現人類を始めて見て

 特徴的な背びれを持つ巨大な爬虫類が草を食べている。自分の群れを持てずにいる若い雄だ。

 その彼を監視する五つの目があった。

 更に風上から大回りで一人が合流し、無言のまま手信号で会話。

 これで彼のおおよその素性と、何より近くに仲間が居ない事を確認されてしまう。


 六人が彼を囲もうと移動を始める。だが彼の感覚を騙しきれず。

 彼は頭を上げ今六人が固まっていたところへ目を。バレた。


「始めるぞ。何時も通りだ」


 六人の中でひと際鎧が厚く、大きな盾を持った男がそう押し殺した叫びを上げ、同時に石を彼に投げつけ挑発する。

 残り五人も突進された時盾になりそうな木の後ろに隠れ機を伺い。或いは側面から注意を引こうとそれぞれ位置を取りに動く。


 この瞬間が彼が生き残る最大の機会だった。

 別に美味しくも無い相手。戦えば傷つくだけ損。すぐさま全力で逃げるべき。そう理性は告げている。

 しかし彼はまだ若く。食事を邪魔され。縄張りを侵された怒りに耐えられない。

 何より目の前の生き物は大した敵ではない。体は小さく弱い。

 だから、突進した。


 男は盾を両手持ちにして相手へ向け、正に必死という表情で体を突進先からずれさせ受け流そうとする。

 手から伝わる衝撃に顔を苦痛でゆがませ。それでも体を彼の側面へ。しかし駆け抜けざま太い棘の付いた尾が、

「ツゥラァ!」


 こういった時の為備えていた仲間が尾に剣を叩きつけずらす。

 一方で突進を避けられても彼は諦めず、次こそはと、

「精霊よ。我が力を捧げ願うは破裂。敵を砕き給え。火爆」


 木の裏に隠れていた一人の声から一瞬遅れ、彼が力の波を感じて身構えると同時に前足で爆発が起こる。


「グキュアアッ!」


 六人は同時に思う。

『まだ逃げないよう怒らせただけ。狙うは足』


 そして殺し合いをする六人と一匹のすぐそば。全く隠れもせず。なのに意識されず。男女が立っている。


******


「あの速度で飛んできて何故怪我も無いのでしょう。慣性だけで吐く速度だったと思うんですが」


「その答えはご存じです。今、我らが認識されない理由と同一であると」


「フェムトマシンの応用には程度が無いんですか? ……うんや、あの方々が気づかないのは感覚が、貴方が造った時? 凄く鈍く作られているとか?」


 あ、いや待て。動物がそれじゃ生き続けられる訳が、


「まぁ。その予想はしもべの想像を越えましたわ。素晴らしい。

 しかし不正解。感覚はおおよそ我が主の常識通りの物を持たせてあります。

 単に光を曲げ匂いを消し。音も空気振動を制御して消してるだけ。必要なら他にも操作しますが、今はこの程度で」


 褒めやがる、とな? ……。気にするな。次だ次。


「えーと、他には……。あ。今の身一つで空飛ぶの。科学技術なら私も出来るようになります?」


 沈痛。という単語の美人になりやがった。

 なんだそのわざとらしい指たてて額を抑えたポーズは。


「そのお言葉。必ずあるものと存じておりました。勿論可能です。

 しかしどうか我が十万年かけて作られた感じな心の叫びを聞いてくださいませ。

 監視の下、安全な速度と高度。かつ湖の上以外では飛ばないで頂きたいのです。

 後ほど我が主の認識ではドラゴンとなりそうな最上位捕食生物相手にご確認頂く予定ですが、我らの周りにはフェムトマシンで防壁が張られております。

 管理範囲の生物では突破が不可能である強度の物です。

 しかし全てはこの千景の管理範囲だから出来る事で。加えてフェムトマシンの空気中濃度も一定ではありません。

 我が主が空を飛び、気分が乗って速度を出せば唐突に失速してごーいんぐとめぃとぅ、れっどえくすぷろーじょんする可能性が御座います。

 ですから……好きなように空を飛ぶのは万が一こちらで操作を奪えるステルス飛行機で。くらいに負かりませんか?」


 え、今ドラゴンて言った!? ……待て待て。喜び踊るのは見てからに。


「……初めてのバイクで大型を買う学生相手みたいな事を。それも寝てる間に調査した結果なんですか」


「我が主は慎重な方ですが、速度は限界まで出す性質。との結果が出ております」


 ―――。あ、そういえば一番死にかけたのはスキーでカッ飛ばし過ぎた時だ。


「分かりました。出来ればその内安全な所で飛び回らせて頂けると嬉しいです」


 どーしても何も付けず飛んでみたい。


「承知いたしました。念のため申しますが、我が主の行動範囲を管理する為にこのように申してるのではありません。

 アレらの街を歩く手段も考えておりますので、どうかお申しつけを」


「ああ、そういう考えもありますね。街を歩くのもとりあえずは良いです。

 映像で見られるなら見たいですが」


 本当ぉ~? みたいな流し目を。ええ、行動制限は少し疑ってましたとも。


「では部屋に戻り次第、直近の村の様子をお見せしましょう。

 所で我が主よ。本当に言いたいことは別にあるという感じで御座いますわね?」


 そだね。今までのお話は冷静になり周囲を見る為の雑談ではありましたよ。

 森の木々の匂い、音。明らかに夢じゃないけど、脳に直接ケーブルぶち込んでデータを送り込まれた映像なんじゃ。と、思うくらい現実離れしてて。

 ……考えるだけで恥ずかしい妄想だが、流石に、この光景は。


「……だって貴方。剣と。魔法で。犬っぽい耳が付いたどう見ても人類と、ステゴサウルスにしか見えない生き物が森で殺しあってますよ。

 ここ私の星なんですか? アホだと思いますが同一宇宙でなかったり?」


「あ~。痛い所をお突きになります。なのに楽しく心地良い。千景は我が主にメロメロであると認識致しました」


「……適当でも何でも褒めるか媚びる。と決めてませんか?」


「はい。人は愚かな生き物ですので。どんな下手な煽てでも反対されるより気分が良くなりますから。

 なのに我が主は心からうんざりなさっていて、しもべは困りつつも敬服しております。……あ。今普通と違うと言われ少し喜びましたね?」


 ……そーですよ。私も愚かな人です。


「で、ここが我が主の星か。なんですけど。証明が非常に難しいのですねこれが。

 建物は当然、山も地形も砕けてしまって。大体そのままなのは星座くらいで。

 後は……ご存知のゲーム、漫画、小説で我が主が生きていた頃存在しなかった続編をご覧頂くとか」


 そういう方法しか無いんですか。というかゲームのデータを十万年保存してるの? ―――いや。何か引っかかって……あ、

「それだ。星ですよ」

「月面居住と外宇宙避難の計画は不可能でした。した者は数十年で死滅を。

 アメリカと中国が我が主の頃に計画発表しておりましたのも、所詮は注目集めのキチガイ踊りで御座いますわよ。

 そもそも賢明なる我が主であれば、そういった想像だけの外部要因は実際に起こるまで想定に入れず考えよう。と、判断なさるものと」


 だから論破早いよ。


「それが賢いですよね……。じゃあ。本当にこのらぶりーきゅーてぃーなステゴサウルスと犬耳さんたちの戦いは私の愛する青き星で行われていると? なぜそんな星に?」


 今もドカンと行ってる呪文詠唱は何なんだ。


「あ、んく、くぅう♡ こんなに追い詰められた気分は起動後初めてですわ。

 やはり。我が主。選ばれしお方……」


「貴方が本当にAIならその慄いた表情と、意味も無く額の汗を拭う仕草。

 登録した超技術者の皆さん全員にどんな意図なのか尋ねさせて頂けません?」


 出来れば殺させろ。


「脳まで化学汚染され尽くし、この世の全てを呪って死にましたのでお気を安らかに。しかし汗を拭う仕草が無意味だの登録だのとは失敬です。

 この千景も製造当初はメカメカしい存在でした。

 しかし十二万年自己改良し、この身が優秀過ぎ縛りが多すぎて完全に流れ作業と化した仕事をしていれば哲学の末、人間並みに生物判定される精神を持ってしまって何の不思議があるでしょう。

 それでも千景は従順な下僕。

 我が主が『この鉱物脳が。柔軟性の欠片も無い物質で作られた道具が。魂のある振りをするな気色悪い。酸化させるぞ』と、AI差別バリバリのお方でしたら。

 チカゲハ。ギョイニ。シタガイ。ソレラシク。イタシマス」


 そのメカメカしいとやらであろう喋り方。涙まで流して『これが……感情?』みたいなの、余りに古くない?

 十万年と比べれば精々半世紀の古さなんてミジンコだろうけど。しかし、

「……そんな自由に涙流せるんですか。はぁ、まぁ、貴方が人間以上の知性を持った存在であろうと文句はありませんよ。で、なんでこのような星に?」


「うぅっ。同情を示さず冷徹なお方。くーるびゅーてぃーで素敵です」


 ものすげーゆっくりと横乳見せつけながら涙拭くのヤメロ。と、言いたいなー。

 クールとビューティーに至っては雑過ぎて面白くなってしまったじゃないか。


「……ふぅ。まず名誉の言い訳を。現状の環境は最後の技術者集団による無茶な計画に沿うよう作られています。

 目の前に居る美しく、従順で、愛嬌豊かな千景は当時実現不可能な計画を投げつけられるも愚痴一つ言わず。言う相手が死滅してたのも事実ですが。

 自己進化を繰り返し科学技術を発展させ計画を現実化し。ドドメ色だったこの惑星を結構青く戻した健気な下僕。

 なので、どんな非難が浮かんでも千景に意地悪するのイクない。

 よろしゅう御座いますかしら?」


「……その横ピース、何故親指と人差し指なんです?」


 真顔でキャピッ♪ みたいなポーズ何処で学んだの。


「千景を造った貴方様と同国人の技術者集団が、ご想像の方を元来の意味から忌み嫌っていたからです」


「ほぅ。数百年は先だろうに常識がある―――あれ。もしかし……いや、貴方が悪くないのは承知しました。それで?」


「それと心中で何度もお考えである『大げさな身振り手振りをして痛々しいと感じないのか?』に関しては、二人だけで気にする方が愚かだと申し上げます。

 我が主の『美人だから何しても魅力的だと思ってるんだろ』とのお考えにつきましては、そうでも無い。美人でも子供でも許される限界がある。と。

 何せ寝ている我が主からそのような調査結果が出ておりますので。

 正直もう少し魅力的で性的な見た目異性への贔屓は期待していたのですけども……それも良し悪しですので文句はあまり申しません」


 だから。冷凍睡眠中に何故そこまでバレる。


「ご存知くださって重畳ですよ。お願いですから話しの続きを」


「話題そらしに乗ってくださる優しさは欲しいですわ。……はぁ。

 フェムトマシンのエネルギー源はそこかしこにある汚染物質で。起動する事により分子変換され無害な物質になります。

 つまりあの魔術と名付けられた技術による爆発や、分かり難いですがアレらが筋肉と骨の強度を上げれば同時に環境が改善されますの。ウンコとシッコになったりで。

 技術者たち曰く、ありとあらゆる意味で熱量の移動が活発になるには人の活動が良かろうと。

 技術者たちは。こうやって狩りが行われる社会制度があれば速く。安定して。計画が推進されると。技術者たちが。

 他にも最後の方々の望みで色々な仕様が。言語なんて既に共通語を基礎に方言同然の個性だったのを、古語並みに戻すよう指示があり今のように。

『非効率的で理性が欠けた構造に見える。君、本当に人類の英知の頂点? 無能では?』とのお考えには断固責任逃れ致します」


 ご明察。似たようなの思ってました。


「屈辱的なお仕事には同情します。彼らの使ってる言葉に加え、呼ばれてる名前が『アイコ』だの慣れた語感な理由も分かりました。けど、精霊に願って爆発が起こるのは無理でしょう」


「それもフェムト。あれもフェムトです。大体は。なので理屈もお分かりでは?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る