繁栄を極めるジル王国頂点の茶会3
「はい。あの家自体厭うています。利得のみで動き節操が無い。なのに領民からの人気は厚い。非常に危険な家です。
次代の小イズミ。シンジロウに至っては先日の鉱山奴隷反乱の会議。この上なく真剣な場で『もっと楽しくかっこ良く、セクシーに粛清すべきだ』と申していました。
時と場所を考えられない知恵に傷のある者と明らかです。しかも心底には父親と同じ己の利得のみがある。
技術開発の指揮などよくぞ言ったもの。何時もの如く都合の良い法を作って技術者を奴隷とし、邪魔をしながら利益は己の物とした事、調べられていると知っておりましょうに。
あのようなおぞましい一族、ご不快にならないのですか?」
言い切ってから心の中にある物を言い過ぎたと後悔するも返答は。
「父はお前よりイズミ家と長い。不快が。無いと思うか?」
声の厳しさに怖気が走り。その不快が未来永劫自分に向けられないよう神に祈る。
そんな息子の様子を見て王は『まだ汚れ仕事を任せられない』との念を隠して、
「父祖の努力により国の統一が成った。なら次はこの国を続かせねばならん。
まずは貴族が多すぎる。力だ。王家に力を集中させなければ又すぐ群雄となる。
ジュンイチロウも正しい事を言った。民の恨みが向いた時は適当な使い切った奴を潰せば良い。大きな土地を持っていれば尚良い。取り巻きまで居てくれれば夢のような話よ。
パンナと会長のイゾウ・タケナカも使える。商会すべての財を取り上げ道の整備にでも使い、一族全てを民の前で拷問し殺せ。喝采を受けられるぞ。
骨奴隷術の研究は国にとって重要だが、お前の代ならば見通しが立つであろう。さよう心得ておけ。さすれば不快も我慢できるはず」
―――父は、我が主君は。何と言った? 公爵。血族を何時か族滅にすると。いや、もっとだ。始末して良い者たちを集める餌に過ぎないと……。
血が凍る。しかも自分が手を下さなければならない。いや、下手をすると。
「ち、父上。でしたらイズミ家と距離を取るようジミナへ言い含めなければ」
自分でも分かる焦った声への返事はため息だった。
不安が王太子クウ・ジルの胸を騒がせ、そして。
「お前にまだ無理なのは分かる。されど考えが足りぬ。ジミナを信用出来るか?」
「それは、まだ子供ですから。なら、成人した後に」
「余は成長するほど信用出来なくなろうと考えるがな。
そもどう使えば良いかを考えよ。一つはデンツ商会。あそこはお前の言う通り増長している。余も近頃知ったのだが、商人の欲望は王より大きい。
王は全ての土地を支配しておしまいだが、商人はこの大地全てを金に変えて自分の物にしたい生き物らしい。
始末せねばなるまい。我らの手足を縛られる前に。
だがデンツは実に巧妙だ。商会の代表者さえ毎年交代し、人知の可能な限り姿を隠し支配だけ広めている。今はノリヒコ・クレタであったか? 民は名さえ知らぬだろうな。
お陰で誰の意思で動くのかも分からん。処分する時はデンツの名の下に居る者を能うる限り。一斉に。下働きまで含めて皆殺しとしなければ禍根となりかねん。
しかし今すれば『王家が誰も知らぬ程度の商会を理不尽に扱った』と多くの民は感じよう。
嬉しくは無い。奴らが躊躇させようとしている通りに。ならば、どうする?」
クウは咄嗟に答えられない。なのにはっきりと感じる嫌な予感に声を震わせ、
「わか、りません」
「そうは見えぬが。これはジミナの使い方の話。なら分かるはずだ。
デンツから貢物を受け取っているのは好都合よ。『王』が愛くるしい『妹ごと』慈悲を見せず処分する商会であるぞ。
誰もが納得する。あの商会へ目の前の利益のみを見て子息を送り込んでいる馬鹿貴族共もな。それでも身内をかばう家があれば更に良い。
王太子。お前が羨ましいぞ。余よりも遥かに風通しの良い国で働けるのだから。
ああ、その時は必ず泣け。お前の妹を殺す苦しみを知れば民も貴族も物事を滑らかに進める。茶番も必要な時は成すように」
無様と思っても汗を手巾で拭わずにはおれなかった。
せめて呼吸だけは整えようと十秒数え、その間に父から用意された茶を礼さえ忘れて受け取り飲んでから、
「父上はジミナを―――我らと同じように愛されているとばかり」
「勿論大切に思っているとも。故にお前たちと同じく育てた。それが何故あのように実の父、我が兄へ似たのか」
これで理解するか。と、思い息子を見る。少しも感じる所が無さそうだった。
―――兄の暗愚さは知っているはず。周りに有能な者だけを置きすぎて愚か者という物を実感出来ないのであろうか?
との内心の考えは表に出さず続けて、
「余を最も苦悩させたのは賢く力の強い敵ではない。主君であった兄である。
お前も同じようなのに出会っているはず。
赤子の頃から両親と使用人が望み全てを聞いてると出来上がる……自分の意思でどれ程の血が流れようとも『有難う』の一言で済ませ、他人の苦労を少しも想像しない、男にも居るが何故か女の方が多いアレだ。
兄は加えて男によくある全て力づくでしようとする傾向まであった。
兎に角、ジミナが王の妹となれば何人も掣肘出来ぬぞ。
悪い事に実の父と同じで人を集める顔と愛嬌だけはある。愚かでも忠実な者たちがどれだけ苦しめられるか。デンツを潰す道具にでもしなければ救いが無い。
それともジミナが
父の問いに王太子は。躊躇いと苦渋の表情。それでも、
「父上の、お言葉全て道理と分かります。ですが、この身は妹を……教えたく思います。これから出来る限り共に居る時間を。お許し、願えますでしょうか」
十年前なら教育していた優柔不断さ。しかし国の統一は成っている。今からは熟考がより大事になる可能性をコブラ・ジルは感じていた。何より、
「良かろう。お前がそのように慈悲深いからこそ臣下も安心して仕えられる。
しかしリンは更に重要である。何故か分かるか?」
「―――い、いえ。分かりませんでした。元より大切な妹ですが……何故?」
「ユリが確言したであろう。リンに戦士として天与の才在り。かつ勇敢でありながら視野広く、退く思慮を持ち将としても十分と。
元から美しい女が前線に立ち率いる軍隊は理不尽に強い。此度の罰でリンは兵と共に馬の世話を必死にするはず。こういう逸話があると更に強くなる。
余は何とかなろう。しかしお前は気の迷いでも起こされれば抗えるかさえ怪しい。
お前の代までは強い軍が必要だ。故に出来物の娘と喜んで居たのだが、王を倒せる程になるのは計算外でな。故に次善の対応をせねばならん」
「リンを疑う気は御座いません。今日も臣の礼を取ってくれたではありませんか」
ついさっきまでの動揺も何処へやら。不快ささえ見せて言う息子へ呆れるように、
「愚か者。疑う等と民草の如き言葉を王家の者が使うな。
時世、讒言、気の迷い、酒に酔って。幾らでも切欠はあろうが。
そういった可能性が薄くなるよう常に気を使え。そういう話だと察せぬのは恥ぞ。
さしあたっては……夫だな。リンの望み。知っているのではないか?」
言われてクウ王太子は恥ずかしさで顔を赤くしながら、
「は、はっ。愚かさをお詫び致します。しかしその、夫については。申し上げ難く」
「言え。お前が考えているよりも重要である」
それでもクウは躊躇した。しかし結局は、
「夫は、考えていないと。出来れば軍と結婚したいと申しておりました」
コブラの予想の範囲ではあった。しかし頭を押さえずにいられない。
「……男が嫌いという訳では無かろうな? あの類の病人は面倒を起こす」
「男ならまだしも情欲で近づいてくる女がおぞましい。と、相談を受けた事が御座いますので大丈夫でしょう。男の方が多い軍でそのような事がと驚きました」
息子の答えにため息をつき、
「何処でも男女の別なく居る。全く、お前には今少し愚かしい面倒を教えなければ。
何にせよ真っ当なのは有難い。リンの望みは叶えるように。やがて好いた男が出来たなら平民であろうと心体の健康だけ調べ、周りの面倒も整えて結ばせてやれ」
窘められた王太子は恥ずかしさを誤魔化すように、
「御意。所で兵と共に馬の世話をさせるのは、罰では無かったのですか?」
「リンは兵に近づきたいと言っておった。そもそも今回の盗賊退治は王竜狩りの露払いぞ。近衛がする時点で奇妙だと思わなんだのか?」
「そ、それは。てっきり王竜狩りの名誉を狩人だけに独占させない為かと」
「少しはある。されど第一は生真面目になり過ぎている未来の近衛騎士団長への褒美だ。上手く行けば狩った後の王竜を見られるかもしれん。一生の思い出となろう?」
「は、はぁ~。深謀遠慮、敬服致します。随分お気を……使われているのですね」
「他人事のように。お前も同じ程度は考えておる。妹が戻れば『臣下の礼を保つのは大事だが、家中の信頼を保持するのはより大事である』と伝えよ。
家族のみの場でも『陛下』では何かすれ違いが産まれているのでは。と、恐ろしゅうてならん。ああ、そうだ。
どうしても余へ話したくない時は大神官ミチザネへ相談するのだな。ただし個人的にと言って余人を排除せよ。教会で信用出来るのはあやつくらいのものだ」
「わ、分かりました。そのように致します」
言い終え最期に王太子を観察し、大切に思う妹を道具と扱うおぞましい話を聞いて尚、目に納得と従順さが在るのを見てコブラ・ジルは神へ感謝した。
理解しようとする賢さがあるなら将来を十分期待できる。息子こそ国の至宝。守り、育てなければいけない。何を置いても。
コブラ・ジルは半分正しく、半分間違っている。
クウ・ジルの価値は現在生き延びるには足りていない。故に育てなければ、コブラにとって非常に虚しい未来が待つのみ。育てる必要が確かにある。
ただし。
その時、コブラの力で守るのは不可能だった。
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