ミチザネの忠告
「まずリン殿下は……どうなされたかの?」
「それが麓の村まで早馬が行けたのだ。しかし調査隊からの連絡は絶えていた。
後は予定していた通り村の者を避難させ、リンへは『無事ならクウの待つトキョの街へ』と、立札を残してある。……まぁ、諦めた方がよかろうな」
「な、何? 村へ行けたじゃと? それは奇妙な。近くの町は滅びたというのに」
そう言いながらミチザネは空を見つめ、何かを考え出す。王の方は聞かれた事に対して想いが漏れるかのように、
「……リンが、ある程度削ったのであろう。加えて数千人を食べて獣の動きが落ち着いたのかもしれん」
声は流石に暗かった。それでミチザネも正気付き、
「そう、じゃな。奇妙は失言であった。すまぬ。
―――はぁ。本題としよう。口に出すのも嫌じゃがガッサン同様、他の三つも落ちたと考えるべきぞ」
娘の事に関してミチザネの日頃と違う奥歯に挟まった物言いにコブラは訝しく思うも、意味があれば話すと見切りをつけ、
「分かっている。やっと凡その避難が終わった所だ。更に避難民と、戦う者以外を東へ逃がす」
「賢明じゃな。……で、自分は残り戦う気か?」
「当然であろう。日頃の心がけよろしきを得て王太子は既に避難済み。余は自由だ。
王都自体は脆いが関所の壁はガッサンより硬い。獣が見えれば橋を落とし、チエテ大川を頼れば十体の王竜相手でも戦える」
「今までの報を考えるに、十体どころではない王竜が来ようぞ。確かにチエテの関は硬いが、まさしく海のような獣の群れじゃ。
川は直ぐにでも獣の死骸で埋まり、大地と変わらなくなろう。そこへ百を越える角竜の突進を受けては。無理では無いか?
何より相手は獣。信じられん道を通って裏に回られた報告もある」
「……否定はせん。しかしチエテの関を抜かれれば遥か東まで硬い砦は無い。生き残った後、食料の奪い合いが起こるような所まで逃げて何とする?」
「―――その通りじゃの。されど……勝てぬのなら戦わぬのが将の鉄則。兵と民を温存し逃げ続けるべきではないか?」
「間違っては無いが……。らしからぬ弱気さよ。何故に?」
「それは―――この獣の氾濫。我らが何をしても結果に大きな差が産まれぬのではと思えてな」
咄嗟に意味を把握出来なかった。それでコブラ・ジルはもう一度考えるが、やはりおかしい。自分たちは多くの対処をしているではないか。
「奇妙な物言いと思うか。いや、儂も、どう言えば良いのか分からんのだ。
コブラよ。何故、獣たちは唐突に、一心に人を目指し。しかもこの王都へ向かっているのじゃ? 人の多い所へ来ておるのか? この都が国の中央で何処の道を通ろうとも辿りつくからか? そうかもしれん。
しかしならば何故東では全く森に異変が無い?」
「それは……西で、何処かの馬鹿者が森で何かをして、影響の届く範囲に限界が」
コブラの自身でも頼りないと感じる声に、ミチザネはあり得ると適当極まる様子で返し更に、
「そして獣の動きじゃ。森で散らばっていた奴らが同時に一つの村を、砦を襲う。ばらばらに段々増えるのではない。軍のように群れ成して一斉に。
最初の報告からして海の如き獣の群れぞ。どうしてこんな現象が起こる?」
誰もが疑問に思う話だ。しかしもう話題に出す者は居ない。少なくとも現実に対処する気概のある者たちは。
つまり詮無い話で、今もそれを盛んに言い募る者は、
「先の問いもそうだが……一部の神官たちの如き言いようだぞ。故に神の裁きであるとでも? ミチザネ、貴方が?」
その神官たちの頂点大神官ではあるが強い違和感を感じる。或いは老いと心労で気が狂ったかとも思い目を見た。が、やはり狂気は無い。
しかし。代わりに目の奥には恐怖が。気づいて言葉に詰まるコブラへミチザネが、
「言葉だけを見ればそうなるのかもしれぬの。しかし肝要な所は違うつもりじゃ。
ガッサン砦を儂は見た事がある。お前の事じゃから十分な兵を入れたのであろう?
なのに、それまでの進行速度と一つ前の村が滅んだ日を考えると、落ちるまで半日じゃぞ? 王竜の賢さを考えても余りに早い。天地の理から逸脱しておる。
この何処の記録にも無い災厄が、理解の及ばぬ知能で為されておるのではないか。抗おうとも全て修正されてしまうのでは。そう思えてしまうのじゃ」
頷ける所はある。獣の大群と聞き最初にしたのは金級狩人たちへの質問だ。
彼らは誰もが口を揃えて『あり得ない』こうまで多種多様な獣が群れて襲うなど見た事は当然、聞いた事も無いと言った。
その通り。子供でも考えずに分かる。日頃争っている者たちが肩を寄せ合い走るなどあり得ない。
ただコブラ・ジルに言わせれば、神の御業かどうかなど何の意味も無い話。
やるべき事を探し、やるだけ。そこには感情も何も無い。何事も優秀足らんとすればそうなると確信してもいた。だからミチザネへの返事は、
「それで。何をすべきだと言うのだ? 抗えないのだから只管逃げろとでも?」
「この世の者たちが皆賢ければそう出来たのだがな。お前は王で、人は愚かだ。害でしか無い情へ配慮して戦わねばならぬじゃろう。
しかし……まず、この王都も数日で抜かれる。その準備をすべきでは無いか? 勿論、他の砦が抜かれなければ、もしかしたら守り切れるかもしれぬじゃろうが」
道理である。王都前の関所は堅固だが、砦三つを落とす戦力相手に守り切るのは不可能だ。
しかしそれだけならば言われるまでもない。
「……混乱を呼ばぬ範囲でそうしよう。他には?」
ミチザネが一瞬思い悩んだ。この上で何を躊躇うと王の眉が歪む。そこへ、
「どんな意味でも王にしか聞かせとうない。伏せている者が居れば外しておくれ」
暗黙の礼儀を越えた要求をする内容に、コブラの胸に暗い予感が膨らむ。
「元より、居らぬ。続けてくれ」
「そうか。……我ながら妄想と感じておる。されど心して聞け。
この災厄、人を越えたお方による物だとして。目的があるはずじゃ。人を使う目的が。故に東へ逃れ場が設けられておるのだろう。しかしそれだけでは片手落ちのはず。人へ命令しなければ目的を遂げられるかは運頼みとなってしまう。
ではその時伝える相手は誰が良い? 当然最も人を支配しておる者よ」
コブラは正気を疑った。さもなくば冗談か。しかしこの上なく真剣な様子にしか見えない。
「余が神託を受けると? ミチザネ。それは追従か? 或いは……神託を受けるため逃げろとでも繋げるつもりか。心配は、有難いがな。
元より守り切れなければ逃げるつもりではある。そも神託を受けるなら当然大神官であろう。今すぐ王太子の元へ行き神託に備えてはどうだ」
王の言葉が半分冗談。半分本気であるとミチザネは知っていた。必ず生き残り、王太子を支えるのは確かに一つの手。しかし、そういった話でも無い。
「確かに戯言に聞こえよう。儂も自信は無い。想像できる全てに手を打っておこうというのみよ。そして想像するに……
故に出来る限り生き残るつもりじゃよ。教会を代表して八つ裂きにされなければならん」
「何? 何故大神官が恨まれる?」
訝し気なコブラにミチザネは答えず、続けて、
「何にしても儂が思うに最もお会いする可能性が高いのはコブラ・ジルなのだ。
その時は良いか。決して逆らってはならん。全てのお言葉に御意と答えよ。
そのお方はこの大災厄を起こした方。我ら人を滅ぼし尽くせるお方なのだから」
滅多に無い混乱でコブラ・ジルが黙り、風の音だけとなる。何度考えても意味を理解しかねてるように感じながらも、粘つく口を開いて。
「人の滅びの寸前に、神が降臨なさると言うのか。かつて此処まで大神官らしい話を聞いた事は無かったな。
ところで既に何人も神の使途や亜神が余に会おうとしたのだが、真偽はどう見分ければ良い。絵のように羽が生えているのか?」
何とか。と言った風情で皮肉げなコブラにたいして、ミチザネはあくまで真剣に、
「見分けるとしたら―――耳か。我らのようではなく、猿のように顔の横についておる……かもしれん」
コブラの表情が固まった。答えが具体的に過ぎた。その意味は、
「ミチザネ。何を知っている?」
「知らぬ。ただ……儂は多くの旅をし色々な物を見た。それに邪教と言われるような意見も一学者として聞いてきた。その中には……いや、全く自信はないのじゃ。
言うたであろう念の為よ。儂とて正気の話では無いと理解しておる」
「にしては。見た事の無い程怯えているではないか」
「大神官が神を畏れて何のはばかりがある。考えようによっては単に良き話かもしれぬがの。このまま東方まで氾濫が起これば人はこの世から消え去ろう。
それよりは何某かの理由で生き残れる方が良い。じゃろ?」
―――確かに。どんな物事でも建設的に見た方が良い。特に近頃は。
コブラはそう考え、とぼけた返事に話が終わりと理解して出たため息と共に、
「で、あるな。助言、覚えておこう。しかしそちらも八つ裂きにされるまでは生き延びて貰いたいものだ。予想が外れ、東の森からも獣が溢れたその時。
余の愚痴くらい聞く義理があろう?」
「承知じゃとも。それと
ミチザネの明察と、人前では見せない汚い笑みを態々作ったのを目にしてコブラの顔に笑顔が、毒一つ無いものが浮かぶ。
「仕方あるまい。この国の、いや、人の余裕がなくなりそうなのだ。神も許したもう」
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