第14話「クレハの目覚め」


「ようやく、いい顔になってきたね」


 トンっと一度バックステップをして、ミナトさんは私との距離を取った。仕切り直しということだろう。


「じゃあ、ここでもうひとつルールを加えよう。僕は魔法を使わない。君は魔法を使ってもいい。そして、君が僕に魔法を使わせることができたなら、その時点でこの勝負は君の勝ちだ」


 余裕たっぷりにミナトさんが宣言する。けど、もう腹は立たない。それだけの実力差があることは明白なんだ。


「勝ったら、なにか景品があるんですか?」


 それでも、あくまで勝ちは譲らないと、そんなことを言ってみる。ミナトさんは少し驚いたような顔を見せた後で、「っはははは!」と心底おかしそうに笑った。


「いいね! その負けん気、それでこそだよ。そうだなぁ、……あっ、じゃあ、まだシン君にも見せていない、僕のとっておきを見せるってことでどうかな」


 ミナトさんのとっておき? まだシンにも見せたことがない、ということは、おそらく去年のインハイから今年にかけて準備してきた新技……。


「それを、こんな場所で、私なんかとの勝負にかけると?」

「うん、僕のほうにも緊張感がないとね」


 本気で言っている。こういう時、嘘をつくような人じゃない。ミナトさんにとって、大会で敵となるのはシンだけじゃない。全国から選手が集まってくるこの三條では、同じ部活のメンバーが一番の敵となることだってあるはずだ。だというのに……。


 ひょうひょうとしてつかみどころのないくせに、肝心な時には誠実で、なんだかアヤメさんにそっくりだ。


 にこにことしているのに、その実、まったく隙のないミナトさんを見据える。


「後悔しても、知りませんよ!」


 脚力を強化して一気に距離を詰める。……よかった、ちゃんと発動している。かかった時間も一秒未満。


「ふぅん、そう来るか」


 それに加えて、距離がある場合は遠距離攻撃から始めるのが定石だ。相手が魔法を使わないなら、なおのこと一方的な有利に持ち込める。それを捨てて一気に距離を詰めることで、相手の対応はさらに遅れる、はず!


 私は踏み込みの速度を殺さないまま、胴体めがけて『ブレイド』を振り抜いた。


「意外性はあるけど、それだけだね」


 が、当たらない。『ブレイド』は空を切り、目的の胴体は手のひらひとつ分ほど間合いの外にいる。魔法を使わないと言っていても、スーツを着用している限り魔法が当たれば自動的に防御魔法が発動する。間違いなく躱された。


 でも、どうして? 距離を見誤った? いや、まさか自前の身体能力だけで今の攻撃を避けたのか。だとしたら、そう何度もできる芸当ではないはずだ。


「まだっ!」


 前傾姿勢を活かすため、今度は振り抜いた腕を軸に逆立ち、ブレイクダンスの要領で回し蹴りを放つ。が、手ごたえがない。ならばと今度は軸にしていた腕を強化、身体を跳ね上げ正面にいるミナトさんを飛び越える。


「なかなかいい動きをするねぇ」

「こっの!」


 眼下にいる標的向けて、限界数の『バレット』を打ち込んだ。地面に当たった魔法が土煙を巻き上げる。


「くっ」


 ダンっと音をたてて着地する。『バレット』に集中しすぎて着地の際に脚力を強化するのが間に合わなかった。でも約三秒の滞空時間内に、放った『バレット』は五発。どれだけ目が良くても、どれだけ早く動けても、魔法なしであれを捌くことはできないはず……。


「いやあ、本当に始めて一か月かい? なるほど、シン君もアヤメさんも、君に期待するわけだ」


 ぱちぱちと、わざとらしい拍手が煙の中から聞こえてくる。姿が見えたミナトさんのコンバットスーツにポイントのエフェクトは……無い。


「うーん、でもそれだけだね。確かに成長速度には目を見張るものがあるけど、SCを始めて三年もすれば、今くらいの動きは誰だってできるようになる。もっとこう、君だけのプレーを見せてほしいな」

「あれを……どうやって」


 私の攻撃を評価しながら、ミナトさんは「早く次の技をみせてくれ」とでも言わんばかりに、こちらを見つめる。というか、今の動きをすべて目で追っていた? 試合を外で見ているのならわかる。それなら私でもできるが、プレイヤーとしてフィールドに立っている状態で、そこまで冷静に相手の攻撃を見切れるものなの?


「それは、魔法は使えないんだから避けるしかないだろう」

「そんなっ! でもさっきの『バレット』は――」

「僕の回避地点を潰すように狙いを定めていた。うん、とてもよくできた『バレット』だ。教科書通りというやつだね。うちの一年にも教えてほしいくらいだよ」


 教科書通り……!


 そうか、だからミナトさんは全ての攻撃を予測しきることができたんだ。


「君はSCの経験は一か月しかない。けど、SCを見てきた経験は十年以上にもなる。だからこそ、いざ自分がフィールドに立った時、どうしても頭で考えてしまうんだ。基本という、最も正しい行動をね」


 私がしているSCは、経験ではなく知識。だからこそ、より多くのデータによって裏付けされた「基本」と「定石」に縛られる。


「最初に見せてくれた動きも、定石の真逆、という意味では実に単純で面白くなかった。これじゃあまるで、出来の悪いAIとでも対戦しているみたいだよ」


 あきれたように、つまらないように、でも朗らかに、さわやかにそう告げてくる。つまらないし面白くない、けど約束だから相手をしてあげるよ。そんなことは一言も言っていないのに、いつまでも変わらないその表情を見ていると、そんな幻聴が聞こえてくるようだった。


 でも、どうすればいい。定石を破る、基本から抜け出す。そんなこと、今の私が一朝一夕でできることじゃない。どんな分野だってそうだろう、基本ができて、定石を踏まえて、それでようやく自分というものを出せるようになる。何年も何年も、考えて考え抜いて、そうして壁を破ってようやくたどり着く場所がそこじゃないのか。壁を前に立ち去っていく者もいる。そんな現実を私に突き付けて、一体この人はどうしようというのだ。


 困惑。まるで思考の迷路だ。いくら考えても答えなんて出るはずがない。なのに私は考えることを止められない。経験のない私には、考えることしかできないから。


 思い出せ、私が見てきたSCを。答えは無くても、ヒントはそこにしかない。


「君は、今まで何を見てきた?」


 動かず、黙りこくったままの私にミナトさんから声がかかる。それは奇しくも、今まさに私が考えていることと同じだった。


「君が今まで見てきたものは、そんな退屈なものじゃなかったはずだ」


 そうだ、私が知っているSCは――今もすぐそばで戦っている。


 視界を広く持て。その中で見つける、私のあこがれの形。ずっと見てきた、誰よりも速く、誰よりも強いその戦い方を。今と過去からその憧憬を連れてこい。ただの真似でいい。私のSCはきっと、その中にある。


 シンと同じことはできない。劣化コピーにすらならないだろう。でも、魔法を使わないミナトさんが相手なら、似たようなことはできるかもしれない。思考を研ぎ澄ませ。思い描いた姿を、自分に重ねろ。


「……いきます」


 ミナトさんが、無言で笑う。


「――っ!!」


 大地を蹴る。強化された脚力に、砂塵が舞い上がった。シンの最も得意とするスタイルはクロスレンジでの格闘戦。とにかくまずは距離を詰める。


「さあ、躱せるかな」


 接近する私に合わせ、ミナトさんが頭部めがけて拳を打ち出そうとする。とはいえ、強化もなにもされていない素の攻撃では、躱すのは容易だ。つまり、これは陽動。


 陽動となる攻撃への対応は、単純だが意外と難しい。無視をすればポイントを取られ、対処すれば相手の思うつぼだ。ならば、相手の思惑からはずれた行動をするしかない。


 防げばその間は魔法が使えず無防備に、腕をつかみ反撃に出ようとすれば機動性という優位が崩れ、回避に専念すれば陽動の攻撃を止め、本命である二撃目をもらうことになる。ならばここは、機動性も損なわず、相手の攻撃も回避し、かつこちらの攻撃につながる一手を選ぶしかない。


 シンならどうする? その考えを模倣する。選ぶのはきっと、基礎錬でも苦戦したあの動き。身体強化をかけなおす。今度は両足と視力。相手の攻撃を限界まで引き付けて――ここだっ!


「何っ!?」


 ミナトさんの拳が顔面にぶつかるまさにその瞬間、私は大きく左にステップ、そして反復横跳びの要領で一瞬のうちに元の場所へ戻る。直前まで引き付けたことによって、ミナトさんには私が消えたように見えただろう。シンがよく使う目くらましだ。身体強化による急制動を行えないミナトさんは自分の攻撃を止められない。戻ってきたその場所は、すでにミナトさんの背後だ。


「もらった!」


 ステップの勢いそのままに、強化したままの左足で蹴りを放つ。完全に間合いの内側、仮に魔法を使えたとしても、強化した蹴りなら相殺も難しい。防御魔法でなければ防ぐのは不可能だ。


 完全にとらえた。そう思ったが、それでもミナトさんは不敵に笑って見せた。


「それはどうかなっ」


 背中に迫る強化された蹴り。反射的に防御したくなるだろうそれを、ミナトさんは、半身になって下から蹴り上げた。


「うそっ」

「攻撃に攻撃をぶつけるやり方じゃあ、完璧に相殺しない限り防御はできない。でも、逸らすだけなら魔法を使わなくても可能なのさ」


 こともなげに言ってくれるが、少しでも攻撃を当てるポイント、それに衝撃を与える角度を間違えれば即得点につながるプレーだ。何よりも、身体強化された高速の蹴りの一点を正確に蹴り抜く、それだけでも驚くべき技術だ。


 でも、それだけぎりぎりのプレーをしなければ防げなかったというのも事実。あれだけの危険を冒したのだから、今のミナトさんには余裕がないはず。畳みかけるなら今しかない!


「まだ!」


 蹴り上げられたことでこちらの体勢は崩れている、けどそれは相手も同じことだ。この状態から体勢を立て直す手段……。ひとつだけ、思いつく。けれどそれはSCの中でも高難易度と言われている技のひとつ。練習だってまだ始めてすらいない。このチャンスをふいにして挑戦するには――。


 一瞬のうちに脳内で思考が行き交う。


 ――危険を冒す必要はない、一度体勢を立て直してから仕掛けなおすのが王道だ――。


 冷静な自分が安全策に走ろうとする。今まで見てきたSCを忘れ、つまらないプレーに走ろうとする。そんな弱い自分を、


「クレハっ!!」


 場外から聞こえたその声がかき消した。


 私が憧れる人は、私のしたいSCはそんなつまらないものじゃない!


 蹴り上げられた勢いをそのままに、半回転。両足を空に向け、私は眼下にいるミナトさんをしかと見据える。まるで空中に足場があるかのように、私は両足に力を込めた。


「――まさか」


 ミナトさんの顔が、初めて驚愕に歪んだ。


 足場がなければ、作るだけだ。



「『ステラ・リンク』」



 空中に足場を作り出す。使うのは『マテリアライズ』、物質化の魔法。これにより作り出した足場は、ほんの一瞬だけ実態を持つ。その一瞬の間に、再び脚力を強化。


「今度こそ、決めます」


 強い脚力ではじき出された身体は、弾丸のようにミナトさんめがけて飛んでいきそして――。


「……まさか、本当に魔法を使わされるとは」


 繰り出した私の攻撃は、ミナトさんの防御魔法によって止められていた。


「ミナトさんこそ、今のタイミング、普通ならポイント入ってますよ。どんだけ防御魔法の展開速いんですか」


「はは、このくらいできなきゃ、シン君とは対等に戦えないよ」


 崩れた体勢を立て直しながら、ミナトさんは言った。


「さて、約束通り、僕のとっておきを見せてあげよう。この試合の中で、ね」


「望むところです」



 そしてようやく、私にとって初めての練習試合が始まるのだ。


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