滅亡と抗い力尽きる寸前のジル王国1

「陛下。我らを何の為にお呼びでしょうか。どうか御意をお教えください」


 王家の避難都市候補とされていただけに、十分広いトキョの謁見場で王太子の声が響く。


 集まっているのは呼び出した王コブラ・ジル。その王太子クウ・ジル。

 第一王女リン・ジル。第二王女ジミナ・ジル。

 大神官ミチザネ。近衛騎士団長ユリ・コイケとなる。 


 夜半を過ぎており、呼び出しが急であったため寝間着同然の者も居る。

 それでも軍人のリンとユリ。それに第二王女の護衛兼貴族への連絡役である若者たちは帯剣していた。

 当然だ。人は史上この上無い苦難を受けており、この地に来てから暗い会議をし続け、みな剣を手放す気になれない日々を過ごしている。


 既に王の命令で扉は閉められ、灯りを付けていた使用人も遠ざかり会話を邪魔する者は居ない。

 なのに……王子の問いかけにも王は口を動かさなかった。

 誰しもが奇妙に感じた。王は事を急ぐ性質なのに。


 王が周りを伺う。

 その様子に全員が驚愕した。どう見ても、怯えている。

 あり得ない。全ての国を征服した英雄王。全ての人から畏怖される男が?

 激変した今日までの窮地でさえ、決してこのような姿を見せなかったというのに。


「―――呼び出したのは、余の意にあらず」


 そしてあからさまな躊躇の後、王が言うと。

 謁見場の端。全員から離れた末席に近い窓際。誰も居なかったはずの所から、


「私が願いました。お疲れのところ申し訳なくありますが少しの時間を頂き、皆様の苦難についてご説明しようとお呼びを。ご辛抱ください」


 人々が一斉に振り向く、より速く。

 王女リンが振り向きざま抜剣。近衛騎士団長は背を向けたまま声と王の間へ。

 居たのは一組の、特異な見た目を二つ持つ男女。ただ男の方は基本凡百。

 もっとも国の最上位の者たちに囲まれて何の緊張も見せない時点で異常ではあったが。


 一方で男の三歩後ろに立つ若い女は何一つ普通で無かった。

 王家の者たちが初めて見た。と断言できる彫像じみた美しさにはしたない体つき。

 更には何処かの礼節に則った物を無理に娼婦用としたかのような服。

 

 王の長女として礼節と軍に生きてきたリンの喉元へ多くの言葉が浮かぶ。

 気狂いか。とも思う。


 しかも猿のように耳が顔の横にある異形。醜い。とは言わないが、同じ人間か不安を感じる。

 更には男の短い髪。女の床に引きずるまで長い髪。共に貴種の色である黒だけで染められている。

 これで王とその一族の前に出てくる人物は、口を開かせず兵に処分させるのが最も正しい行動だろう。

 

 しかし王に兵を呼ぶ様子も、口を開く気配も無い。

 ならば前に出るのは自分であるとリンは抜き身の剣を男へ向け、

「お、お待ちくださいリン殿下! その方へ剣を向けるのは、如何なものでしょうか?」


 誰もが驚いて発言の主ミチザネを見た。

 王とその一族の前へ出るには不敬極まる異常な二人。

 武器を持っていないようには見えるが警戒して当然の相手に『その方』?

 何より大神官という立場に相応しく、決して動揺を見せないミチザネのあからさまに狼狽えた声が驚きだった。


「あ、その。つまり。……。殿下、そちらのお二方のご意思を、陛下はお認めになり我らをこの場に。なら相応の礼儀がありましょう」


「そう申されましても猊下、このように髪を染め……いえ、確かに。分かりました。

 ではお前たち。我らの苦難の説明とやらを。疾く話してもらおう」


 そう言って剣を下げ、一応の礼儀を守って尋ねるリンに男が、

「はい。ただ最初に礼節を知らず苛立たせる事を謝罪させてください。それとこの髪の色がご不快で? 元からこの色なのです。何か誤解されてるかと」


 声と態度は実に丁寧。しかし王女リンは不快とも言って良いものを感じる。

 やはり畏怖が全くない。

 二人が何者であろうとこの地に住む全ての人の命運を握っている王と、自分たちを何処か……もしかしたら下に見ているかのような。

―――気狂いの類としか思えない。


「旦那様。このモノたちにとって黒い髪は統率者の証。尊貴の色なのです。

 六千年ほど前。統率個体として造ったモノへ特徴としてアレらのような一部分の黒髪を与えまして」


 そう初めて口を開いた女の声は美しく、男へ媚とさえ言えそうな深い敬意がこもっていた。

 同時に自分たちを表現し難いまでにどうでも良い者として見ている事も、その高貴な黒き一房の髪を持つリンは感じた。


―――怒り斬り捨てるべきだろうか? とも思う。

 だが……視界の端で確認したミチザネと王の、驚愕と恐怖で塗りつぶされた表情で思いとどまる。

―――敵、であろう。しかしもう少し様子を見た方が良い。


「成程。そりゃこの髪は不快か。六千年前の血が今でも支配者層とは凄いね。殺し合いの時代を続けてよく残ったなぁ」


「勿論数多の血筋が断絶を。しかしフェムトマシンへの適合を高くした強個体の証明ですし始まりが始まりの為、敬意が産まれ勝者も殺すのを躊躇しましたの」


「義理堅い事で。何にしても私の時代の商人みたいに隠れて安全を確保したのでは無く、注目を集める立場で力を振るって生き残るのは尊敬すべき賢さじゃないかな。

 ところで……黒髪なのはやはり?」


「はい。元が旦那様の国ですから。申しましたように最後の方々の意思の一つで。

 旦那様に言わせれば懐古趣味。追い詰められ気が狂った虚栄心。現実逃避の夢見る夢子ちゃん浪漫。になりますわね」


「……前そう言ったのはその時代に居なかったからで。

 自分のだけでなく、数百倍はあるあの悪の枢軸国家のウンコに埋もれて死ぬ羽目になった方々の感傷は、致し方ないと理解してるからね?」


―――いい加減にしろ。

 こちらを揶揄してる事しか分からない会話はもう十分以上である。

 リンは意識せず出た硬い声で、

「説明とやらは、まだか?」


 言われた男の申し訳なさそうな顔。そして男だけ・・を見て楽しそうにしている女の顔両方がリンの勘に触る。

 まだ戯言を続けるなら。そして下らぬ内容なら、兵へ手荒に外へ叩きだすよう命じると決め、

「失礼しました。まず皆さんが困っている事。森の氾濫は終わりました」


『―――は?』


 この上無い話。しかし戸惑いだけが浮かび、ほぼ全員の驚きの声が揃う。

 突拍子が無さ過ぎるし、何より終わったか人に分かる訳も無い。

 何せその氾濫は、多くの者が全てを捨てて守ろうとした最も重要な、

「目的であった王都と途中に住む方々で大体一千万は殺せましたからね。

 それとイズミ領とそこの次男で……骨奴隷術でしたっけ。

 人の骨に魔結晶を付けて労働力にする技術を開発していたシンジロウも一族ごと処理出来ました。

 後は皆さんに説明して国策である焼き畑―――森を焼くのを止めて頂ければ、予定の最大数を生存させて終われるのですが……陛下と、おや。猊下も同意頂けますか。

 なら次の後継者……」「クウ・ジルです旦那様」

「失礼しましたクウ・ジル殿下。今の説明で森を焼かないよう動いて頂けますか? 三年ほどは時間を与えますよ」


 国を継ぐ者であるクウ・ジルは戯言だと思いながら。まず父王の様子を見て、

 真剣に目を疑った。信じられない表情が。父の顔に在った事が無く。常にその前に居る者が見せていた恐怖と屈服が現れていた。

 そして父の次に畏敬する大神官ミチザネの顔にまで。


 しかし他の者たちには当然の敵意がある。

 なら自分はまず尊重してる態度を。と、判断し、

「余りに急な話で。出来る限りの説明を聞きたく思います。

 ああ、どうぞ名乗ってください。それと何処から来られたのですか?」


「初めまして。とは申し上げません。私は名乗る意味の無い者ですから。

 皆様を調整する仕事を彼女から与えられた者。とだけご理解ください。

 しかし出来る限りの説明となると皆さんが哲学的な……あー、無駄な苦しみを考え始めたらと心配ですが、お望みなら」


―――我らがこの気色悪い男の言葉で苦しむ? 自意識過剰も甚だしい。やはり妄想に取り付かれた病人なのか?

 王が此処に居なければ直ぐに叩きだすのに。と、多くの侮蔑の視線を受けた男は苦笑を浮かべるも続けて、

「皆さんの歴史認識と違うと思いますが、私と彼女の認識ですとこの大地は。

 私みたいな人間と呼ばれた者たちが好き勝手した挙句、一度生き物がほぼ居なくなるまで壊れてます。それが十数万年前。

 その壊した人たちが大地を元へ戻そうとして作られた仕組みの管理者が彼女。

 ですから皆さんの生活もこの大地を元に戻す仕組みの一部でして。中でも重要なのが広大な森になります。

 なのに焼き畑を習慣にする国が統一した挙句、国策として進めた。

 更にはイズミ家のシンジロウが死体まで奴隷にする技術を開発したでしょう。こうなると千年と経たず仕組みが壊れてしまうんですよ。

 それで仕組みが今後も動くように。全ての生き物が循環し続けるよう獣たちで皆さんを調整し終わったのが今です。

 ……で。どうしたらいいかな嫁さんや。脳の病人に時間を取られてお怒り。といったご様子だけど」


 そう男が横の女に尋ねた所で王女リンが二人の背景を確かめようと、

「関心もしているぞ病人。見分を広げるよう努力してきたつもりだが、此処まで誇大な妄言は初めて聞く。

 もしかして……何処かの森に住んでいる民族の使者か? ならば特有の表現というものかもしれぬが、今少し我らに合わせた言葉を選んでくれ。辺境の蛮人への理解にも限界がある」


 男が面白そうに口を緩め、病人にしては愚弄に反応しないな。いや、単に様子見の挑発だと分かりやすすぎたか。と、王女は思う。

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