第6話 俺のはじめての魔法は色々とヤバすぎる

翌日、教会から酒場に向かい、そこで合流した俺とルナは掲示板の前で頭を悩ましていた。

なぜなら、スライムの素材集めの討伐の依頼がなかったのだ。


「ないんだから仕方ないでしょ、あきらめてこの依頼を受けるわよ!」


と彼女が突き出してきた依頼を確認してみる。

ゴブリンを5体討伐で報酬が100ゴールド。


「・・・あの~ちょっといいですかルナさん?」


「何?」


「そのゴブリンはまさか刃物なんて持ってませんよね?」


これはとても重要な事だ、奴等の武器がこんぼうとかならまだ安心だが、もし殺傷能力のある武器なら・・・・・・・・想像しただけでとても恐ろしい。


そんなこちらの恐怖心など気にも留めず。


「持ってる奴もいるわよ、それに弓を使う奴だっているんだから」


なにそれ、当たり所が悪ければ普通に死ぬじゃん。


「できればもうちょっと安全なのにしません? 俺の装備のことも考えてくださいよ」


高校指定の制服は防御面においては心許無い、そもそも刃物を相手にするように作られていない。

斬り付けられれば“〇〇ダメージ受けた”では済まずそのまま“出血して命を落とした”となりかねない。

考え直すように心からお願いすると「大丈夫よ私がいるんだから」と無い胸を張る。


「いや無理━━━━」


「つべこべ言わずにさっさと行くの、良いわね?」


薄ら笑いに拳を添えて脅迫、こいつの強さを知っている俺は抵抗など無意味と悟り嫌々ながらも死地へと向かう事となった。





ゴブリンを探して森の中をさまよっている最中ふとある疑問が生じた。


「なぁルナ、このゴブリン5体討伐って依頼なんだけどさ、受付の人はどうやって倒した数を確認してるんだ?」


ゲームなどではそこらへんは深く考えなたったが、実際に自分がやることになるとちょっと気になってしまった。このまま帰って適当に倒したといっても大丈夫なんじゃない。

邪な考えを抱く俺に前を歩くルナは立ち止まることなく答えた。


「討伐の証として身体の一部分を切り取って既定の数だけ持って行く。ゴブリンだったら左右どちらかの手か足首で良いでしょうね」


「うげっ! そんな事するのかよ!」


思わず顔を顰めてしまう。

生物の手足をもぐなんてした事ない。そういう事して楽しめる子供ではなかったのだから。


「何その反応? あんたもしかして血が怖いとか言わないでしょうね」


「生憎俺は見慣れてないんでね、対象がなんであれ身体から流れる血を見るのは若干抵抗がある」


「情けない。そんなんで英雄になんてなれるとでも思ってるの? 英雄は人間に害なす存在を一匹残らず殺さないといけない、必然的に多くの血をその身に浴びる事になる。本気で目指したいなら克服すべきね」


確かにゲームで主人公たる勇者は多くの敵を倒している。そうやって経験を経て強くなっていく。

今俺はそんなゲームみたいな世界にいるのだからこの先生きていくためにも克服しないといけないのかもしれない。


「分かってる。すぐに慣れてやるさ」


「そ、まあ精々頑張りなさい」


忠告を受け止め先へ進む。


「ところであんた魔法とか使えないの? よくよく考えてみたら近接のその絶望的な弱さって実は魔法主体の戦い方をしてきたからなんじゃない?」


「違う・・・」


絶望的な弱さ・・・こいつ俺の事をそんな風に思ってたの。


「あ、そう・・じゃあ魔法は?」


「使えない・・」


「あ、そう・・」


魔法が使えたら俺はお前に沈黙魔法をかけてるよ・・・って、魔法!? 魔法と言ったか? やはり異世界には魔法があるのか、これは是非とも使ってみたい。炎を手から出したり、雷を落としたり、なんてファンタジーなんだ。


「魔法って誰でも使えるの?」


「ええ、使えるわよ、私だって多少は使えるしね」


「俺も魔法を使ってみたいんだけど」


「じゃあ早くゴブリンを見つけて倒すことね、それからよ」


よし、なんだか燃えてきた、魔法使いユウタの誕生だ、頑張ろう。


そうこうしてる間にやっとゴブリン6体のグループを見つけ茂みの中に隠れ様子を窺っていた。

たかがゴブリンと言えど少々数が多すぎる気がする、刃物を持ってる奴もいるし。


「どうするんだよ、数が少なくなるのを待つか?」


「別に問題ないわ、さっさと行くわよ」


と気にせず突撃して行った。なんと勇ましいことで、俺もただ見ている訳にもいかなかったので後に続き武器を持っていないちょっと離れた所にいたゴブリンに戦いを挑んだ。


素手ゴブリンなど恐るるに足らず、そんな意気込みで向かったのだがそんな事ない素手でも奴は十分強敵だった。何より奴らの爪が鋭く尖っていて超危ない。


しかし怯んでいる場合ではない、ルナは5体の相手をしているのだ。しかもその中にはナイフを持った奴もいた、しかし、ルナの実力なら少し苦戦するだろうが何も問題はないだろう・・俺は目の前の敵を急がず安全に倒すことに集中すればいい・・・・・・・・が、この考えが甘かったことを後で知り後悔する事になる。


「俺のこんぼうの餌食にしてやるぜ!」


叫びながらこんぼうを振り回し威嚇しながら接近するがゴブリンは様子を見ている。


「ほう、うかつには近寄って来ないか、お前できるな」


にらみ合う俺とゴブリン、どちらも相手の出方を窺っている。

この勝負先に集中力を切らした方がやられる・・・。

俺たちを取り巻く空間だけ時が経つのを止めたかのように感じるほど何も聞こえない、それだけお互い集中していた。

そんな俺とゴブリンの間に微かな風が吹き渡り砂埃が舞う。


自然に生きる者の勘だったのかもしれない、その時舞った砂が俺の目に吸い込まれるように侵入し視界を一瞬真っ黒に染め上げるその瞬間を待ち望んでいたかのように奴は仕掛けてきた。


「くそっ!」


足音が近づいて来る。

俺はすぐに体を捻り横に避けたが、ゴブリンの爪が体をかすめ服とその下の皮膚も少し切れた。


「くっ、やるじゃねえか。好機と見るや否やの思い切った踏み込み、今のは惜しかったな、俺がすぐに反応しなければやられていたかもな」


視界がクリアに戻ってこんぼうをしっかりと両手で握り直し構える。

運良く避けられたが今のは危なかった。

ゴブリンと侮っていたら死ぬのはこっち、ゲーム感覚で相手を見てはいけない。

これはれっきとした殺し合いだ。


「やってやる」


覚悟を改め向き合う、するとゴブリンはまたしても手を振り上げ真っ直ぐこちらに向かってきたので、すぐにゴブリンの右側に飛び退いたつもりだったが少し遅かったようだ、またしても切り傷を作ってしまったがそんなことはこの際どうでもいい、俺はこんぼうを振り上げ頭に向かって全力で振り下ろした。


「くらえ!!」


頭に命中、ゴギッと鈍い音を立ててゴブリンは地面に崩れ落ちた。

魔物と言えど人型、普通の状態なら殺した事に罪悪感が湧いてしまいそうだが今は命のやり取りがある極限状態、勝利を喜ぶ気持ちの方が強い。


「はぁ、はぁ、お前もなかなか強かったが、俺には劣ったな」


ゴブリンのくせしてなかなかやる奴だったなかなり時間を掛けてしまった。ルナが心配だ早く加勢しないとルナでもヤバいかもしれない、すぐにルナの方に目をやるとそこには信じられない光景が広がっていた。


「まさか・・・・ウソだろ!?」


なんと・・・・・・・・・ルナが・・・・・・・・・・・座っていたのだ・・・・。


座ってこちらを暇そうにかわいそうな奴を見る目で見ていた。


「ようやく終わった・・・全く、あんな奴1体にどんだけ時間掛けてんのよ。あんたが戦ってたゴブリン武器も持ってなかったじゃない、それになにが『お前もなかなか強かったが、俺には劣ったな』よ、どっちも大したことないっての、あんたはもっと相手の動きをよく見て行動しなさい、それにねえ・・・・・・」とその後も反応が悪い、もっと体を鍛えろ、etc。


さんざんな言われようだった。鬼教官かよ。


こんな事なら多少強引にでも攻撃してもっと早く倒せば良かったと後悔した。


ルナによる説教が終わると待ちに待った魔法の時間だ。


まずルナがお手本で見せてくれた。


「私は基本的に近接戦だからあんまり多くの魔法は使えないけど・・・・こういうのは使えるわよ」


ルナは手を胸の前に突き出す、すると突然彼女の周りを風が包んだ。


「おおおおおお!! すげぇぇぇ」


驚いている俺を前にルナはドヤ顔で説明した。


「この魔法は唱えた人の周囲に風を纏わせ、その風によって弓などの攻撃を無効化することができるのよ、ま、初歩的な魔法ね」


「俺も使いたいんだけど、どうすればいいんだ?」


「今のあんたには無理」


「なんでだよ!」


「魔法を使うには魔導書が必要になるの」


「何!? それはどこで手に入れるんだ?」


魔導書か・・・なにかの依頼の報酬かどこかの遺跡に隠されているのか・・・ともかく、簡単には手に入れられないのだろうな、ちくしょうめ!


「町で売ってるわよ」


「・・・・・え!?」


「だから、町で売ってるって」


・・・・そういう事は早く言えよ、全く。


早く魔法が使ってみたい俺はすぐに倒したゴブリンから素材を剥ぎ取って町に帰還したかったのだがその為にはやる事がある。


「はい」


ルナが血がべったりこびりついたナイフを布で拭っで突き出してきた。

既に自分が討伐した分は素材の回収まで終わらせているらしい、束ねられたゴブリンの右手がなんともグロい。

しかしこの世界で生きていくには避けては通れない事、覚悟を決めて実行した。



結局、ルナにほとんど手伝ってもらう結果にはなったがどうにか終えて酒場で報酬を受け取りそれをルナと半分に分け、ゴブリンから剥ぎ取った素材を売ってお金にして(ゴブリンの素材は大したお金にはならなかった)魔法道具店に入店した。


「いらっしゃいませ」


店に入ると俺達に女の子が挨拶してくれる、黒髪のポニーテールで中学生くらいだろうか、背は低く、声も子供っぽい。

家の手伝いをしているのだろう出来た子だ。

若干おどおどしているその子に尋ねる。


「魔導書を買いに来たんだけど、ありますか?」


「あ、はい。それではどちらの魔導書に致しますか?」


そう言われ差し出されたのは4つの本だった。


「左から低級魔導書、中級魔導書、上級魔導書、特上級魔導書になります。値段はそれぞれ300ゴールド、600ゴールド、1500ゴールド、3000ゴールドになっており値段が高い魔導書ほどすごい効果のある魔法が覚えられるようになってます」


予想はしていたが・・・・・高い!! お金が足りない・・・。


だがすぐに魔法は使ってみたい・・・・・・しかたない。


俺はルナの方にゆっくりと歩み寄り、プライドなんてものは捨て去って深々と土下座して「お願いします、お金を貸してください!」と頼み込んだ。


彼女はすこしの間を空けて「はぁ・・」とため息をつき黙ってお金を貸してくれた。俺の熱意が伝わったのか、心底あきれ果てたのか。たぶん後者だろう。


数々の苦難を乗り越えようやく俺は低級魔導書を手に入れた。低級魔導書は他の魔導書に比べて一番薄く、すぐに読み終わる程度のページ数。


「これはどうすれば?」


カウンターの女の子に尋ねる。


「最後まで目を通していただくだけで大丈夫ですよ。そうすれば魔導書に書かれた術式が眼を通して作用し魔力の編み上げ方が身体に刻まれ後は魔力を流すだけで魔法を扱える様になります」


「刻まれるって、痛いの?」


「いえ痛みはありません、感覚として身体に染みつくと言った感じです。頭で考えなくても反射的に魔力の流れを制御し魔法の形に変えてくれる様になるんです」


うん、よく分からん。まあ痛くないなら気にしなくても大丈夫だろう


「この魔導書はどんな魔法が使えるようになるんです?」


低級という名前からして大した魔法は覚えられないのだろう。でも、初めはそんなもんだろう。


「使えるようになる魔法は人それぞれです、火、水、氷、雷、風、土、闇、光の属性を持つ魔法の中でその人が覚えたいと思っている属性の魔法が覚えられます。

例えば、火を扱いたいと念じて本を読めば火属性の魔法が、水を扱いたいと念じている人は水の魔法が使えるようになります、低級の魔導書で覚えられる魔法は低級魔法であまり強い効果を持った魔法は覚えられませんが、稀に低級魔導書でも特上級魔導書クラスの効果の魔法を覚えることができるようなすごい才能を持った人もいます、でも、そんな人はほとんどいませんけどね」


結局どの世界でも生まれ持った才能というのは重要らしい・・・俺の潜在能力頼みます、せめてこの世界では俺にすさまじい才能を、そして、俺に特上級魔導書クラスの魔法を与えたまえ。

それぐらいのチート能力はあってもいいと思います。だって異世界転生だもの。


とりあえず心の中で火の魔法を念じてさっそく目を通す、すると瞳から少し熱っぽさを感じたが言われた通り痛みはない。

やがてそれが消え、魔導書から顔を上げる。


「どう?」


ルナが聞いてきた。


「恐らく取得出来たはずだ」


「じゃあ見せてよ」


「良いだろう」


という訳で店の外に出て天へ向かって手を掲げる、そして気付く。


「魔力ってどう流すん?」


「はぁー!?」 「えっ!?」


ルナと店の女の子が驚愕の声を上げる。

え? この世界では魔力流せるのが普通なの? 


「それって身体をどう動かすのか聞いてるのと同じなんだけど、分かってる? そんなの人から教えて貰うまでもなく出来て当たり前の事じゃない。本当に分からないの?」


まるで駄目人間を見るかの如くルナが心底呆れたかの様な目を向けてくるもんだから自己尊厳防衛本能が発動。


「じょ、冗談だよ! 分かってるよそれくらい!」


嘘を吐いて尊厳を守った。

こうなった以上聞くにも聞けず困り切った挙句に取った行動は空に掲げた手に何か力と気合を込めてみるというもの。

困った挙句の苦肉の策ではあったのだが何という事だろう、魔法は発動した。

何も無かった場所から現れ空中から降り注ぎたるは液体の様な何か、それは真っ直ぐとルナの頭上に落ちて行き彼女を襲った。

ただの液体では無い、何かヌメヌメしたもの。


「何、これ?」


ヌメヌメ塗れとなった自身の惨状を見てルナが呟く。


「何これ?」


もう一度、今度は俺に向けて殺気混じりの視線が向けられる。

状況から考えてこのヌメヌメは俺の魔法が生み出した物と思うのは仕方がない、実際そうなのかもしれないがこれだけは言わせてもらいたい。断じて意図したわけでは無い! これは言うなれば事故なのだ。


「これが何かは俺も分からん。ただ、ごめん・・・」


わざとじゃ無いんだ心から謝れば許してくれるだろう。


「・・・・・・・なんて魔法覚えてんのよ!!」


と叫び俺の顔面を殴って店を出て行った。


・・・・・・まぁ、こうなるよね。


殴られた所を手で押さえて、店の女の子に聞いてみる。


「俺、火の魔法を覚えたいと思って本を読んだんだけど・・」


女の子は心底驚いて、


「そんなまさか、念じた属性以外の魔法になるなんて聞いたことがありません!」


・・・いや、ここはいきなり特上級魔導書クラスの魔法を覚えて驚かれるところだろ、異世界転生ってそんなもんだろ、なんでこうなる?


「この魔法、なに属性だろう?」


「水、だと思いますけど、すいません、私も初めて見たのでよく分かりません」


その後とぼとぼと一人彷徨い歩く。


「あ・・・・金がない・・・・どうしよう・・・・」


そう呟いて歩き出した。


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