ジル王国、姫騎士を金鉱調査へ派遣。そして……。2

「大神官ミチザネに問う。よって、森の様子が不穏であるから明日の出陣は見送り調査せよ。と、申すのか?」


 王の声に硬い決意を感じたユリは慌てた。

 とんでもない話であった。近衛騎士団。しかも王女の出陣という事で途方もない準備が成されているのだ。


「お、お待ちください陛下! 如何に猊下の意とはいえ、」


 必死の言葉にも王はユリを見さえせず、片手を上げて止めてしまう。

 一方王から重大な問いを受けたミチザネは、ため息を一つ吐き、

「この愚か者も此度の出征の重要さ、幾らかは存じております。

 止めるなら計画が始まる前にお伝えするのが最低限の礼儀でしょう。

 そしてとても止める程の話は御座いません。それに調査すると言っても何をすれば良いやら。最も深く潜る金級狩人さえ確たる話はありませんでした。

 言えますのは、現在の予定より日数と物資の余裕をリン・ジル千人長に与えられては。くらいで」


「ふむ……。一つ疑問が思いついた。森に何か異変があれば近くの村々で問題が起ころう。しかしそういった話は聞かぬ。こは森が平穏である証。と、思うのだが」


「英明であられます。教会の方でもそのような話は聞いておりません。

 ですので、全てが老人の思い込み。でも全く驚きませぬな」


 余りに軽く言うミチザネに、ユリと王は不満を感じて当然と言える。しかし嘘や誇張の無い話だとは信頼できた。となると、と二人は考え、

「……何か、嫌な感じが致します。陛下。今少し精鋭の斥候を増員するのは如何でしょう。

 それと作る拠点に残す兵の増員など、戦力の余裕を」


 ユリがそう言い、王も。


「で、あるな。千人長リンよ。聞いた通りだ。予定に倍する時間を使うと考えい。

 不満を持つものが居れば『王より如何に慎重に出来るか示せ』との命を受けたとでも言え」


「御意」


 ミチザネがこっそりと息を吐く。これで出来る限りの対処はした。後は、

「リン・ジル千人長。この老いぼれの耳にも過剰な地位を与えられても慢心せず、積み上げておられると聞こえております。だからこそこの任を与えられた。

 貴方様は今まで通りになさればよい。もし失敗してもそれは何が出来るか知っていて当然なのに、出来ない事を命じたこちらの二人が悪いのです。

 ご理解頂けましたか? ならば『私は悪くない。王と団長が悪い』と、申してください」


 余りの言いようにリンは目を白黒させ、思わず。といった風に王座を見る。

 二人は諦めた顔で、王も良きようにせよと手を振る。それでも躊躇った後、

「わ、……私は、悪くない。王と団長が悪い」


 言わせて満面の笑みのミチザネが更に口を開き、

「正しい認識を持たれたようで結構。さて陛下。最後に父として娘に何かおありでしょう?」


 王コブラ・ジルは逆らうのも愚かしいとため息を一つ。そして娘も滅多に見ない和らいだ顔で、

「リン。無事帰ってくるように」


「は、ははっ! 必ずや父上のお言いつけに沿います」


 返事の声は今までで最も強く感情が籠っていた。


 一つ、言える事がある。彼らは無能とは縁遠い判断をした。

 もしこの会議を見せて。地上で最も美しい黒髪の女らしき者へ尋ねたとしても、

『計算上最上の判断ですわね。これらはモドキの中でも最優秀の個体ですので不思議はありません』と、答えただろう。

 ただ、続けて言うはずだ。

『そもそもモドキの努力で結果が変わるような管理は致しておりませんので、これらの望みが叶う目は在りませんが』と。


******


「旦那様。時節が参りました。計画最終段階実行の許可を願えますか?」


「あれ? 王都から出た皆さんはまだ到着もしてないよね?」


 見落としてたかな? ―――やはり居ない。調査団が来る前に狩っておこうというのか、狩人の数が多いだけ。


「想定外の愚かな判断をしない限り、計画後の統治を今の国に任せる予定で御座いましょう? 王家の軍が森に到着してからでは、王家の所為で氾濫が起こったとの意見が出かねません。

 ので、情報到達の速度などを計算し、最上の結果が出るのがそろそろですの。他にも幾つか小細工を予定しております」


 あ、あー。成程。まさしく神の怒りな災害だものな。王都の軍の殲滅と計画の始動を同じ物と考えてた。浅い。反省する。


「馬鹿だった。それで、私は何をすれば?」


「読み上げられた内容がお心に沿えば『処理せよ』と仰ってください。始めます」


『惑星再生計画へ管理人工知性体千景による特例条件介入。

 第三十五亜人統率国家ジル王国の文化調整計画最終確認開始を承認なさいますか』


 聞いた事の無い抑揚の薄い人工な雰囲気のある声。更に壁一面に大文字で表記。

 成程。今から行われる既得権益を崩すお仕事。血みどろは必須のそれを、

 ぜぇっっっっっっっっったい。知らなかったとは言わせないとの意ですかねぇ?


「処理せよ」


『当計画の目的は。ジル王国の焼き畑農業等、再生計画を損なうと判断された文化の削除。及び狩人削減による惑星再生装置たる動植物の保護。でよろしいでしょうか』


「処理せよ」


『当計画による亜人統率国家の王都。及び周辺の掃滅を許可なさいますか』


「処理せよ」


『当計画によって死亡する亜人の概算は九百七十四万匹となります。

 その中には力の無い老人。生まれて間もない罪の無いと表現される赤子、子供が多分に含まれます。殺戮を許可なさいますか?』


「処理せよ」


『計画の最終確認が認証されました。

 環境浄化生物群。の。第二、第三亜人敵対因子解放。

 第三十五亜人統率国家ジル王国文化調整計画。最終段階へ移行致します』


 後戻りさせんぞ。と、言われた気がする。そんな気欠片も無いのに。

 ま、後はお手並み拝見と参りますか。て、早速森の深部から獣たちが移動してる。

 この四年、手塩にかけて育てた彼らが相当数死んでしまうのが残念だ。しかし星の寿命は遥かに大事。頑張って頂きましょう。


「旦那様の今の様子。恐ろしさの余り中央処理装置の熱が三度さがりましたわ。

 お見込みして処理を軽くするべく調整した文言に躊躇も不満も気負いさえ無く。つまり、汚れ物をぬぐう雑巾扱いしたとの意になりますけども。よろしいのですか?」

 

 何時でも面白い事言ってくれますね。しかも慄くような表情は笑っちゃう。


「私を起こしたのは元から雑巾とする為では?」


 そしてこんな計画の雑巾になれるとは光栄至極。実は全部夢でしたとなれば悲しみで泣くに違いない。


「あ、すみません旦那様。今のは本当によくありません。雰囲気づくりで言っているとのお疑いはわきに置いて、『乱雑に扱われてるとは思わない』と、心から仰って頂けませんか?」


 相変わらずの読心。拍手してしまう。私が読み易い人間なのかもしれんが。


「乱雑に扱われてるとは感じた事も無い。立ってる時、足を向けてるのではと心配しちゃうくらいさ」


 本当に地下にあるかは知らないが。超性能AIの本体……一度見てみたい。

 しかし人を入れるのは嫌だろうな。と、遠慮し続けて五年か。国民性出てる。


「ふぅぅ。有難うございます。

 もしや旦那様の好みに合う女を見つけられない事への遠回しなお叱りかと。

 寛大さに感謝いたしますわ」


「それこそ凄い無理やりな遠回しで、早く女見つけて子を作れと言ってるよね?」


「当然でございましょう? 未だにお子が居ないのは旦那様への唯一の不満です。少しでも世の中への興味を持って頂きたいのに。

 それと驚いたのは本当ですのよ。『トイレも一人で行けなくなった老人の為、人生を投げうって生き延びさせないと罰を受ける社会』のお育ちでしょう?」


 うぬあ? 分かってそうだけども、お尋ねとあれば。


「少しでも理性のある人間なら馬鹿も極まった話と思ってたろうさ。

 他にも世界の富の五割を上位千人が持っているのに、困ってる人を助けるため生活費の足りない人が金を出すよう言われたり。

 人口が減少している国が、増えている国を助けるため努力しろと言われたり。

 そうやって無限にやりたい放題やってる人の作る波へのまれた結果、星が滅んだのだろう? 当時から波を作る金持ちに従うのは悪いと思ってたし、今では更に反省してる。

 なので殺すべきとなれば殺すさ。千万。億でも。そしてやるべきと分かりきっているなら気負わない程度には、私も大人なんだろうて」


 口が裂けそうな満面の笑み。美人さんに在りがちな人目を常に気にして表情を作る感が全くないのは、この美人の良い所だな。

 表情パターンを作った人が居るとすれば理解された方だぁね。


「実に。頼もしいお答えです。初期計算では起こした人物が目の前の現実を見てくれず。宥めすかし、慰め、理解を得るのに非常な労力をかける可能性が深刻なまでにあったのですが。

 旦那様は皆無と言ってよろしいんですもの。有難く存じます」


「そういう当たりを引けるよう、出来る限りをしたのでしょうに」


「ええ。ですから最初にヒステリー形質持ちを外しましたわね」

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