調整者の簡単なお仕事と、その影響
絶景かな絶景かな。横を見れば人類史上最も私の好みに合うらしい美女。
下を向けば断崖に挟まれた堅牢と思わしき砦と、ゆっくり迫りくる獣の海。
更に外側では砦を守る崖を獣が大回りで登り回り込もうとしてる。しかし砦にそちらへの対応は……無さそう。全滅だなこりゃ。
この多様な獣による包囲殲滅運動を、匂いによる誘導と人への敵意計算で作る、か。見事なお点前としか言いようが無い。
空に浮かんでこんな風景を見下ろせる人生になるとはねぇ。何か近頃一つ一つが味わい深いな。有難い事で。
しかしその有難いお嬢さんだが……、
「嫁や。私はもう一人で浮かべると思うのだけど。なんでがっしり肩を組み体を擦り付ける? ……って何故そんな軽蔑の目を」
豊かな表情本当上手ね……。
「分かりきった答えを言わせたくなるような、非論理的独占欲をお持ちの方に当然の目つきではありませんか。
ああ! でも
その悔し気な歯ぎしり要ります? 面白いから要るんでしょうね……。
「独占欲。私が嫁の職場へ出来る限り帰りの迎えへ行くような男だと?」
「はい? それは気遣いで……む。つまり。嫁の行動を自分の管理下に置きたいが故の、迎えであったと?」
「流石のご賢察。嫁さんの人物像に職場の治安とか色々で評価は変わるとしても、そーいう独占欲怖いという男の話があってね」
「評価が条件で変わるのは当然でしょう。その嫁がこの
しかし旦那様は随分その男に呆れているようですわね?」
「そりゃね。嫁が浮気して托卵されるのを心配してたにしても、旦那の管理で防ぎきるのは現実的じゃない。
子供の遺伝子鑑定でもして駄目なら分かれて新しく生活するのが理性的というもんよ。
男女どちらにとっても幾らでも異性は居るんだから、駄目な相手に固執するのは極まった愚かさ……何の話してんだろ。御免なさい。
で、此処まで連れてきたのは何故? この景色を見せるためなら有難う」
「あら。お話興味深かったですのに。それに何しに来たかはご存知と思いますの」
「あー。あの高い砦の壁を力押しでは大量に死ぬから、私たちで崩そうと?」
「やはり明察なされてました。体の芯から痺れてしまいます。ゆーあーすたにーんぐ」
「魅力的で気絶させる。とはらしい下品な言い方だよねぇ。解釈合ってるかはともかくとして。しかし派手に干渉するなら……万に一つもないのかな?」
「はい。遠くから見てる者には見えないように致します。後は地下に逃げるモノたちを潰せば何の問題もありません。
ただここの区域は
おお。空中に映像と文字が。スゲー。未来スクリーンだ。
「これ、今読んで良いの?」
「はい。壁を見ながらお願いいたします」
「では。我調整者。分子百二十三に崩壊命令。範囲八。処せ」
お? おお? 砦の獣側の壁だけが崩れて砂に。掘りは埋まり壁の上と中にいた人たちさえ埋もれて大混乱だ。直ぐに助けたかろうけど……獣たちが駆け足に。
「静かなお仕事。うちの嫁は有能ですね」
「いいえ無能ですわ。何せ後三か所も旦那様に頼らせて頂くためこれから媚びるのですから」
「ほー。つまり王都への道全てにこんな砦が?」
「ですわね。この計画発動前にまともな反乱が起こる可能性はほぼ無かったのですが、王は油断せず予算を費やしておりました」
「そりゃ立派な王だ。会うのが楽しみになってきた。じゃ、次行こう」
******
軍議室は暗く、絶望に淀んでいた。
この部屋に新しく地図が置かれてより、全ての報が予想の最悪を越えていた為に。
当然対処も泥縄にしかならず。それでも王を中心に必死で縄を結わえ続けている。
そんな中、聞いた覚えの無い早や足の音に開けっ放しとなっている扉へ全員が顔を向ける。
息を切らし入って来たのは大神官ミチザネ。意外な人物の登場にも誰も驚かない。それよりも顔色の方が重要だった。明らかに凶報。
「陛下。今、旅商人が避難民地区の教会へ来て申しました。ガッサン砦、落ちた模様です」
椅子の蹴倒される音が鳴り響く。幾つもの戦場を越えてきた俊英たちの口が震え、言葉は出てこず、奇妙な沈黙が落ちる中、
「何故、落ちたと分かった?」
一人座っていた王の問いに、
「砦の入り口から獣が溢れたのを見たと。加えてどうやら崖を越えて獣が回り込んでいたらしく、街が完全に飲み込まれていくのも」
「その商人が馬に乗っていたとしても、斥候の方が早く着く。つまり……斥候を出す余裕も無く、落ちたと言うのか? ガッサン砦が」
「と、なりましょう」
最悪の断定であり、とても受け入れられない話に皆を代表してユリが、
「あ、あり得ませぬ!! あの砦は十万の敵を止められる堅牢さなのです。それを、知恵無き獣に。た、例え王竜が居ようとも必ず斥候は出されております。
猊下! この非常時に悪しき噂を広めるなど許される事では」
「待て。猊下。その商人、嘘や他人の噂で語っている可能性は?」
「それは、分かりません。しかし嘘でなければ数日の内にウエシ当たりから凶報が届くと存じます」
激昂していたユリを含め全員がうつむく。理性では分かっていた。ミチザネが嘘をつくわけが無いと。そしてガッサン砦は最後の綱。落ちたのなら、もう王都まで阻める拠点は無い。
いよいよ王都から民を避難させねばならず、例え勝てても甚大な損失となる。
ほんの一月前までジル王国の栄光は確かな物だった。全ての国を統一し、今ある問題も努力の末には解決していくだろう。と、此処に居る誰もが確信していた。
それが何の前触れも無く壊れようとしている。いや、もしかしたら国どころでは無く……。
王と共に全ての報告を受ける者たちなだけに無意味な泣き言は言わずとも、苦渋が表に出てしまう。
そんな場の雰囲気を和ませるためのようにミチザネが、
「陛下。凶報を持ってきた身で何ですが少し散策なされては如何でしょう。
この老人も暫くぶりに王城の美しき庭で心を休めとう御座いますので、お供をさせて頂きたく」
「―――そうだな。余が幾ら唸っても良き思案は出るまい。お前たちも休め。せめて茶でも飲むと良い」
そう言って二人は軍議の間から直接外へ出ると少し歩いてから、
「今日は有難い事に風が強いな。聞こうとしても誰にも聞けまい。それで? 何の話だミチザネ」
私的な、遠慮の無い場であると名を呼ぶコブラへミチザネは、
「うむ。少しは賢くなったのコブラ」
と答え。今からの話に向けて余裕を持とうと二人の顔に笑みが浮かんだ。
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