ジル王国、姫騎士を金鉱調査へ派遣。そして……。1

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 王女にして近衛騎士団千人長であるリン・ジルは緊張していた。


 何度目かも忘れた出陣前日の謁見。しかし少しも慣れた気がしない。

 目の前には父にして王。加えて近衛騎士団長ユリ・コイケ。何時もは居てくれる兄クウ王太子の不在が緊張に拍車をかける。ただ何故か居る大神官ミチザネが少しだけ安心をもたらしてくれた。

 三人の様子を視線を動かさず確認し、一礼して膝をつき王の言葉を待つ。


「リン・ジル千人長。此度の出征の経緯と目的を改めて申せ」


 常に同じ最初の質問。そして最も重要な質問だった。どんな偉業も目的に合っていなければ面倒を増やすだけ。そう散々教えられているリンは、緊張が表に出ないよう努力して、

「お答え致します。事の始まりは狩人が森の川より見つけた金です。その量から学者たちは上流、森の深部に金山があると推測。

 然るに陛下は王領であったのもあり金山の差配を王家のみでする為、近衛と臣を中心に調査拠点作成目的の派兵を決定なされました」


「よろしい。世は平定され、金銭の力はいや増している。有望な金山の発見は神の助けとなろう。して。お前の考える優先順位はどのようなものだ?」


 金の出所の発見。等と答えれば叱りを受けるだろう。父は功を望まない。ならば、

「はっ。調査予定地は狩人も滅多に入らない深部となります。王竜の縄張りは遠いと推測されますが、余りに場の知見が足りておりません。故に使者の頻度を多くし、情報を確実に持ち帰るのが第一と」


 部下たちと考えた末の自信がある答えだった。しかし、

「愚か者。任だけを見るでない。王族にして近衛騎士の次期団長候補であるお前の生存こそ第一。

 死ねば金山の未発見とは比べ物にならない難問の元となろう」


「は、はっ。考えを改めます」


 叱られ、顔を伏せそうになるのを努力して保つリンへその団長のユリが、

「わたしからも一つ。リン千人長、連れて行く兵は如何ほどのものですか?」


 リンは一瞬考え、自分が兵力をどう受け取っているのかの質問と判断し、

「五年前の王竜狩りを顧み、二頭。或いは三頭相手でも戦えるだけのものです」


「そうです。領主に兵を出させはしましたが王都の戦力も相応に減ります。野心ある者にとって千載一遇の機会。だからこそ王太子殿下には東へ移って頂きました。

 これで千人長が大いに兵を損なえば国の動揺は長くなりますね。しかしそれも千人長の命には代えられません。その服の下にあるような大怪我も言語道断ですよ」


 過去の失敗を咎められ、リンは顔を赤くして項垂れた。本人も失敗と思ってはいるのだ。

 助けられた方も王女の代わりでは生き残った事を後悔するだろうと。


「つけた副官、部隊長たちへ千人長の代わりに死ぬよう重々申し付けてあります。千人長の役割は経験豊かな彼らの言葉を」「数点、お尋ねしても?」


 老境となったにも関わらず何処までも通る声が響いた。

 話に割り込まれた近衛騎士団長ユリの眉が急角度となりかけて戻り、手で続きを促す。王相手でも今少し不快さを示したろう。しかし大神官ミチザネは苦手だった。


「有難うございます団長殿。つまり、この度の出征は非常な困難が予想されるのですかな?

 戦の素人では御座いますが、そのような戦場でまだ年若い千人長殿に指揮を取らせるなら、お二人の見識にこそ問題があるような気が致します」


 内容も口調も皮肉に満ち満ちていた。そして言われた二人は皮肉を言う相手としては国で一二を争うほど不適格。なのにユリはむしろ押されたように、

「いや、準備はし尽くしました。十分任を達成できると見ています」


 そう聞いてミチザネは益々嫌らしく、

「ほぉ。この無知な輩の耳には千人長殿が失敗するに違いない。と、お二人がお考えのように聞こえましたが? 父が娘の失敗を願うのかと何やら不安な気持ちにも」


 言われた王は、流石と言うべきだろう。眉も動かさず、

「針小棒大に言うのは止めてもらおうか猊下。余も団長も年若き千人長が本来の職分を越えた兵を与えられ、功に逸らぬよう必要な認識を与えているのみである」


 反論を聞いてミチザネはワザとらしい驚きの表情で、

「ほほぉ! それはそれは。やはり臣は愚か者で御座います。何事も大事なのは自分が何を出来るか正しく把握している事だとばかり。

 特に戦いへ行くとなれば心は不安に満ちるもの。先達は不安を和らげ、正しい自信を与えるべきだと考えておりました。愚かさをお詫び致します。

 所で。戦場へ行く不安から一睡も出来ず、出陣式で酔ったかのように揺れた挙句、馬に乗れず馬車で出陣された事をもうお忘れで御座いましょうか? ああ。前夜剣を振り過ぎて奇妙な歩き方で出陣したお方も居りましたな?」


 王と近衛騎士団長の顔が滅多に無い引き攣り方をしたのを見てリンは驚愕した。

 まさかと思う。この二人が? そんな失態を?


「待て猊下。今はそのような話をする時ではない。……であろう?」


 その猊下は無礼極まる事に王を見てもおらず、リン・ジルの顔色だけを見ていた。

 顔色に余裕が出てきたのを見て取り満足して一つ頷く。そして初めて王へ顔を向け謝罪もせず、

「陛下がそう仰るのならそうなのでしょう。さて。ならばこの愚か者の話は後一つで御座います。

 ただその前に、皆さまには今から聞いた事を如何なる意味でも悪用せぬ。と、神にお誓い頂きたい」


 藪から棒の言葉でも三人を頷かせて見せたミチザネは感謝の一礼をして、

「切欠は耄碌して忘れてしもうたのですが。近頃年を経る毎に森の問題の話を聞く頻度が増えているように思えたのです。

 それで方々の狩人組合へ使者を遣わし、暇があれば己で出向いて諸々の書類と話を集めましての」


 軽く話された内容にリンが驚き、ユリの口が引き攣り、王は苦笑した。


「他所の組織から書類を出させたのか。余の命でも面倒となろうに」


 その通りなのでミチザネも申し訳なさそうに、

「人の善意は実に素早く、強力で御座います。

 陛下が我が教会の情報網等を危ぶむのも至極道理と存じますが、臣も何とか土となる前に御意に沿おうと努力しておりますのでどうかお許しを」


「分かっている。それで続きは」


「はっ。言うまでも無き事ですが最早国同士の戦は御座いませんので、荒くれものが先の見える仕事を得ようとして狩人の数は増えておりました。そして得られた獲物の数がある程度増える。のは分かります。

 しかし……その増え方が、多いような感触があるのです。それも一地方や、決まった獲物でなく、全体として」


 言われて三人が数瞬考える。主要産業である狩人の産出が増えるのは喜ばしい。しかし確かに奇妙な話だった。

 狩人が増えても森の獲物の数は変わらず、一人の狩人が出会える獲物の数は減るのが自然に思われるのに。


「つまり……森の獣の数が、増えている。と? 竜といった大物まで?」


「はい。そしてもう一つ。森で死ぬ狩人の数が多い、ような気がするのです」


 そう聞いてユリ・コイケは条件反射で、

「当然でしょう。数自体が増え大半は新人。急な変化があれば狩人同士の争いも増える」


 分かりきった話をされてもミチザネは穏やかに、

「で、ありますな。

 然るに出来る限り上から下まで話を聞いたのですが、少なくとも一致した見解は得られませんでの。ある者は調子が良いと言い、別の者は変わらないと言う。他には良い奴が死にやすくなった。という話も。

 それでも具体的な種々の数字を見ると、こう、何かおかしな数字という気がしてならんのです」


 雲を掴むような話に沈黙が下りる。そのまま四人がそれぞれの立場でどう判断すべきか考える時間が過ぎ、王が姿勢を正した。

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