蛇に睨まれた蛙状態になろうとしている。公式戦という場で、あの時以上の恐怖を本能的に感じ取っているんだ。
まずい、もういつ試合開始のホイッスルが鳴らされてもおかしくない。なのに私の中から恐怖は消えない。無視できるほどの胆力も持ち合わせていない。お願いだ、あと五分だけ待ってくれ。そうすれば、きっと今よりはましになるはずだ。このままじゃあ、始まった瞬間に終わってしまう――。
そんな私の願いをよそに、ピィ――ッ! と無慈悲な音は鳴り響いた。
迷いなくミナトさんは動く。私との距離は詰めず、強化した脚力でその周囲を動き回る。そして――。
「――っ」
青白い、光の弾丸が頬のすぐそばを通り過ぎる。
一歩でも動いたら当たっていた……? いや、違う。
背筋に冷たいものを感じる。だがそんなことに注意を向ける暇もなく、ミナトさんの『バレット』は次々と私に襲い掛かってきた。頭の次は脇腹、首筋、肩、指先、足元、再び首筋。四方八方から徐々に速度を増し、嵐のようにやってくるその攻撃は、しかし一度も私に当たらなかった。
射撃魔法『バレット』による、ほぼ同時多角攻撃『ディストラクト』。シンも使っている、制圧力の高い高難度技。でも、それだけじゃない。
「背面ヒットも含めれば、今ので二〇ポイントかな。防御可能だったタイミングを除けばちょうど十ポイントだ」
シンは言っていた。『ディストラクト』は徐々に速くなるスピードと伸びる移動距離、そして遠距離攻撃という特性から、発動よりもその後の制御のほうがはるかに難しいと。高速で移動する中、相手めがけてランダムに攻撃するならともかく、正確な狙いをつけるのは至難の技だと。それを、この人は。
私に一発も当たらないよう、そしてヒットしたとときのポイントがちょうどコールドの十ポイントになるよう、精密にコントロールしていた。
この一か月、練習を重ねて、少しは強くなったと思った。少しは近づけたと思っていた。
実際はどうだ?
変わらない。一か月前と、何も。
ミナトさんとの差も、シンとの差も、何も埋まっちゃいない。
「僕はね、この日を、この大会をずっと楽しみにしていたんだよ」
見せつけられた現実に私が言葉を失っていると、ミナトさんは試合中にもかかわらず、その口を開いた。
「高校最後の夏、なんて感傷に浸るつもりはないけどね。彼と戦える最後の夏だと言えば話は別だ。僕はずっと彼に――シン君にあこがれていたからね」
君もそうだろう? そう問いかけられて、私はようやく、ミナトさんの顔を正面から見た。
――瞬間、息をのんだ。
いつもさわやかな笑顔を崩さず、余裕という言葉を体現したようなその表情が、今は獰猛な笑みに変わっていた。
「クレハ君も知っての通り、彼は、ジュニア大会に初出場した十歳のときに初優勝を飾り、その後中学に上がるまで一度たりとも負けていない。僕もジュニアには参加していたから、よく覚えているよ。もっとも、僕は中学に上がるまでは彼と戦うことすらできなかったけどね」
過去を語るミナトさんの瞳は暗い。
「誰もが思っていた。シンに勝ちたい。シンの隣で、シンと対等に戦いたいと」
その瞳はどこか、SCを始める前の私に似ているように見えた。
「『ステラ・リンク』を生み出した天才、アヤメ選手の唯一の弟子にして、世界最年少の星を繋ぐ者。そんな彼と戦いたくて、あこがれていた選手のプレイスタイルを捨て、ただひたすらに強さだけを追い求めて、努力に努力を重ねようやく戦うことができた。本当の勝負をして、そして競り勝った!」
熱を帯びる声。それは静かな叫びのように、私の胸にこだまする。
「シン君の隣に立つとは、そういうことだ。今までずっと、彼の後ろをただついてくるだけだった君には、本当の意味で僕の気持ちは理解できないだろう。だからね、僕は君との試合も楽しみにしていたんだよ」
過去に向けられていた熱が、気迫となって今の私を襲ってくる。けれど、もう私はそれにひるむことはなくなっていた。
「第一試合は僕も見ていたよ。この一か月で君は本当に強くなった。まさかユウキ君に勝つなんてね。でもそれだけだ。シン君と戦うにはまだまだ足りない」
確かにミナトさんの言うとおりだ。私は弱い。シンと戦うには、まだ何もかもが足りないだろうし、シンと戦うために何年間も努力してきたミナトさんの気持ちだって、分かりっこない。
「言っていたね。シン君の隣に立ちたいと。……自分勝手なことは百も承知さ、でもね、ただ運が良かっただけで、たまたま彼のそばにいた君。そんな君の身の程知らずな願い――僕は絶対に、叶ってほしくないんだよッ!!」
言いたいことは全て言った。ミナトさんは今度こそ私を排除しようと、その両足に強化の魔法をまとわせる。最初と同じ魔法、『ディストラクト』。確かに、あれを回避する術を今の私は持たない。でも、今の話を聞いて、私にも理由が生まれてしまった。
この人に、負けたくない理由が。
初弾、狙いは頭部。大丈夫だ、躱せる。
次弾、右斜め後方から右足。これも躱せる。問題はここから。
再び正面に戻って、回避したばかりの右足を狙ってくる。躱せない。ここで防御魔法を使わされる。その間に左に回り、無防備な左半身を狙ってくる。体を投げ出すようにしてこれを躱す。そしてきっとこれが本命。回避できる体勢ではなく、防御魔法を張るほどの余裕もない。そんな私の背後に『バレット』が迫る。躱せないし防げない、なら。
「はあっ!」
振り向きざまに右手の『ブレイド』でこれを相殺する。防御魔法は間に合わなくても、これなら発動が間に合う。さあ、次はどこから――。
「っく」
魔法発動直後の右手を狙い撃ちされる。が、何とか引いてこれも躱す。まだ『ディストラクト』の発動から十秒程度しかたっていない。これをこのまま続けられるわけにはいかない。この魔法を打開するには、方法はひとつ!
「そこっ!」
動き回るミナトさんに何とか狙いを定め、『バレット』を放つ。当然これは当たらないが、相手の攻撃を一瞬だが止められる。その隙に、
「ハァっ!」
脚力を強化。少しでもいい、相手との距離を詰めろ! 『ディストラクト』は強力な魔法だが、発動に必要な条件も多い。中でも最も重要なのが相手との距離が離れていることだ。『バレット』に限らず、遠距離攻撃魔法はほかの魔法と比べても発動に時間がかかる。そのため相手に躱されやすい魔法だ。それを補うための同時多角攻撃だが、身体強化、ステップによる移動、『バレット』の構築。これらを行うためには相手を近づけさせないことが第一の条件となる。
これを破るには――!
「くっ、やはりそう来るか!」
距離を詰める私に、ミナトさんが『バレット』を放つ。身体強化で移動する私にはそれを防ぐ術はない。ならば!
右手から円形のライトエフェクトがほとばしる。ポイント、ワン。けれどこれでいい。頭と胴体を守って、大量得点だけ防ぎ、あとはポイント覚悟で相手へと接近。これしか『ディストラクト』を破る方法はない。
それは当然、ミナトさんもわかっていることだ。バックステップで私との距離を取りながら『バレット』による攻撃を止めない。でも、全力で追いかけている私のほうがスピードは速い。
「くぅっ」
『バレット』の被弾が重なる。右手と両足に一発ずつの計三回。これでポイントフォー。相殺できないこともないが、今は身体強化が優先だ。今『ブレイド』を使ってはせっかく縮まった距離が開く。それに……。
「せあぁっ!」
最後の一歩を踏み出し、ミナトさんがこちらの間合いに入る。踏切だけ脚力を強化し、すぐに右手に『ブレイド』を発動。弾丸のようにミナトさんへと突っ込んでゆく。
「そんな攻撃でっ!」
だが当然、これはミナトさんに回避される。おまけにすれ違いざま、左腕に一撃食らってしまった。だが、これでいい。まずは教科書通りに、つまらないと言われた動きを繰り返せ。直線的すぎる動きは読みやすい。だからこそ、その対処も簡単だ。回避した後で、背中をさらす相手に反撃する。それが身に沁みついたSCプレイヤーの動き。
だからそこを突く。躱されるより早く『ブレイド』を解除。空中で前転し、足場を作る。
直線から直線。『ステラ・リンク』の『ライナー』だ。
反撃のために攻撃魔法を使っている相手に、身体強化で飛び込んでくるこちらの攻撃を捌く手はない!
「君がそれを使えるのは、知っているよ」
でも、それで得点を取れないから、ミナトさんは絶対王者なのだ。そうさ。それくらいわかっていた。
ミナトさんはこちらの攻撃を読み、反撃に出ると見せかけて防御魔法を展開していた。そこに突っ込んでいけば、私の攻撃は無効化される。
だから、私はミナトさんのすぐ横を、高速でただ通り過ぎる。
「な――っ」
王道を繰り返せば、相手の思考もそれに染まる。だからこそ、一瞬のイレギュラーが思考の落とし穴になる。
さあ、一か月の成果を見せようか。
『ピース』だ。
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