繁栄を極めるジル王国頂点の茶会1
ジル王国王都。王城。
王コブラ・ジルとその子供たちの茶会を邪魔する形でジュンイチロウ・イズミ公爵が帰郷の挨拶に来ていた。
型通りのやり取りを終え、お茶を供される光栄に公爵は預かり。本番が。正しくは連絡済みの話を確認する会話が、王の言葉で始まる。
「公爵。例の新しい労働力となる魔術の状況はどうかね?」
「一歩一歩。ですな。開発は我が息子シンジロウの指揮でより組織的に変化致しました。よく頑張っております。感動した程で」
「期待している。大競技場の建設で使いたいと申したのは我ながら愚かであった。
結局いかなる働きが出来ようか? 以前話したように鉱山労働としてはどうだ。
何せ物が骨。事故があろうと埋葬の手間が減る。効率的であろう?」
瞬間、ジュンイチロウ公爵は主君の様子を伺う。諧謔。とは思うが不安がある。
二十近く年少でありながら主君は実に読めない男だった。
筋を通していれば凡そは。そして実際に害を与えなければまず恐れる必要は無いと知っていても、警戒せずにはいられない。
「はっはっは。名称には死霊魔術という案もございましたな。しかし死という言葉は縁起が悪すぎると骨奴隷術に。よみしたまうなら陛下もご一考くだされ。
さて鉱山労働で御座いますが、複雑な動きが難しく今の所全く期待出来ぬかと。
しかし奴隷より安く使えそうな仕事もありますぞ。
パンナ奴隷商会の者は大いに喜んでおりました。一番下の仕事で骨奴隷を使えば全ての仕事の待遇を一つずつ落とせますからな。鉱山へ回せる奴隷も多くなるはず」
好々爺の笑顔で言うジュンイチロウに対し、王はため息を一つ吐き。
「金銀は国の運営に欠かせぬ。しかし鉱山労働の惨状は酷い。反乱が頻発するのも当然と言えよう。であるから苦労を減らしたいのだ。そも王としては奴隷を増やすと国が弱くなるように思えてな。
故にイズミ家とパンナ奴隷商会の深い繋がりは存じているが、好ましいとは言いかねる。あそこは一人でも奴隷を増やそうと手段を選ばん」
困った笑顔を浮かべる時間に金の価値を感じてジュンイチロウは再び王を伺う。
深刻な忠告、では無いはずだった。王は重要であるほど誤解しようがない表現を好む。だから今のも精々パンナの非道を押さえろ。程度の。
そう考えても背に汗を感じた。王を軽く見る事は決して出来ない。血縁のあるイズミ家だろうと何かあれば族滅される確信がある。
出来ればパンナとの縁を切りたいとさえ思う。不可能だが。
王、民の目に隠れて多くの事を行ってきている。お互い裏切れば道連れにするのは容易なまでにパンナとイズミ家の繋がりは深い。
何よりパンナ奴隷商会ほど民を富に変えられる組織はこの世に後一つだけ。手を切れば大損で、
「パンナ奴隷商会と会長であるイゾウ・タケナカの非道はわたくしさえ聞いておりますわよ叔父様」
場に響いたのは少女の、養女だが誰もが王直系の娘として扱う者。私的な茶会故に誰もが簡素な装いの中、華美を極めている第二王女ジミナ・ジルの声だった。
ジュンイチロウ公爵は将来国一番の美女になると言われる顔へゆっくりと、時間を稼いで顔を向ける。
しかし考えていた王からの言葉は無い。ならば相手をせよとの意と考え、
「ほぉ。それは困りました。よろしければ詳しくお教え願えませんかジミナ殿下」
ジミナは悲し気に眉をしかめ、扇で口を隠し。
「叔父様なら全てご存知でしょうけどお尋ねになるなら。
奴隷という言葉では民から忌避されると何度も違う呼び方で人を集め。正規の雇い人さえ後ろ盾が無ければ酷使し、何人死んだか分からない程だとか。
わたくしの友人たちはイゾウ・タケナカを褒めておりましたわ。民を使い潰す天才であると。
ああ、ご領地で殺人罪の者へ民が必ず言う言葉を聞いておりますの。
『殺すならパンナの者にすれば良かったのに。であれば自分たちが家族の面倒を見た』と。
なんと恐ろしい。わたくし、おぞましさに寒気が致します。叔父様も民の恨みが自分の一族へ来る前に、お付き合いをお止めになった方がよろしくてよ」
ジュンイチロウ公爵は納得するように一つ、二つと頷く。
しかしそれでも王からの言葉は無い。となると答えなければならないが、どう答えるか非常に悩ましかった。
いや、ここは少しばかり踏み込むべきかと、
「実に残念な話ですな殿下。ただ……陛下。若き殿下に老人が世という物について話すことをお許し頂けますでしょうか?」
「良い。頼む」
余りに早い答えに一瞬戸惑うが、王から頼まれて中途半端は論外である。
ジュンイチロウは改めて覚悟を固め、
「御意。さて殿下。その民の怨嗟、イゾウ・タケナカ自身も良く存じております。そしてこう申しておりました。
『だからと言って民如きにこのイゾウ・タケナカへ何か出来る訳も無い。
実際もう七十となるのにかすり傷一つ与えられた事は無い。結局民は我がタケナカ家とパンナ商会が大きくなる為の食料に過ぎないのだ』と。
その通りだとこの身は考えます。ならば統治する者としてはパンナを使い金貨を得る事が賢い道。
ああ、殿下のこの身への忠告も実に有難く。されど何の不安も御座いません。
何故なら、……あー、殿下ほどの方の前で言うのは躊躇われるのですが。
このジュンイチロウ・イズミは容姿に優れているからです。そして愚息シンジロウも。
愚息の迎えた女が化粧で誤魔化し過ぎているのは不安で御座いますれど、孫も何とかなりましょう。
民は実に愚かで容姿が清い者は心が己に近しいと思うのですよ。更に偶に民の前へ出て、親しみを感じるであろう話をすれば勝手に味方と考える。
加えて申しますと、アレらは何かへ信を投票すれば以後そう簡単には離れませぬ。
何故ならかつての自分が間違っていた事を認めたく無いのです。何より新しく信じて良い物を探すのが面倒なようで。
少なくとも友人が。いや、己の子が我が領地でイゾウ・タケナカにより奴隷へ落ちようと敵にはなりませぬ」
話終わりジュンイチロウ公爵は観客の様子を伺う。
王は当然王太子も、挨拶以外全く口を開いていないリン・ジルにも目に侮蔑は浮かんでいなかった。
大したものだと思う。世を知らぬ若者ならば不快になる話をしたというのに。
一方成人までまだまだ遠いジミナ・ジルの目には嫌悪の色があった。だが薄い。しかも好奇心の色がある。
―――やはり。才能がある。
意外ではない。まだ本人に自覚は無いかもしれないが、既にその美貌で多くの取り巻きを作り、利用していることをジュンイチロウ公爵は知っていた。
そしてこの様子ならよかろうと考え、
「更に申し上げれば。ジミナ殿下。お手持ちの扇やその服。王家の御用聞きデンツ商会の物と見ましたが如何に?」
「……ええ。献上品ですの。あの者たちが何か?」
苦笑を抑えるのに相当の我慢が必要だった。本当に何も知らないとは。
不思議な話でもあった。他の王族はデンツ商会との関係を表に出さない。
理由は……と、色々穿った後にジュンイチロウは更に努力して苦笑を抑える。
甘やかされてるだけのように思えたからだ。
第二王女は『善意』を使うのが上手い。肉の父もそうだった。
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