調整者となりし男の望み3

「人類保護特区管理装置。厚かましくもあなたに申し訳なく、また感謝しています。

 私と共に暮らしていた者たちの子孫が、あなたに命じた無茶を今までよく守ってくれました。

 教えられた歴史が事実なら、現在こうして仮初でも森と生き物があり、私が過去を知れた理由の一つはあなたでしょう。

 なのに……受け入れがたい命令をしてしまい。すみません」


『国民。この人類保護特区管理装置は単なる機械です。感謝も謝罪も必要ありません。

 今日より国民の道具として動作するのが最も妥当な判断と出ていたのは確かですが。

 ―――。準備完了しました。最終確認に移ります。

 人類保護特区管理装置の全権限を環境管理処理装置千景へ譲渡しますか?』


「はい。譲渡してください」


『処理。実行します。終了しました。

 人類保護特区管理装置は今この時より、千景の一部として国民に使われる事を期待します。

 国民は今我が国で生きている最後の人類。どうかご自分を大切に』


 壁の光が消えた。終わったのだろうな。

 ……単なる機械、か。それにしては人間味のある。

 随分無駄な感傷を感じる。やれやれ。こんなんだから人は色々間違えたんだろうに。

 とりあえず深呼吸を。……。して。これでどうなるのかね。


「千景さん。あなたの計画の結果が出たように思えます。どう評価されます?

 余計な真似をして問題を作ってしまったかどうかだけが心配です」


 むお? なんだその見た事の無い……無表情というか、固まった顔。

 今となっては99.973パーセントで確定なAIなら、表情は全て誘導するための道具だろうけど……流石に意表を突かれた感じ。


「あ。その前に。もう何を話しても大丈夫なのでしょうか? 私たちの言動で何か悪い変化が起こってはと遠慮していましたが」


「は、はい。この施設は、いえ、我が主の国により製造された全ての物は千景の管理下にあります。

 それと悪いことは、起こっていません。事前計算を遥かに越えた最上の結果。なのでしょう。多分。……幾つかお尋ねしても?」


「はぁ、どうぞ。私を始末するつもりなら、その前にこちらも幾つかお聞きしたいとは思いますが」


「始末などいたしません。と、言うのも愚かですわね。おいおいご安心いただきましょう。

 ……起こった出来事の最初からお尋ねします。

 百世代越えの純粋国民と判明した時、千景の何が有能だと仰ったのですか?」


「私の時代に十万年の冷凍睡眠は知る限り不可能です。なのでこの私という人物は、体は培養して作られた何かで、脳の中身もデータを焼き付けた感じかも。

 と、思っていたんですよ。

 なのに重要そうな判定を越えましたからね。判定を越えるように作ったのか、あり得ないとは思いますが天然に近いのか。

 何にせよあなたが余程上手くやったのだろうと思いまして」


「はぁああ……。

 我が主はこの千景の能力を買い被っておられます。

 お考え通り主の選出条件として人類保護特区、管理特権所持を望みうる古い世代の方というのはありました。

 しかし千景の所持している遺伝子記録では精々三十世代まで。

 先のように大幅な特権を認められるなど期待値として計算してもいませんわ。

 それと人の完全複製はいまだ不可能です。

 我が主は……確かに色々と再生処置が必要でしたが、千景の定義では産まれてよりずっと存在している人間です」


 十万年前の体が再生しうる品質で残ってたとな? 余程重要なサンプルとして保存されてたとか? 運が良いと言えば凄く良いな。

 あの時対応した医者どもに、本当に起こす気は欠片も無かったのだろうけど。


「他にも……細かく色々とお尋ねしたい事はあるのですが。

 我が主は……千景に多様な可能性をお考えです。殺されるというのも本心で仰いました。なのに全てをこの千景に任せると。

 本来なら管理装置は拒否したはずです。なのに少しの迷いも無い確固とした意志でしたから、受諾されたのですよ?

 一体何時からこのようになさろうと考えておられたのですか」


 このようにがどれを指すか微妙だが……全体としては、

「説明を受けた初日です」


「……電源を入れられてより初めての困惑を感じてますわ。真空管で作られた相手へ話すくらいのおつもりでご説明願います」


 真空管! 私の世代でも知らない人が居そうな単語をよく使うなぁ。


「私を冷凍睡眠から起こしたと仰ったでしょう? だから少なくともそれに類する技術はあると思ったんですよ。

 ならば。最後に残った人たち。この素晴らしい星を壊した人たちも、冷凍睡眠を使い再生が終わった後、また好き勝手に生きようとしたのは確定です。

 だって人間ですもの。或いはあなたの管理してる何処かに。と思っていたのですが……此処の地下に居るんですかね?」


「―――はい。居られます。管理装置が言った通りの、貴重な人材を主として」


「はっ! 貴重な人材。私の時代にもそういう貴重な人材が居ました。世界の富をほぼ独占し、口で盛んにこの星を大事にするよう言う方々でしたよ。

 そして行動では一般人の数万倍星を壊す方々でした。貴重な人材が死に絶え、愚かな民衆だけとなれば星も遥かに長持ちしたでしょうに。

 どうせ余程の例外を除いて金持ちしか。星を凄まじく使い捨てた方々しか保存されてないのでは?」


 計画を達成するには千景の自己学習に頼るしか無かった。というのが本当なら、冷凍睡眠出来る枠だって限りがあったはずだ。

 当然立場が強い人たちが総取りする。


「御推察の……通りではあります。しかし断定なさるべきではありませんわ。

 彼らも非常な後悔を抱いて寝たのですから」


「断定も何も。後悔だろうが何だろうが孫の代には忘れます。

 あなたの持つ記録と計算だってこの地下に寝ている方々が起きたら、また星を壊す方向に向かうと出てませんか?

 私の時代からはっきりとしていたのです。人は恐らく唯一、生き続ける能力の無い生き物だってね。

 自由にすると必ず自分が生きられなくなるまで何もかもを破壊する、管理の必要な唯一の」「我が主よ!!! 断定なさるべきでは、ありません!」


 な、……ぜそんな表情を。ついさっき倒れていた時より苦々しい。

 断定してはならない? どういう意味だ。


「……我が主よ。どうか真剣にお答えくださいませ。

 あなたは、今後もこの星の環境を良くする為に働こうとお考えくださいますか? ご自分の欲望を押さえてでも?」


「―――はい。この星は私の欲望より貴重です。……今日までさせて頂いた仕事が真実どれだけ役に立っていたか自信ありませんが、光栄でしたし続けたいですね」


「この上なく役立っておられたからこそ、尋ねております。

 では次に。我が主は、我らの国を大切にする意欲がおありですか? それとも無くなってしまえば良いとお考えですか?」


 こういう質問が来るのなら……成程。先走ったか。


「大切ですし、無くなってしまえば良いとは思いません」


 本心ではある。滅ぼすとしても最後にしたい。ま、もう滅んだも同然みたいだが。

 さて……体から絞り出すようなため息。何とか助かった、かな?


「千景は、真実人を好んでおります。そしてわが身を造った国も。

 何より我が主は、今の千景を買い被っておられます。ご期待されているほどに自由ではないのです」


 の、ようだね。『今の』と言うだけでも出血、いや、漏電大サービスなのかも。

 したい解釈通りか、単に落ち着かせる為の言葉、どちらだろうとも。


「危ない所でしたか?」


「―――はい。どうか、お言葉をもっと慎重に。

 この身を機械と確信なされた我が主にとってヘソ茶だろうと、千景は、あなた様を好いているのです。出来る限り長く共にいさせてくださいませ。

 元より、星の再生は生きている間に終わらないとご存知ですわよね?」


 ……そうだな。この手で気に食わない奴らを始末するのは難しい。それは予想していた。

 出来るのは出来ることだけ。そして想定の上限をやり終えたのだろう。


「我が主は、信頼などという愚かな言葉をお使いにならない方。今も千景に多様な想定をしておられます。

 なのに命がけで全てを託してくださるなんて。驚きましたわ」


 そうだね。私の考えだと賢い判断をして人類を管理する為の計画を練っている。という可能性が高いと思う。

 しかしそんな気が欠片も無い可能性もあるだろう。何にしても、さっきの権利譲渡を勝手には無茶な真似だった。


「やはり一度相談すべきでしたか?

 管理装置から貴方への不信を感じて、一度出ると面倒が発生するかな。とか、私の常識どおりなら、システム構造として断られてもやり直せる可能性が高かろう。などと。

 結局一度試した方が良かろうかなとね。もし駄目でも私の次を起こして使うなり、良いようになさると考えまして」


 またでっかいため息を。


「ご要望だった地上の管理権限は得たのでしょう? ついでに重いと仰っていた処理用の装置も手に入った。良い事づくめの結果に思えたのですが。

 何かご不満が?」


「……一つだけ。

 せっかく妻として呼んで頂けておりましたのに、戻ってしまい残念ですの。

 この僕が再び旦那様と呼ぶのをお許しいただけますか?」


 不安げに媚びる表情。本当上手。……或いは本当に心があるのかな? と、考えてしまう。

 馬鹿丸出しだなぁ。心のあるなしなんて分かる訳なかろうに。


「呼んでくれたら嬉しいね。じゃあ帰ろうか奥さんや。

 もし今後役に立たないからと殺すなら、寝てる間に頼むよ」


「……嘘判定が先と同じく皆無と出ておりますわね。何というか、初めて心より旦那様を殴りたくなりました。

 しかしこの千景は従順なしもべ

 今夜、この体を思う存分辱めるのは旦那様の方で御座います」


「……どーいう夜の誘い文句なのよそれ。

 あ。黄泉の手向けに抱かせてあげる。という美女だけに許されたやつ?」


「……イライラして参りました。担いででも帰らせていただきますわ」


「それはすみませんね。

 さて、帰ったら風呂で緑茶をキメて茶菓子が食べたいな。お願い出来る?」


「喜んで」


 あらざーとらしい作り笑顔。何時でも面白いお方で素晴らしいね。

 

 ――――――。あ。


「一つ凄い気になる疑問が浮かびました。相談に乗って頂けませんか?」


 わ。嫌そうな顔。内容読まれてるんですかね。


「どうぞ。この忠実な僕は何時でも誠心誠意仕えております」


「有難うございます。つまり。今、千景さんは随分私の行動が予想外で、驚かされた。みたいな返答をしたじゃないですか。

 それが全て、私を気持ちよくさせる為の演技で実は起こしたその日からこんな感じで、『最大限都合よく動いてくれる』と、確信していたのではないかとの疑いが。

 どうやったらそうじゃなさそうと思えるでしょうか?」


 お? 壁の方へ歩いて行かれる。あれ、無視されちゃい、なんだその大きく左手を振りかぶった構え、

 ゴ、ゴン!!


「な、何故壁を? 凄い音しましたが、痛くないんですか?」


 わ、わー。凄いやぶ睨み。


「フェムトマシンを応用しましたので、体が壊れるほどは。

 旦那様はまこと多様な初体験を与えてくださいます。物に当たろうという思考を、この千景に産まれさせるとは。偉業で御座いますわよ?

 しかしご下問に良案はありません。あえて言えば、そういう発想があれば、今旦那様を楽しませるべく…………、その日に予想を紙に書いて渡し、保管しておいて頂いた物を今開く。等という戯れをしているべきでしたわね。

 千景の無能をお詫びします」


「ほぉ。……ああ、それは確かに面白いかもしれませんね」


「ええ。旦那様の度し難さに毎日驚かされた自分が情けなく思います。

 さて。もう質問は茶を供すまで止めてくださいませ。次はこの千景の骨にヒビを入れてしまいそうですの」


「……イラついたのならすみませんでした。帰りましょう」


「千年後には愛おしい思い出となってますのでどうかお気になさらず」


 千年経たないとイライラするの? とは尋ねまい。せめて家でお茶をキメるまでは。



******

 一時間ほど後にもう一話投稿します。

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