第16話「絶対王者」
◇クレハ
ミナトさんとの練習試合のあと、私はようやく通常の練習メニューに戻り、予定されていた練習試合をこなしていった。けれど、結果はどれも惨敗。結局、シンがミナトさんと戦っている間に十試合以上も相手をしてもらったが、一度も勝つことはできなかった。チトセさんとも一度試合形式の練習をしたが、お互いに初心者ということでまともな試合にはならなかった。
ミナトさんとの練習試合を見て、三條の選手が警戒していた、というのもあっただろう。けれど、仮にそうでなかったとしても、せいぜい数ポイント得点が変動するだけで、結果は変わらなかったように思う。
改めて、ミナトさんがどれだけ私に合わせてくれていたのかを理解し、そしてそのミナトさんと対等以上にやり合うシンの実力を痛感する。
やっぱり、私程度ではまだまだ足りない。
「お、お疲れ~クレハん」
「あ、副部長の。お疲れ様です……クレハん?」
周囲との実力差にひとりへこんでいると、三條の副部長が声をかけてくれた。が、なんだか聞きなれない単語が混ざっている。
「ん? ああ、ええやろ? クレハん。同じフィールドに立ったもん同士、仲良くしよや」
「あ、はは」
距離の詰め方……。さすが関西人。
「そう言えば、副部長さんはSCをやるために三條に入ったんですよね?」
「ん? まあ、せやな。強くなりたいっちゅうんが一番やけど、ミナトの弱点探るっちゅう目的もあったんよ」
「弱点、ですか? 同じ部内で?」
副部長はうんうんとしきりに首を縦に振り、「そのほうが手っ取り早いやん」と本音をぶっちゃけてくる。
「うちも中学んときは全国でええとこまで行ってたんやけど、どうしてもミナトにだけは勝てんくてな、弱点探るためにこっち来たんや。けど……」
意味深に言葉を切った副部長は、フィールドの整備を手伝うひとつの人影を見る。
「弱点どころか、天敵まで見つかるとは思わんかったわ」
そう言ってケタケタと笑う副部長を見て、私も少しうれしくなる。
「ま、あんなにちっこいのとは思わんかったけど」
「ちょっそれ禁句ですよ!」
笑いながら爆弾発言(物理)をしてくる副部長を慌てて制する。うっかり耳に入ろうものなら先輩とか関係なく激怒しかねない。
「シンってば、その言葉に関してだけはやたらと耳が良くなるんですから、結構遠くても聞こえますよ」
鬼の形相でこちらに向かってくる姿を想像しながら、シンのほうを見る。と、
「……あれ?」
「ん~、聞こえとらんかったみたいやな」
黙々とフィールドの整備を続けるその姿に、副部長は小さく「せーふ」と腕を動かした。でも、おかしい。一度その言葉を自分に向けられれば、歓声や雑音であふれる試合中ですら聞き逃さないのに。ただの整備にそこまで集中しているとも思えない。
単に聞こえなかっただけなら、よかったと安堵するところだろう。でも、逆光で影となったその姿に、私はどこか胸がざわつくような感覚を覚えた。
「絶対王者の天敵、唯一のライバル、か」
ミナトさん本人が言っていた、シンの評価。それを自分のことのようにうれしく思ってしまうのは、今までならともかくSCをプレーする側になった今、やはりやめたほうがいいのだろうか。まあ、やめようと思ってやめられるものでもないのだけど。
「その絶対王者って異名にしてもなぁ。なあクレハん、なんでミナトが絶対王者ー呼ばれるようになったか知っとる?」
「いえ、でも……、単純にインハイ二連覇したからじゃないんですか?」
「あまいなー、クレハん。確かにそれもある。せやけど一番の理由は、その勝ち方や」
「勝ち方?」
去年までのミナトさんの試合を思い出してみる。とはいっても、インハイ決勝であってもその試合内容はそこまで濃いものではなく、シンとの試合、地区予選決勝のほうがよほど気合が入っていたような……。
「あ、なるほど」
「お、わかった? いっつも余裕で勝ち抜くもんな」
インターハイでミナトさんが本気を出すことは無い。その前に、もっと強い相手と戦っているからだ。
「うちもこっちきてよーやくわかったわ。そらあんなのと戦った後なら、インハイなんてままごとみたいなもんやしな」
「そっか、いくらSCの人気が高いと言っても、全国放送するのはインハイだけですもんね。それでついた印象から」
「そう、いつも余裕で勝利を収める、絶対王者のミナト。その裏で、どんな努力してるかも知らんでな」
ミナトさんの努力。その言葉がどうにも気にかかり、副部長に聞いてみる。シンの練習を見続けて、そこから自分のSCを見つけたい身としては、そのライバルであるミナトさんの練習からもなにかヒントが得られるかもしれない。
「んーあんま人の努力言いふらすってのもなぁ……、あ、そんならひとつだけ」
もったいつける副部長に、思わず身を乗り出す。
「ミナトな、あいつほんまに、去年まで『ステラ・リンク』できなかったんよ。それをたった一年で『トライアングル』まで身に着けた。ライバルとの戦いのために、それこそ血反吐吐くほど頑張ってな」
当時のことを思い描いているのだろう、副部長は目を細めながら続ける。
「ミナトはなぁ、もちろん天才と呼ばれるだけの才能を持っとる。けどそれだけやない。いち早く才能を見出された運もあれば、練習に困らん環境もある。そして何より、才能に驕らん努力をしとる」
その瞳は、何か恐ろしいものを見るようなものでもあり、純粋な憧れを宿しているようにも見えた。
「ま、それにしたっておっそろしい早さなのは変わらんけど……って、それも自分ほどやあらへんか、なあクレハん」
またもケラケラと笑う副部長。
けどその声は気のせいか、まったく笑っていないように聞こえた。
◇シン
「今日は、ひとりで帰るよ」
ダウンも片付けも終わり、三條との合同練習はつつがなく終了した。あとはもう帰るだけだが、どうしても、前のようにクレハと二人で帰る気にはなれなかった。
「おいおい、もう暗くなるってのに、女性を一人で帰すのか?」
「からかわないでください、この辺の治安の良さはアヤメさんも知ってるでしょう」
了承の返事を聞かず、背中を向ける。荷物はもう全て車に運び終わっている。やるべきことも終わったのだ、自由にしたって文句を言われる筋合いはないだろう。
「シン、どうかしたの?」
「っ」
自分を心配する、優しい声が背中にかかる。それは紛れもない、本心からの言葉なのだろう。それはわかっている。でも、今はその声を聞きたくなかった。聞こえなかったふりをして、俺はそのまま三條学園から外へと踏み出した。
前回よりも一時間ほど多く練習したにもかかわらず、帰り道から見える景色はほとんど変わっていない。ひと月の間に日の入りまでの時間が長くなったのだ。
インターハイ予選は一か月後。それまでに、クレハはどこまで強くなるだろう。もちろん、戦って負けるとは思わない。俺がミナトさんと戦っている間に、クレハは三條の生徒に全敗したらしい。クレハとミナトさんが戦っている間に俺が全勝した相手だ。今のクレハは「すごい」けれど「強く」はない。
でも、それは今日の話だ。
脳裏によぎる、ミナトさんとの練習試合、とっさの判断で決めたクレハの『ステラ・リンク』と相殺の技術。そのプレイスタイルは、当然と言うべきか俺によく似ていた。
「くそっ!」
気づけば俺は家路を外れ走り出していた。走り出さずにはいられなかった。走って走って、疲れ果ててしまいたい。そうすれば何も考えなくて済む。喉元に切っ先を突き付けられたようなこの感覚から、逃げ出すことができる。
ミナトさんは、どうして俺との試合で本気を出さない。どうしてクレハにだけ奥の手を見せた。クレハ、お前はどれだけ俺を超えてくる。技術の習得もそう、ミナトさんとの試合もそう、俺の十年間を、俺がやってきたSCを、どれだけ踏みにじれば気が済むんだ。
ああ、考えたくない、何も思いたくない。こんなことで立ち止まりたくない。わかっている。ミナトさんが本気を出さないのは、俺がそこまでのレベルにたどり着けていないだけだ。クレハは何も踏みにじっちゃいない。俺が、クレハの才能に、成長に、勝手にそんな風に感じているだけだ。
誰も悪くない。悪いのは俺だ。俺の弱さだけが、この感情を呼んでいる。
走り続けろ、前に進み続けろ。それ以外にできることは何もない。結局は勝ち続けるしかないんだ。クレハにも、ミナトさんにも。
「はあ、はあ」
何も考えずにたどり着いた場所は、海浜公園に隣接する水族館だった。『本日閉館』の立て札の前で、自然と足は止まる。
海浜公園、一か月前にクレハが魔法に目覚めた場所。そして一か月後、SCのインハイ予選が開かれるのも、ここに隣接する陸上競技場だ。ここで俺は何度もSCをした。
誰よりも速く、誰よりも強く。SCの世界で勝ち続ける。それが、俺が自分で決めた生き方だ。こう生きたいと、こうなりたいと、強く願った。誓った。
その生き方が今、なぜだろう、こんなにも息苦しいのは。
いつまでも越えられない高い壁。すぐそばまで迫ってくる大きな気配。
「くっそぉおおおっ!!」
追いついてやる、追い越してやる。追いつかせない、もっと先へ進んでやる。
ただがむしゃらに前へ進もうと躍起になる。身体強化で地面を蹴り、飛び上がる。そこへさらに足場を作る。天から地へ、一直線に降下する。
『ライナー』
習得に六年。SCで初めてぶつかった大きな壁。だけど俺はそれを超えた。世界最年少で星を繋いだ。
――でもその年、初めて試合で負けた。
着地の直前、今度は地面と平行になるよう足場を蹴る。
『ピース』
中二の試合中、ミナトさんに追い詰められてとっさに発動して成功した。一年経って、試合中も成長して、ようやく上回れたと思った。
――でも結局、その試合でも俺は負けた。
平行移動から斜め上に、三度めの足場を作り出す。
『トライアングル』
今日、初めてミナトさんが見せた技。だけど、この技を俺は二年前には完成させた。ミナトさんのいない全中は退屈で、使う機会は無かったけど、それでもこの技を練習したのはミナトさんを倒すためだった。
――それでも、去年の予選決勝で俺は負けた。どれだけ速く動いても、ミナトさんをとらえることはできなかった。
「っ」
突如訪れた頭痛に、集中が途切れそうになる。魔法の連続使用による負荷だ。俺程度の練度では『トライアングル』が限界だ。でも、ここで止まれば今までと何も変わらない。俺は、もっと前へ進まないといけない。歯を食いしばれ、もう一度上へ飛ぶために、あと一歩を踏み出すんだ。
「くっのぉぉぉぉぉおおお!」
マテリアライズ。『ブレイド』と似た薄紅色の光が足元に現れ、不規則に明滅する。その空間に足をそろえ、ひざを曲げ、上を目指して飛び上がる――!
『スクエア』
「……あっ」
足場が消える。行き場を失った力は空気中に霧散して、飛ぶための翼を失った俺は無様に砂浜に体を投げ出した。
冷たい、ざらざらとした感触が頬を撫でる。
ざり、と砂粒が口の中にまで入ってくる。でもそんなことはどうでもいい。何も考えず、ただただ歯を食いしばる。砂の不快感も、口が切れた痛みも、何も感じない。噛みしめているこの感情より強いものなんて、今の自分の中には存在しない。
こぶしを握る。手のひらに収まっていた砂が指の隙間から流れていく。どれだけ強く握っても、掴めるものは何もない。
そうさ。どれだけ走っても、どれだけ前へ進んでも、結局俺は越えられない。背後に迫る気配から逃れることだって、いつまでたってもできないんだ。
楽しかったはずのSCは、もうただの苦痛でしかない。
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