繁栄を極めるジル王国頂点の茶会2
「デンツ商会はこの世で唯一パンナ奴隷商会より上の組織で御座います。勿論、民を苦しめている。という意味で」
「おかしく思いますわ叔父様。あそこの者は手広く商売をしてますけども、奴隷売買などはしていないはず。わたくしが知らないだけでしょうか?」
話の趣旨は年若いジミナにも分かっている。普通の若者ならムキに否定するだろう。しかし彼女には可愛げと愛嬌があった。
大したものだとジュンイチロウは思う。教え甲斐がある。
「確かに過酷な奴隷売買など分かりやすい苦しめ方はしておりません。しかし陛下から仕事を任された時、賜る金の殆どを身内で配ってしまうのです。
そして足りない分は実際に仕事をする商会や職人を酷使する事で帳尻を合わせる。
デンツは大きな商会ですからな。仕事を何処へ回すか自由自在。それを良い事に幾つの商会を潰し、どれだけの職人を奴隷より酷く使って来たのか。
この国で民が疲れている時、理由の何処かにはデンツのあこぎな商売があると申せましょう。
おお、そうそう。今度国を挙げて王都でお造りになる大競技場。アレもデンツの請負なれば実際に働く民へ渡される金は一体何分の一なのやら。
分かりやすく民を殺すパソナと、薄く広く民を殺すデンツに大差無しと儂は考えますが如何?」
『お前自慢の服と装飾品は民の命で作られているぞ』と言われても国で最も美しい少女の顔に動揺は無かった。ただ少しだけ眉をしかめ、数秒考えて、
「わたくしにどうしろと仰いますの。デンツから離れよ、と?」
「まさか! 逆で御座いますよ。このシンジロウはタケナカの望むまま民に触れをだし、法を変え。タケナカ率いるパンナは実に上手く民を金に変えてくれました。
そして愚かな民はパンナがなぜ儲けられたのか。自分が歓声を上げ手を振る我が愚息シンジロウの着ている服の為、何人奴隷になったか分からぬのです。
恨むのはパンナ奴隷商会と精々イゾウ・タケナカまで。イズミ家の者には届きませぬ。
まぁ、もし失敗して恨みが来そうなときは、適当な不要である上の方の者を裁いて見せればよろしい。さすれば民は我らを奴らの望む正義で味方だと考え怒りを忘れましょう。
いやはや。このジュンイチロウ・イズミは民が我らへ手を振る度、民として生まれなかった事を神に感謝する次第で御座います。
お分かりになりますかな? 貴族の中には『民は生かさず殺さず』等という奴がおりますがとんだ愚か者。
『民は上手く殺せ』と儂は申します。そしてパンナとデンツは良い道具。上手くお使いなさいませ」
ジミナ・ジルが興味深げに頷いた。ところで、あッと気づいた顔をし甘える声で、
「父上は叔父様のお話をどうお考えになります?」
領民を安心させてきた笑顔を浮かべ、王へ向くジュンイチロウ公爵の心臓が胸を痛く叩く。
お互いがしてきた事をそのまま言っただけ。全ての事は王家の得となるように気遣いもしてきている。しかし王の前で口を開いて平静であるのは無理な話。
過去数回しか無く後々考えれば正しい判断でもあったが、自信に満ち話していた者が一瞬で首だけになった事も、
「一理以上の物がある。ジュンイチロウ・イズミ公爵。我が娘への教示ご苦労。
少々時間を取りすぎてしまったのを申し訳なく思うぞ。下がるがよい」
体中の皮膚から息が吐き出された。お陰で数瞬返事が遅れたのに慌てて、
「はい。我が陛下」
最後に改めて柔らかい笑顔を浮かべジュンイチロウ・イズミが扉の向こうへ消え、部屋の人数も最低限になると第一王女リン・ジルは唐突に、
「ジミナ。大人が。しかも陛下がお話の時に口を開くのは僭越。
お前の知識、考え程度はご存知だ。質問があればまずわたしか兄上になさい。
そろそろ成人するのだから他の者の時間を奪わない配慮、身に付けなければ」
しかし言われた妹は楽しそうに、
「お姉様は近頃口やかましくなられましたわね。ほんの少し前までわたしよりお父様を困らせておられませんでした?」
ジミナ・ジルは成人して直ぐ軍に入った姉が日々堅物化するのが少し不満だった。
怒るかしら? と思うも、姉は仏頂面とさえ言える表情のまま、
「そうだな。お陰で軍では恥をかいた。だからお前に教えている。
大人は、仕事を担っている者は皆考えがある。外に居る者が口出ししても僭越。邪魔なだけ。陛下相手ともなれば言語道断だと理解しなさい」
「まぁ。おかしな事を仰います。でしたら今のお姉さまこそ僭越ではありませんか。
わたくしの足らぬ所は父上が仰いますでしょうに」
上手く言い返せた。と、ジミナの笑顔が華やぐ。ただ姉の顔に予想した苛立ちは無く、仏頂面のまま、
「それも間違いない。だから。陛下。ジミナ殿下にもそろそろ道理を弁えて頂かなければならぬと存じます。どうか無用な口出しをした彼女に罰をお与えください。又僭越な物言いをした臣にも」
ジミナ・ジルの心臓が跳ねた。父に態々罰を望むとは。そうまで真面目な話だと思わなかったのに。家族のお茶の場の戯れではないか。と、口に出そうとしてつぐむ。
父の判断の前だ。大人しくしていた方が良い。
「確かに僭越。更に問題なのは明日よりお前が出征するという事だ。
頭に殻を乗せたままのヒナが戦いの前に余計な物言い。愚かとしか言えん。
リン近衛騎士。王城へ帰ってくるまでお前は馬の世話係とする。将から学ぶのもまだ早い。馬から学ぶがよい。
以上である。明日の為準備せよ」
一瞬、リン・ジルの体が震えた。それでも表情を変えなかったのは流石王族と褒めるべきだろう。しかも直ぐに席を立って片膝をつき、
「御意。リン・ジル失礼いたします」
そう言い扉の向こうへ消えた娘を王コブラ・ジルは見送ってから、必死に殊勝な顔を作っている第二王女へ、
「ジミナ。お前はリンが帰ってくるまで自室で謹慎とする。姉の教えの意味をじっくり考えよ」
愕然とした。姉が帰ってくるまで数か月はかかる。理不尽過ぎると、
「そんな! お、お父様、わたくしはただ不思議に感じた事を尋ねただけです。お父様のお邪魔をする気は全く」
「そなたがどう考え感じたか。など何の意味も持たぬ。リンがつい先ほどそう教えてくれたではないか。
何より何故出征する姉に反論した。戦いに行く者の悩みは出来るだけ減らしてやれ。と、教えたであろう」
父の顔に一切の妥協が見られず、撤回は諦める。だけどせめて、
「―――はい。分かりましたお父様。お姉様が出られると同時に謹慎します」
「今からだ。午後の茶会は断りをいれるよう女官に言っておく」
酷過ぎる。と、ジミナは思う。茶会には多くの友人が来る。これではどんな風に噂されるか。しかし父に逆らう事は出来なかった。誰であろうとも。
ならば笑顔で受け入れるしかない。
「はい。分かりましたお父様。これより謹慎します」
そう言って挨拶し下がる第二王女を王と王太子は見送り。静かになってから、
「陛下。何故リンを罰したのでしょう。ジミナには必要な戒めと思いますが」
尋ねるクウ・ジルの声は硬かったが、
「二人だけだ陛下は止めよ。王と王太子の間は万策を尽くして親しくあらねば。さもないと孤独で心を病むぞ。まぁ王太子の質に寄るがな」
最後の一言に戯れと親愛を感じて王太子の緊張が消え、せっかくの親愛に甘え色々教えを受けようと、
「お褒めの言葉光栄です父上。してお答えは?」
「実際僭越ではあるからだ。ついでに言えば、先にリンを罰して下がらせたのはジミナが罰せられた時、もしリンが喜べば恨みに思うであろう」
「ああ……確かに。そのジミナですが、デンツと関係を断つよう言わなくて良いのですか? 日を経るごとにあの者たちは増長しております。より民を苦しめ、身内だけに富を集め。国の税を自分たちの金と誤解している節もある。
更に領地を継げない子息を積極的に雇用し、様々な手で国中に手を伸ばしているのもご存知でしょう?
それともジュンイチロウ公爵の言葉通りデンツをお使いになるおつもりですか」
最後の一言に見えた非難の色にコブラ・ジルは思わず苦笑し、
「ほぅ。国の後継者殿はジュンイチロウ閣下がお嫌いかな?」
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