森で追いかけっこ1
さ、て、と。今日も仕事をしますか。まずは現状確認。……見たく無い結果だろう。でも、見ないと。
――――――。だぁぁぁぁあああ。ついに人里近くに置いた狼が全滅してる。
なーんで全体に満遍なく置こうとした。餌とテリトリーの範囲を考えて。なんて阿呆だ。優先的に狩られていると聞いたのに。あぁ認めたくねぇ……。完全に脳死の失敗だよコレ。
はぁぁ。すまんな狼たちよ。次は人が来ない奥まった所に巣を作ろう。繁殖を待って、フェムトマシンへの適正が高い狩人を殺すのに使う感じで。
「お早うございます我が主よ。何を落ち込まれることがあります。狼が多少狩られた程度、枝葉末節で御座いますよ」
流石に無音で開く扉と唐突な声掛けにはなれたが……。ヘソ出しピッチピチのレギンス的衣服に人間では不可能と思えるふっといポニテ。本日は運動スタイルですか。
何時も通り最初から多面的にカマしてくれますねぇ。仰る通りなんでしょうけど、マジ不快なものなんですよ。言い訳しようの無い失敗という物は。
「苦いお顔も素敵ですわ」
「あのぉ。せめて容姿関連の褒め言葉は止めて頂けませんか? 勘違い野郎になりそうな不安で心臓の鼓動がキツツキでして」
「そんな我が主を見ると
こ、こやつめ。何がウサギか意味わからんわい。
……なにその良い笑顔。
「では我が主の有能さをご覧に入れましょう。左が移送初日の狼。右が今生き残っている一頭となります」
何の操作もしてない風で壁全体に映像が出るのカッケー。……して。何か違うの?
「今の方が、少し体が大きい? それに足が長くなってます?」
「はい。我が主が管理なされましたので動物の急速な環境適応が可能に。
餌の多さテリトリーの広さにより長距離を走れる体へなりつつあります。今後を考えても非常に素晴らしい」
適応って移送して十日も経たず? 適応し切れず体が溶けそ……何この美女。連続でウィンクしてきて。あ、狼の写真が色々と。
あーん? 何か考えろと? 今の話で、だよね?
―――――――――――――――。あ。
「獣を増やしてるのは環境の調整に加え何時の日か人類へ攻撃し、王都までを滅ぼす為。それに必須な長距離移動が可能な体になっている?」
だからその笑顔を蕩けさせていくの……いや、動揺する方が悪いのだ。正解だと分かりやすいのは有難い。
「明察であらせられます。他にも成長速度、交配頻度の増加など氾濫に掛かる費用が適応の解禁でどれだけ軽減されるか。大いなる働きと言えます」
成程。無能でも居るだけで十分ですって? 悪か無い。
「そりゃ安堵至極です。でも適応という事は条件がありますよね? ご存知でしょうから指示を頂きたかったです」
「そのお言葉をお待ちしておりました。今後は幾らか提案させて頂きましょう。『また規約と言うつもりか電線頭め』と、お考えですね? 勿論で御座います。
千景は幸せ物ですわ。目くばせするだけでご理解くださる聡い主を持ちまして」
ええいやめぇ。頬をつつくな。喜んでしまいそうだろうが。
「ですので我が主の働きに何の不満も無いのですが、もしお気に召すならお願いしたい仕事が御座います。これです」
そう仰って画面に映ったのは森で土木作業している狩人たち。数日前入ってきた方々じゃん。数十人、やたら強そうな人が多いし何をする気かと思ってたら。
「この群れの目的はヌシ狩り。困った事に成功してしまいそうですの。
出来ましたら我が主の助力を得て皆殺しにしたく。如何でしょう」
おや、まぁ。頂点捕食者を狩る。環境への影響なんて全然考えて無いんだろうな。
まぁ作られた環境みたいですけどね。なんにしろ狼を殺しまくったアメリカ人とかを連想して不快なので掃除は望むところ。ただ、
「あのヌシを狩ろうとするなら相当強いはず。どうやって皆殺しに? 大量の獣を送り込むのですか?」
「それも一手ですが失敗理由の調査くらいはするでしょう。森の氾濫に近い手段ではなく事故だった。と、思わせようかと。
さて我が主よ。ハラハラドキドキはお好きで?」
「好きですよ。治る怪我で済むようにしてくれるでしょうしね」
「ご信頼嬉しく思います。では走る服へ御着替えを」
ああ、最初から走らせる予定だからその服だと。なら無意味な質問をして時間を浪費しては不味い。と着替え、窓から肩組んで飛んで行った場所は……何時ものランニングコース?
そう言えばここ狩人たちが居る所に近いな。しかし二人で殴り飛ばして皆殺しにする訳じゃなかろ? それはそれで調査されたら奇妙になりそう。隠蔽も可能なのだろうけど……。
「今少しお待ちを。我が主の背に付けさせて頂いた匂いがやっと届いた所です」
何処に届いた……あ。分かったかもしれん。マジか。そーいう事ですか?
待て待て待て。だとしたら準備運動をだな。
「本当我が主は英明ですわねぇ。黙って現実に対処なされる。
目の前に危機があるのに行動より先に口を開く人は脳の病気だと思うの。
「筋を伸ばす余裕をください。くらいは。やはり全力疾走?」
「ええ。
靴と服が謎技術で速く走らせてくれる物だった時点で準備運動すべきだった。
―――あ。地響きが。枝の折れる音も。場所は背後、何時も走っている獣道。
鼻が、大分高い所に。そして顔……目があったな。
「では。楽しんで参りましょう。番いなので回り込まれて面倒となりませんよう」
ソデスネ。と答える酸素も惜しい。鹿より速く跳ねだしたふっといポニーテールを追わなければ。
******
銀級狩人バッハは汗水垂らして狩場を作成している銅級狩人たちを監督しつつ、非常に上機嫌だった。
当然である。王竜狩りなのだ。しかも十数年の準備が成されておりまず成功する。
どのくらい成功するかと言えば王家が娘を派遣するくらいである。
そんな約束された栄光を求めて群がった狩人の選別は熾烈を極め、此処に居るのは何がしかのコネを持っている者のみとなっている。
もっとも生家が貴族であり、高度な教育と伝手を手に狩人となったバッハからすると大した問題ではなく。必要だった費用も目の前に居る銅級狩人たちから徴収した紹介料で黒字と言って良い。
一方で近くへ来た王女と縁を繋ぐのは想定以上に困難だった。
印象を残せる挨拶など夢のまた夢。負け犬どもの遠吠えである『ぼったくり男爵』という異名まで邪魔をし、働く王女の横を通り過ぎるだけにかつてない屈辱さえ必要だった。
それでも数秒だけ見られた顔を思えば不満は無い。
従僕たちに混ざり生真面目な顔で汗を滴らせ働き。泥に塗れてなお光輝き。見た瞬間恋に近い衝動がバッハの中で産まれるほど。
想いが欲望なのか崇敬なのか本人にも不透明だけども、夫となるのが最上の結果なのは間違いない。しかし。
人の持つ可能性は産まれによる教育の差で九割決まるとバッハは確信している。
故に自分は他の狩人たちより強く上位者の知人が多く居て、他の者が命がけで出した結果を左から右に動かす事で本人より評価される賢さまである。
そしてその産まれが違い過ぎた。王女には一房の黒髪があり、自分には無い。
王女である以上、何人かの夫を持つはず。とは言えあの生真面目な顔からして大した数では無さそうに思えた。そして夫を望む人物は星の数ほど居るだろう。
即諦めるべき無謀な話。なのに余りに悩ましく、様々な手段を考えてしまう。
今回の竜狩りの実績があれば同僚、近衛騎士となれるのではなかろうか。
近衛騎士ともなれば男爵家に意味は無い。しかし雑兵と共に働く王女である。
このバッハの銀級までなった経験は騎士団でも希少なはず。それを活かし、有能な騎士として王女の目に留まる事も……。
いや、そもそも出来る限りを試さずには……。
採らぬ獲物の皮算用とは実に愚かしいと、ため息を一つ。
全ては王竜狩りを成功させてからの話。そしてありとあらゆる準備をしても死者無しとはいくまい。兎に角目の前の仕事に集中しなければ。
そう心に決め、王女に倣い自分も幾らかは土に塗れよう。そうすれば速く良い準備が出来るかも。と、今までなら頭をよぎる事さえ無い決心と共に顔を上げたバッハが見たのは。
動きを止めた部下たちだった。
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