第12話「初めての試合」
「ちょぉちょぉ、魔法の発動もできひんのやったら、試合なんて無理やろ」
「す、すみません」
三條の副部長との練習試合、クレハは防御魔法すらまともに張れず、ましてや攻撃なんてできるはずもなく、ものの一分でコールド負けを喫した。
普段であればできることも、試合ではできなくなる。それはよくあることだが、それにしたって今の試合はおかしい。
「っよそ見してんな!」
間合いの外から飛んでくる『バレット』を適当によけながら、隣のフィールドで行われていたクレハの試合を思い出してみる。……いや、思い出すも何も、あれじゃあただの「的」だ。動きも固く、魔法の発動も遅く、反撃もできていなかったのだから。
「悪いな」
対戦相手である三條の一年生に一言詫びを入れる。
「お、ようやく――」
こちらも『バレット』を放つ。当然、それで終わりではない。着弾を見るより早く脚力を強化、移動、再び『バレット』、そしてまた移動。この動きを繰り返し、繰り返すたびに徐々に移動速度と魔法の発動を速く、そして移動距離を大きくしていく。
「え、いや、ちょっ!」
魔法と魔法の間隔を限りなく短く、魔法の連続発動が追い付く限り加速し続ける。『バレット』による、ほぼ同時多角攻撃『ディストラクト』。練習試合はおろか、高校の大会ではほとんど見ることのない高難度技。
試合相手にはちょっと悪いが、まあ珍しい技を経験できたってことで、勘弁してほしい。今はすぐにでもクレハのところに行きたいんだ。
「くっそ、この……! チビのくせにっ」
「あぁ?」
今小声で何か聞こえたなぁ……?
十秒間の『ディストラクト』で一七ポイントを獲得し、俺はフィールドを出た。この技、ある程度まで加速すると「止めどき」が分からなくなるんだよな。……いや、本当だよ? 速くなりすぎて制御できなくなるのが『ディストラクト』の難しいところだ。決して腹が立ってやりすぎちゃったわけではない。
「クレハ、どうした」
「……シン」
こちらを見るクレハの表情は、どうしようもなく沈んでいた。なぜうまく動けないのか、普段通りにできないのか、そんな困惑と情けなさに満ちている。……こんな顔を見るのは久しぶりだった。
「すみません、少し外します」
「ん、ええよ」
三條の副部長に許可をもらい、フィールドの外、なるべくほかの部員がいない場所へとやってくる。アヤメさんの姿を探すが、見当たらない。できるだけ普段の練習通りの環境に近づけたかったのだが、三條の顧問と話でもしているのだろうか。
「クレハ、まずはいつも通りに防御魔法の展開を。俺の合図と同時に」
クレハが頷くのを確認し、ぱんっと手を叩く。
「……!」
クレハが右腕に防御魔法を発動する。が、遅い。二秒近くかかっている。最近なら一秒未満で発動できているのに。
「倍以上かかってるな……。クレハ、もしかして、試合が怖いか?」
「怖い?」
緊張しているときの心の状態というのは、何かを怖がっているときとよく似ている。叱られているときや、怖い映像を見ているときのことを想像すればわかりやすいだろう。俺も、過去に一度だけアヤメさんと本気の試合をした時、似たような状態になったことがある。ただ緊張しているだけでなく、恐怖と緊張が重なっているのなら、クレハのこの状態も説明がつく。
「なんだろう、そうなの……かな。ドキドキしてるのは、移動の時から変わってないんだけど」
自分でもわからない心の動きを、必死に言葉で説明しようとする。でも、このままじゃ少しまずい。下手をすれば、このまま試合に恐怖心を抱くことが当たり前になってしまいかねない。
最初の経験というのは印象に残りやすい。もしそれが苦手意識だった場合、一生かけても克服できないこともある。もしそうなれば、クレハは試合で実力を出せない、典型的なあがり症の選手になってしまう。
……どうする? このまま緊張と恐怖が結びつくのだけは避けないといけない。どうにかして、恐怖を上回る別の感情を抱かせないと。自分の時はどうやって克服したんだったか。
「どうしたんだい? どこか体調でも……」
「っ!」
急に後ろから声を掛けられ、思わず振り返る。と、そこにいたのは……。
「ミナトさん!?」
三條学園SC部の部長にして、高校最強プレイヤーのミナトさんだった。
「おや、シン君だったのか。それにクレハ君も」
今日は実業団の練習じゃなくてこっちに来てたのか。っと、今はそれどころじゃない。ミナトさんが練習に参加するのはうれしいが、そんなことよりクレハのことだ。ミナトさんほどの実力者なら、試合前に精神集中する方法にもある程度詳しいだろう。
「ん? どうした二人とも、何かあったのか?」
アドバイスを求めようとした矢先、ミナトさんの背後からにゅっともうひとつ人影が現れる。
「アヤメさん!」
そうか、顧問ではなくミナトさんと話してたのか。アヤメさんのことだから「有望な新人が入ったから軽くもんでくれないか」とでも頼んだのだろう。
「ふむ、ふむ」
こちらの様子を観察するように、じっくりと顔を覗き込んでくる。そして納得したように頷くと、
「皆まで言わなくていいぞ、シン。大体の状況はわかった。あとは私に任せて、お前は練習に戻れ」
と、自信たっぷりに言いきった。この人の場合これが嘘でも見栄でもなく、事実だから怖い。
アヤメさんがああ言うのだから、本当に心配はいらないんだろう。そしてわざわざ「練習に戻れ」と言うからには、俺はこの場にいないほうが都合がいい、ということだ。なんとなく、釈然としない気持ちがないわけではないが、俺にできることが何もないのも事実だ。
「……わかりました」
アヤメさんと目を合わせ、「クレハのこと、頼みますよ」と言外に念押しする。アヤメさんは「やれやれ」か「はいはい」かはわからないが、とりあえずそんな雰囲気で頷き、了承の意を返してきた。
そんなやり取りを、ミナトさんはどこか興味深そうに見つめていた。
◇クレハ
――情けないなぁ。
遠ざかっていくシンの背中を眺めながら、私は何度もそう思った。
せっかくの試合。初めての試合。それでこの体たらく。挙句シンに心配をかけ、こうして練習時間まで奪ってしまった。これじゃあ本当に、なんのためにSCを始めたのかわからない。
楽しみだったはずだ。嬉しかったはずだ。なのに、どうして私の体は動いてくれないのだろう。
「クレハ」
落ち込む私に、アヤメさんから声がかかる。
「私は前にも言ったな。お前は、考えすぎだと」
それは、以前の三條との合同練習の時、アヤメさんが私に言ったことだった。そしてそのあと、こうも言ってくれた。
「もっと、……感情的でいい」
私がそうつぶやくと、アヤメさんはにやっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、シンのいるフィールドへと向かっていった。
あとに残されたのは、私と、シンのライバルであるミナトさんだけ。
「まったく、こんなタイミングで去っていくなんて。相変わらず食えない人だ」
君もそうは思わないか? と、気さくな笑みを浮かべて話しかけてくる。私はなんて反応すればいいかわからずに、「えぇと、はい、そうですね」みたいな当たり障りのない応答をした。
「だいたい、あとは私に任せろって、あれ大嘘じゃないか。完全に僕にぶん投げてるよ」
はぁ、とこれ見よがしにため息をつくが、ぶん投げられた側としては何とも複雑な心境だ。申し訳ないやら腹立たしいやら。
「さて、じゃあやろうか」
「え?」
ミナトさんは終始変わらない、さわやかな微笑みを浮かべたまま。
「やるって、何を?」
「決まってるじゃないか」
何でもないことのように言った。
「SCだよ」
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