ジル王国への慈悲

「あ、嘘。わたしの、美しい手が、爪が……ッ! お、お父様……そんな、止めて! そんな目で見ないでお兄様!

 な、どうして……こんな―――。

 ――――――。治しなさい。元に、戻しなさい!! わたしの美しさは至上の物、国の宝ですのよ!!! そち如きが触れて良い物ではありませんっっっ!!!」


 言うね。ただ多分それひと月で戻るんじゃ……いや、こうまで急速に乾燥したら影響が「あら。治しなさいと言われましても……。この取るに足らない妻は、旦那様の御意に従う幸せを噛みしめるのみですから」


 わっと。こちらへパスが来た。となると……望まれる返事は……。


「国の宝、至上の美しさと言われますが。もう失われてるじゃないですか。壊れた物を元に戻すのは無理なくらい知っておられますよね?

 それよりも……私としてはあなたの部下の扱いに同情してるのです。だから、その老いて醜くなった姿を国中へお披露目しましょう。

 そうすれば恋焦がれていた方々も、あなたに釣られて服や美しさに過剰な努力をしていた娘さんたちも、正気づいて最後にあなたから離れて良かったと気づくはず。

 うん。その間くらいは生かしておきましょう。人々が貴方の名を聞いて思い浮かべる姿は、今の姿の方が世のため人の為だ」


 あ、崩れ落ちた。奥さんも後ろ手に〇サインを作ってブンブン振っておられる。

 良かった良かっ、

『素晴らしいですわ旦那様。老いたと感じた時より強く体に異変が出ましたのよ。余りの素晴らしさにほぼイキかけました。

 ああ……夫の有能さに比べて妻の何と無能な事か。お許しくださいませ♪』


 声だけが……態々超技術使って耳打ちしますか。いや、まぁ、言葉の十分の一でも評価してくれたなら万々歳よ。


「い……嫌。わたしを、今のわたしを描いた絵も殆ど在りませんのよ! ああ、ああぁああっ! 描かせて、おくべきだった。褒美の価値などと……ッ!

 あ―――そ、そうだわ。こ、殺して。殺しなさい! 姉上や、役立たずたちのように、白い灰だけに! そうすれば……出来るのでしょう!?」


 あれ? 奥さんこれも私が? ぬー……。余り良さそうなの想い付かないけど。


「出来ますがしませんよ。まぁ、自害も我が妻にかかれば不可能ですから。諦める事ですね。

 顔だけでなくその服の下。シワだらけになった胸、全身を生き残った貴族全員に見せて。蔑まれるのがあなたの最後の仕事です」


 自分で自分を抱きしめ……凄い血管の浮き方してる。どんな力を込めてるんだ? 痛くないのだろうか。……そんなショックとはねぇ。馬鹿らしい。


「こ、この世の……誰よりも美しかったのに……どうして……いや、嫌。嫌ァァァァアアァアアァッッッアアァァァァ!!!!! アァ―――かひゅっ」


 お、おお? 倒れた。どういう事?


「気絶しましたわ。自分の今の容姿と、人々に知られるのが耐えられなくて」


 は?


「……何それ。国が、人が滅ぶかもしれないって時に。自分より遥かに立派な人たちが恐怖で震える中、無駄に歯向かった挙句―――は、はは。馬鹿って……凄いなぁ」


「全くです。うふふふふふふふ」「はははははははは」

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 は、は、はぁぁぁ……あー、可笑しい。起きてから一番笑ったかもしれない。いやはや。老いがそんなに怖いか。

 病気、苦痛、その他は私も怖い。怖いに決まってる。しかし美しさを無くすのが恐ろしいとは……。どうしようもない愚かさだ。人は老いる程に賢くなる。老いてからこそ人生を楽しめるというのに。

 今容姿なんぞ気に掛ける余裕あるのかというのもあるが……そもそも自然の摂理をこうまで恐れるようでは。殺すのは善行だったな。


「さて旦那様。コレを貴族たちに見せて回りますの?」


「いやいや。こうまで楽しませてくれたし。お望み通り灰にしてあげて」


「お言葉の通りに」


 はい真っ白。気絶したまま死ぬとは羨ましい奴。親切にし過ぎ、

「あなたには―――」


 と? 王太子君か。涙を流し、怒りに燃えた眼だ。ふむ……いや。親切にするなら徹底しよう。


「殿下。どうぞ言いたいように。失言を恐れているなら今の声と、その表情だけで十分ですよ」


 後悔が一瞬見えた気がする。大国の権力者と言っても二十代前半ではまだ可愛い、

 あ、破れかぶれと顔に書かれた。


「上なる方よ、神では無いと仰いました。しかし、我々から見ればまさしく神のような力をお持ちです。

 ならば……我々をこうも苦しめる必要が何処にあると言うのですか! それ程のお力と、知恵をお持ちなら。どのような目的であろうと慈悲を……人は、生きているのですよ。あなた方に慈悲の心は無いのですか!?」


 ……。あちこちで聞いた覚えがあるような言葉だ。十万年経っても、追い詰められると言う事は変わらんのかね。やれやれ。


「これは私見ですが。国のやり方を変えようと言うなら、この程度はしないと変えられないでしょう。そして妹さんは……生きているだけで迷惑な人だ。

 これまで多くの人間を苦しめて来て、今後は更に苦しめたであろう。と、たったこれだけの会話でも思えましたよ。慈悲を掛けるべき相手とはとても」


 うん。怒りと憎しみに燃えて……いや、何か今違和感があったような。


「旦那様。アレが旦那様の言う通りの者であった事は承知です。

 父親がコレにそう教えています」


「なっ!? う、上なる方は、あの時の会話を……あ、いや」


 思わず。と言った感じで陛下が狼狽えてしまって。でも違うんじゃないかな。聞いてても驚かないけど。


「多分妻は聞いてませんでしたよ陛下。しかし皆様の反応や様子を見るだけで、頭の出来が違う為かなりを推察出来てしまうんです。

 そうそう殿下。皆さんとは言葉通り比べ物にならない知恵を持っているうちの妻が必要と判断した。これだけで今までの全てが慈悲のかけようのない、仕方ない事になるんですよ。

 そう承知するのをお勧めします」


 或いは王太子君の言う慈悲ある方法も、長い時間を掛ければ可能かもしれない。

 しかし長い時間を掛け。彼らの喜びで良い事があるのかと言うと……やはり無いように思える。それに私の知らない環境再生を急がなければならない外部要因があるかもしれない。

 星の寿命さえ永遠では無いのだから。急ぐに越した事は無いさね……あ。


「そうだ。慈悲ならあるじゃないですか。

 殿下。あなたが生きているのこそ慈悲です。

 正直に申し上げて。我々に只管従順な姿勢を示し黙っている、陛下と猊下が当然の態度だと私は思うのですよ。

 なので違う態度のあなたへこれからを任せるのは少々不安が。

 私は必要な物以外は簡素にした方が良いと思ってまして。あなたもどちらかと言うと処理対象なんです。

 しかし後継者を育てるのは大変。何よりこれから苦労を願う陛下があなただけは生きていて欲しいようだ。なので親切心ゆえに殿下は生き延びます。

 どうです? 慈悲があるでしょう?」


『高き方の慈悲に伏して感謝申し上げます!!』


 とっ。陛下と猊下が頭を地面に擦り付けて。大声まで揃って……。ああ、こうすべきなのか。流石の咄嗟の反応。殿下の方は愕然としてるのに。

 ……ふむ。可能性はありそうだけど陛下は育て切れるのかな。駄目なら嫁さんは多分始末しちゃうんだが。

 ……となると。


「どうぞ頭を上げて私たちを見てください。その方が誤解し難いでしょう。

 さて。殿下が果たしようのない恨みを持たないよう、慈悲で言いますが。

 我らからされた事は、あなた方から見ればどんな意味でも天災と一緒です。抗えず、恨んでも仕返しは不可能と断言します。

 欠陥があった妹は完全に忘れ、新しく子を産み育てるといい。

 動物は多くの子を産み、何か欠陥のある赤子は死ぬに任せます。人も結局はそうするしかない。欠陥を埋めるのには余りに多大な苦労が必要となる上に、決して埋めきれませんからね。苦労と結果が見合わない。

 理屈は、分かるのでは?」


 後継者を多く作り王国を継続させた方がコスパが良いようにしないと、うちの奥さんから皆殺しにされちゃうかもしれないよ。

 と、言うよりは穏当だろう。

 少々余計な親切をした気もするが……陛下には生涯忘れ得ぬ酒を頂戴した恩もあるしな。


『はっ!』


 陛下と猊下は当然服従の姿勢。殿下は……悔しさで涙が溢れてる。……親切の内の助言だから、別にどう受け取ろうが良いけども。


「は、は。た……高き方の、ご助言通りに致します……ッ!」


 歯ぎしりを必死に堪えてる感じだが、頑張ったと言うべきか。さて……。


「奥さん。何かある?」


「そうですわねぇ。旦那様が慈悲深さを徹底なさりたいとお考えなら。

 息子の愚かさにより、この二人に過大な精神的重圧がかかっておりますから、しもべの方で健康になるよう治療をするというのは如何でしょう」


 あ、それだ。国の建て直しをしてもらう為にも、長生きして貰わないといけない。


「素晴らしい気の利かせ方だ。ただ殿下にも頼むよ。長く、健やかに生きていけるようにね。

 その治療の効果があればあるほど、殿下も私たちが皆さんとの力の差をどう判断してるか。分かるだろうさ」


 少しでも危険視していれば、態々健康にはしない。という理屈くらいは気づくでしょう。……あ、今気づいたな。馬鹿にし過ぎてたようだ。反省。

 

「うふっ。分かりましたわ。

 愚か者。良かったですわね。このところずっと、今も苦しんでいる胃の痛み。旦那様の慈悲で無くなりますわよ」


 本当に胃を痛めてたのね。そりゃそうか。人類滅亡の寸前で王太子はさぞキツかったろう。


「さて。皆さまお疲れさまでした。

 最後に一つ。辺境の開拓村までは森を伸ばしますが、大きな都市からは直ぐに獣たちは引きます。王都も使えるようになりますよ。

 王都の食料保存庫は大体そのままですから、利用されると良いでしょう。

 じゃ、窓から失礼しようか」


「はい。お疲れさまでした旦那様」


 と、いう事で。額を擦り付けたお三方をしり目に闇夜の空中散歩としゃれこむ訳だが。

 ―――。ふむ。明かりが増えず、あの広間の明かりも消えた。


「大騒ぎする気が無いのかな?」


「一度寝てから動くと王が決めたようです」


 つくづく賢い方だ。流石英雄。爪の垢を頂いておけばよかったかね。


「所で、旦那様」


 ……おや? 何か、改まった雰囲気。


「全てが終わった今、王都のとある場所にお連れしたいのです。お付き合い願えますかしら?」


「勿論良いけど。何か重要で油断出来ない場所かな?」


「ええ、重要ですわ。でも、油断は幾らしても大丈夫です。アレらが斥候を出す前が望ましいので、明日でもよろしいでしょうか?」


「分かった。まずは寝るとしましょうか。陛下に倣ってね」


「旦那様の謙虚さには惚れ惚れしますわね」


 何時まで経っても適当だろうが褒めるお方。そのお方が態々重要と言う場所、ね。

 ……明日は楽しくなりそうだ。

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