第15話「ステラ・リンク」
◇シン
クレハのやつは、どこまで俺の想像を超えてくるのだろう。
「今、クレハさんが使ったのって……もしかして」
「……ああ。『ステラ・リンク』だ」
「シンさん!」
一通りの練習試合を終え、クレハとミナトさんの練習試合を見に来たのだが……。まったく、来たとたんにこれだ。
「プ、プロの試合でしか見られない、超高難易度技……!」
『ステラ・リンク』。
『マテリアライズ』で足場を作り出し、身体強化した脚力で移動する。言葉にすれば簡単だが、実行するのは難しい。
「でも、クレハさんは魔法を使えるようになってまだひと月しかたっていないって……、それでできるような技なんですか……?」
チトセの声は恐れを含むように震えている。まったく、その気持ちには同感だ。
「まず無理だ。『マテリアライズ』そのものの難易度もそうだが、そもそも足を起点に魔法を発動すること自体、かなりの慣れが必要だ」
「足を起点にすることの難しさ……あ、そうか。イメージが……」
チトセの言葉に首を縦に振る。『バレット』を思い出せばわかるだろう、あれは拳銃を撃つという潜在的なイメージがあるからこそ実現できる魔法だ。現に、足から『バレット』を放った成功例は未だない。防御や強化など展開系の魔法は全身発動のイメージが比較的容易だが、放出系魔法は基本的に、手からしか発動できないと思っていい。
それでもクレハが足場を一発で発動させることができたのは、おそらく、俺やアヤメさんが同じ魔法を使うところを何年にもわたり間近にみて、イメージが固まっていたからだろう。それにしたって、最初の発動で成功させるのは規格外だが。
「大体『マテリアライズ』を一度で成功させることもおかしいんだ。魔法の強度は他の基本的な魔法とは比べ物にならない」
「そう……ですよね。私だって、まだシンさんに教えてもらった基本の二つしか、安定して発動できないです」
悔しそうにチトセはつぶやくが、それが普通だ。いや、ひと月で基本となる『ブレイド』と『バレット』を安定発動できるようになることだって、相当に練習しないとできることじゃない。
「魔法の安定発動には明確なイメージが必要なのに……それをぶっつけ本番、それも、プロが使うような超高難易度技でなんて……」
もっとも、クレハの決めた『ステラ・リンク』は同じ技の中でも『ライナー』と呼ばれる初歩の初歩。ライナー、すなわち直線。『マテリアライズ』で空中に作った足場を起点に、身体強化で一直線に突っ込むからそう呼ばれている。
実際のプロレベルになると、突っ込んだ先でさらに足場を作り、もう一度攻撃に出ることもある。この技を生み出した人間は、そうやって足場という点を直線でつないでいくさまが、星をつないでいるみたいだからと、この名前を付けたらしい。
……まあ、アヤメさんなんだけどね。
一度の攻撃が直線で『ライナー』、二度の攻撃はV字を描くことから『ピース』、三度が『トライアングル』、そして四度が『スクエア』。今のところ『スクエア』を成功させたのは世界でも数人しかいない。当然、その数人にはアヤメさんも入っている。俺も挑戦してはいるが、『スクエア』は未だ成功したことがない。
とは言え、『ステラ・リンク』はそれ自体が「プロの最初の壁」と呼ばれているほどに難易度の高い技だ。『ライナー』を使えて初めて一人前、というのがプロのSCプレイヤーの定説だ。高校の試合では当然、滅多にお目にかかれない。先ほど俺が練習試合で披露した『ディストラクト』も高難易度の技だが、『ステラ・リンク』ほどじゃない。
「すごい……ですね。クレハさん」
チトセの声が、どこか呆然としたように聞こえたのは、気のせいではないだろう。
ああ、わかるとも。だって。俺も今声を出せば、きっと同じような声音になるだろうから。
俺が『ライナー』を使えるようになったのは、いつだっただろう。
ミナトさんとの練習試合を再開したクレハを見て、そんなことを思った。
ミナトさんも普通に魔法を使い始め、クレハを手玉に取っている。だが、その動きにも徐々にクレハはついて行く。
「ほら、シン君も見ている! あまりみっともないプレーはっ、お互い見せられないね!」
ミナトさんはギャラリーを気にしながらも、次々と隙の無い攻撃を仕掛けていく。
「見せたくないの、間違いじゃないんですか!?」
防御と回避だけではこの猛攻をしのぎ切れない。そう判断したクレハは、またも練習していない技術を見せる。
ミナトさんの攻撃の合間に、ビィィィィインと耳を震わせる音が響く。
「っ相殺だと!?」
ミナトさんの顔が驚愕にゆがむ。クレハがこの技術を使いこなすということは、それだけおかしいことなのだ。だがその驚きはすぐに歓喜へと変わった。
「面白い、面白いよクレハ君! それでこそシン君が認めたプレイヤーだ!」
「さっきからシン君シン君って気にしすぎです! 今あなたと戦ってるのは私でしょ!」
裂帛とともにクレハが攻勢に出る。しかしクレハの渾身の一撃をミナトさんはお返しだと言わんばかりに相殺し返した。
「それは君も同じだろうっ!」
「私はいいのッ!」
練習とは思えない、見ごたえのある試合だ。……しかしこの、プレーとは関係ない口論はどうにかならないものだろうか。
「シン、これはチャンスだぞ」
傍らで同じく試合を見守るアヤメさんが声をかけてくる。
「チャンス? いったい何の?」
「男が一度は言いたいセリフ第一位『私のために争わないで!』を言うチャンスだ」
「いやそれ女のほう……」
やたらと神妙な顔をしてるから何かと思った。というか俺も何を突っ込んでるんだ。
「……はあ」
下を向き、ため息をつく。アヤメさんからも、目の前のクレハたちの練習試合からも、少しの間でいいから目を背けたかった。
――クレハ、本当にお前は、いったいどこまで来るつもりなんだ。
俺が『ライナー』を使えるようになったのは中学に入ってから。SCを始めて六年目のことだ。それも、『ステラ・リンク』の生みの親に三年近くみっちりと練習を見てもらって、ようやく。
もちろんクレハは、俺の練習をずっと見てきた。俺の失敗も、成功にいたるまでの道も、全部を見てきたんだ。十年もの間ずっと。
それでも、クレハは一か月で成功した。
見てできるようになるような技なら、こんなことは考えない。魔法の高速発動、解除、切り替え、姿勢制御、空間把握、それらを一秒未満でできて初めて成立するのがこの技だ。中学で俺がマスターしたのだって、世界最速だとアヤメさんは言っていた。
もちろん、技の技術だけがSCの強さじゃない。仮に今のクレハと戦っても、俺は五分以内でコールド勝ちするだろう。これは油断でも慢心でもなく、単純な実力差の問題だ。
「まだまだ、ここからですっ!」
「ほう、それは楽しみだね。ではこちらもそろそろ、例のものを見せようかな!」
いやでも耳に入ってくる、戦う二人の声。クレハが今ミナトさんとそれなりに戦えているように見えるのだって、ミナトさんがクレハの練習になるよう手加減してくれているからだ。そうでなければ説明がつかない。
中学一年の夏大、俺が初めて負けた相手がミナトさんだった。そのとき俺はすでに『ライナー』を習得していたが、そんなことは関係なく、俺は僅差で競り負けた。そのあとの試合も全て、俺は『ステラ・リンク』を使わないミナトさんに数ポイントの差で競り負けている。制限時間があと三〇秒長ければどちらが勝っていたかわからない。そんな言われ方をしていても、俺は結局ミナトさんには一度も勝てていない。その事実が、SCにおける勝負が技術だけでは決まらないことを証明している。
そうだ、別に習得の早さとか、成長の速さとか、そんなものにこだわる必要はない。大切なのは勝負に勝つこと、それだけだ。積み上げてきた経験は、少しくらいの成長じゃあ超えられないのだから。
――おおおおおおっ!!
「な、なに!?」
突如として湧き上がった歓声に、思考の海に沈んでいた意識が引っ張り出される。
「シン!」
アヤメさんの切羽詰まった呼び声。こんな声音を聞くのはずいぶんと久しぶりだ。もしかして、試合に何らかの動きが――、
「――なっ」
とっさにフィールドを見て、絶句した。
「すごいっ! 部長もっ!!」
ミナトさんが、空中で体勢を整えている。淀みの無いその構えは、間違いなく『ステラ・リンク』のものだった。発動までの滑らかさ、空中での姿勢制御、どれをとっても完璧な、練度の高さを感じる『ステラ・リンク』。
そりゃあ、ミナトさんほどの実力者であれば使えてもおかしくはない。でも、どうして? どうしてクレハとの試合でそれを見せる?
ミナトさんの『ステラ・リンク』。それは彼との試合の時、いつも思考の片隅にあった懸念のひとつ。もしここで使われたら勝負が決まってしまう。そんな瞬間はいくらでもあった。でも試合でミナトさんが『ステラ・リンク』を使ってくることはなかった。けどそれは、発動が不安定だからとか、準備に一瞬手間取るからとか、そういう実用できない理由があるからだと思っていた。
こんな完成度なら、何故今まで使わなかったんだ。この一年の間に完成度を高めたのだとしても、それをこんな、クレハとの練習試合なんかで見せる必要はどこにもないはずだ。
「行くよ、クレハ君!」
攻撃が始まる。
高速で接近する『ライナー』による攻撃を、クレハは防御魔法を展開して防ごうとする。
「甘いよ」
防御魔法を察知したミナトさんは攻撃をわざと外し、空中で再び足場を作る。『ライナー』では終わらない、『ピース』だ。
「ふっ」
今度はクレハの防御魔法も展開が間に合わない。が、ミナトさんの狙いも若干甘い。身をよじることで紙一重で回避し、カウンターの準備に入る――。
「なっ」
「嘘でしょ――」
振り向いたクレハの正面には、三度目の足場から突っ込んでくるミナトさんの姿が映っていただろう。
「これが、僕の奥の手だよ。しっかり見たかい?」
『トライアングル』。俺の使える『ステラ・リンク』と同じ限界数。
……これだけの技を、たった一年の間に覚えきるなんて不可能だ。それこそ、クレハほどの化け物でない限り。
ミナトさんは今まで本気を出していなかった? ギリギリの勝負をしていたと思っていたのは俺だけで、本当は余裕を持っていたのか? いや、だとしても、だとしてもだ。その技を俺でなく、クレハに見せた。それはつまり、ミナトさんは俺よりも――。
「どうして、クレハなんだ……」
ため息のように、息がただ漏れるように言葉が出る。
勝負に必要なのは技術だけじゃない、それはわかってる。十分すぎるほどに思い知ってる。でも、『ステラ・リンク』に必要な技術はSCの強さに直結する基本的な技術だ。その習得が早いというのは、それだけ成長が早いということでもある。それを六年かけて覚えた俺と、わずかひと月で覚えたクレハ。どちらのほうが優れているかなんて考えるまでもないだろう。
今戦えば、確実に俺が勝つ。明日戦っても勝つだろう。一週間後だって、きっと負けない。
でも一か月後、半年後、一年後はどうだ? 異常な速さで駆け上がってくるクレハから、俺はどれだけ逃げられる。
――俺が勝てるのはいつまでだ?
「――やめろッ!!」
怒鳴り声と言ってもいいほど張り詰めた声が、フィールドに響き渡る。
「シン?」
「っシン……さん?」
隣にいるアヤメさんとチトセ声を掛けられ、ようやくそれが自分の声だということに気付いた。
「シン君……」
はっと、自分で息をのむ。気づかないうちに入っていた全身の力、握りしめられていた拳を解き、震えようとする声を抑え込む。
「もう、やめてくださいよミナトさん。クレハはまだSCを始めて一か月ですよ? そんな新人に次元の違う技なんて見せて……、というか、先に俺に見せてくださいよ!」
自分の言葉を己に深く刺しながら、明るい声音を意識してさらに深く傷口をえぐる。
「いやあ、すまない。クレハ君との試合が楽しくて、つい興が乗ってしまったんだ。確かに、新人相手に使う技ではなかったね」
「そうですよ。そんなにスリルのある戦いがしたいなら、……このあと俺とやりませんか」
「ああ、もちろんだよシン君。今日はそのために来たんだからね。クレハ君以上に、僕を楽しませてほしいな」
「安心してください。ミナトさんがクレハとやってる間に、こっちはもう全員の相手終わってますから。たっぷりと楽しませてあげますよ」
会話を続けるにつれ、だんだんと黒い声が表に出ようとしてくる。それを必死に抑えながら、あるいはそんな感情から目を逸らしながら、俺は頬を引きつらせるようにして笑っていたと思う。
その後行った練習試合、ミナトさんは最後まで『ステラ・リンク』を使うことはなかった。
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