第4話 異世界の現実
飛びかかってきた猛獣、体躯こそ大きめな犬くらいだが鋭利な爪と大きく広げられた口はまるでライオンの如し。
夜の闇の中でも鋭く光る二つの真っ赤な眼が赤き閃光となって俺に迫って来る。
もう駄目だ。
転移してまだ数時間、早くも旅の終わりが訪れようとしている。
いやいや、死ねるかよ。
たかが犬っころ一匹、人間様がどうにか出来ないわけがない!
「うおおぉぉー!!」
右手で拳を作り飛んできた犬の顔面に全力の一撃を放つ意気込みで腕を前に突き出したのだが動物って素早い、もう目の前あたりに迫っていて結局その手は守りに使う事となる。
ガジガジと右手の齧り付く、幸い高校指定の制服を着込んでいたおかげで牙はまだ肌まで到達していないがそれも時間の問題だろう。
振り払おうとしても食い付く力が強くて全然離れない、残った左手でポコスカ殴ってみるが動じない。
このままでは右手が持っていかれる、そんな恐怖から俺は叫ぶ。
「誰か助けてっ!!」
こんな時間こんな場所に人がいるはずないのに叫ばずにはいられない、誰かによる救い、それだけが今の俺の生きる希望。
その願いは届いた。
ビュンと風を切る音、直後俺の手に齧り付いた犬みたいなのはそこに頭だけ残して弾けた、恐ろしい力を胴体に受け木っ端微塵にされたのだ。
びちゃりと血と臓物が舞い散って木やら地面やら俺やらにへばり付く。齧り付いていた犬の頭部がポロっと落ちてコロコロと転がって行った先にいたのは助け、ではなく抵抗する意思すら奪う更なる絶望。
体長三メートルほどはあろうかという熊の様な何か。逃げるのは不可能と諦めその場で倒れ込み死んだふり、もうこれ以外希望は無い。
しかし震えが止まらない、ぶるぶる震える新鮮な獲物、見逃すはずなかった。
熊の息遣いを顔に感じる、口を広げて食べようとしている。
誰か助けて、今度は心の中で叫んだ。
すると祈りは通じた。
突如、木々の隙間から影が現れ、今にも俺を美味しく頂こうとしていた熊の頭を一瞬で斬り落とした。
大量に血が溢れる、グロ耐性はありますけど実際見ると・・・・・かなり気持ち悪い。
吐き気を催し口を抑え必死に堪える。
そんな俺とは対照的にそれをやった人は何事もなかったかのように剣の血を払い、こちらを振り返ると「そこのあんた、大丈夫?」と一言、登ってくる胃の内容物をどうにか押し留め声を絞り出す。
「あ・・・・・はい・・・・ありがとうございます・・・」
俺の危機を救ってくれたその人は女の子、それも俺と同じくらいの年齢だ。
いかにも異世界な銀色の髪を肩あたりまで伸ばしたきれいで凛々しい子。
「怪我は?」
「・・・大丈夫です」
そう返事を返した直後、吐いた。
原因は多くの血を見た所為でもあるがそれ以上に死にかけたと言う現実が今になって急激に恐怖を運んできたのだ。
彼女がいなければ喰われて死んでいた、死が背中まで迫っていた。
震えを止められずにいると「はい」と彼女が何かを手渡してきた。
「水、飲んだら少しは楽になる」
「・・・あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」とその子はこちらに背を向け先ほど倒した魔物に近づいていき、ナイフを取り出しなにやら必死に手を動かしていた。
何をしているのか気になった俺はそんな彼女に近づいて、また吐き気に襲われる。
「馬鹿っ! じっとしてなさい」
彼女はたった今倒した獣を解体していたのだ。
皮を剥ぎ取り肉を削ぐ、さらに牙や爪まで丁寧に。
「せっかく倒したんだから取れるものは取っておかないと」
手を真っ赤に染め上げ熱心に作業する様子をさすがに見ていられず背中を向ける。
それからしばらくして、俺の吐き気も完全に治ったくらいに作業を終えた彼女は物騒なナイフを納めこちらに振り返る。
「あんた、こんな時間にこんなところで何してたの?」
冷たい表情をこちらに向けて聞いてきた。
「俺はこことは違う世界で死んで今さっきこの世界に神様の力によって転生させてもらってやって来たんだ!」と答えたら間違いなくおかしな奴扱いされるだろうから。
「えーと・・・・ちょっと道に迷いまして・・・・・よければ近くの町か村まで案内してもらえると助かるんだけど?」
そう答える俺を怪しむように少しの間ジロッと見つめて。
「ふ~ん、そうなんだ・・・まぁいいわよ、近くに『エレボス』っていう町があるからそこまででいいなら案内してあげる」
「助かったよ、え~と・・・・」
「私の名前はルナよ」
「俺はユウタ、よろしく」
「そう、それであなたは何をしてる人なの? こんなとこまで来るなんてどんな仕事よ?」
その質問に俺はすぐには答えられなかった。
なぜなら、今の俺はこちらの世界に来たばかりで何をしているわけでもない、年齢的には学生なのだがこちらの世界に学校というものがあるのかも分からない。
いや、しかし、ここで「特に何もしていません」などと答えようものならば・・・・・・・そう、その先は想像できる。仕事もせず森に入って迷子になり挙句の果てに泣きながら助けを求めていたダメな奴として冷ややかな視線を向けられるに違いない。
そんなのは俺のプライドが許さない。
しかたない、こうなったら。
「えーと、俺は・・・・・勇者・・・・かな」
そして、ルナの反応は、
「勇者・・・・・・プッ・・・・」
ルナは一瞬笑いそうになったがすぐにそれを誤魔化すように。
「コホン・・・・そう・・・勇者さん・・・・で、勇者さんは森に入って道に迷い、魔物に襲われて泣いて助けを求めていたという訳ね。勇者ってどういう意味か知ってる? 勇気を持って危険な事に立ち向かう人のことをそう言うのよ」
・・・・・・・ムッ。
こいつ、笑いやがった、それに今の言い方は誰がどう聞いてもバカにしているのが明らかな言い方だ。なんて失礼な奴だ。
だがしかし、彼女は命の恩人だ、ここは我慢しようと決意した俺にさらに追い打ちをかけてきた。
「ずいぶんと頼りない勇者さんね、なんか服装もパッとしないし、それ以前になんで何も持ってないのよ、勇者なら武器の一つでも持ってなさいよ。勇者を語って遊ぶのは勝手だけどもっと安全な所で遊んでなさい」
などと、その後もトゲのある言葉を俺の心に突き刺してくる。
おいおいおい、さすがに我慢強さには定評のある俺も我慢の限界だ。
「そこまで言う事は無いだろう!! 俺はまだまだ駆け出しなんだよ! これから経験値を積んで最終的には魔王を倒す未来の勇者なんだよ!!」
と言い返して何を言ってるんだと恥ずかしくなる。
元の世界でこんな事言ってる奴は総じて痛い奴に分類される。
「あの程度の魔物に対して泣きながら逃げ回ってる人が魔王なんか倒せるわけがないでしょ、バカじゃないの、もっと命を大切にしなさい! どうせレンフィーリス様に憧れて勇者なんて目指したんでしょうけど憧れでなれるほど簡単なものじゃないの! 身の丈に合った事をして平穏に暮らす方があなたの為、死ぬのは嫌でしょ?」
「誰だよレンフィーリスって、俺が知ってるのはロ◯の勇者くらいだ!」
「そっちこそ誰よ! って言うか本当に知らないの? レンフィーリス様はもうずっと昔に魔族の侵攻から人間を救ってくれた英雄、多くの書物にその功績が記されてるのに、本くらい読みなさいよ馬鹿」
たった今この世界で産声を上げた男に無理を言う、歴史なんて知るわけないだろ。
知らない奴の事なんて言い合っても仕方ないので俺はこの女に勇者とはなんたるかを教えてやるとする。
まず初めに村を出たての勇者とは弱いものだ。
スライムに負けることだってある、取り分け今は夜、この時間は多少強い敵とエンカウントすると相場が決まっている。
つまり当然の帰結だと言い合いをした後に彼女は呆れたように。
「分かった、このまま言い合っててもしょうがないし、とにかく、町に案内するから行くわよ」
それもそうだ、今はとにかく安全な所に行くのが先決だ、どんなヤバイ魔物がいるのか分かったもんじゃない、俺も同意してルナの後をついて行くことにした。
そうして、俺達は暗い森を進んでいき夜明けとともに町にたどり着いた。
道中多少の魔物の襲撃と度重なる言い争いはあったが無事生還。
「ようやく着いた~~~~!」
すでに体力の限界を迎えていた俺は、ようやくたどり着いた町に対して感動の涙が流れそうになった。そんな俺に対してルナは平然とした様子で。
「情けないわね、だいたいあんた歩いてただけで魔物と遭遇したときは全部私にまかせっきりだったじゃない、それなのに、なんでそんなに疲れてるのよ。そんなので夜喰いの森を夜に彷徨くなんて無謀とすら言えないただの自殺行為、今後もあんな馬鹿をするつもりならもっと力を蓄えることね」
「うっ・・・・・・」
そう言われると何も言い返せない。
ここで世界の話を持ち出しても理解できるわけないし・・・。
俺のいた世界では頭が重要視される世知辛い世の中だなんて言ってもね・・。
「ま・・・・まぁとにかく、色々あったけどここまで案内してくれてありがとうな」
と感謝を告げ歩き出そうとした時。
「あんたこの町に来るのは初めてなんでしょう?」
「え、そうだけど」
「だったら、ついでだから案内してあげるわよ」
「え! マジで、それはありがたいけど・・・・・・何で?」
「ついでよ、つ・い・で。あんたみたいな世間知らず放って置いたら周りにどんな迷惑を及ぼすか分からないし」
世間知らずではあるけどちゃんと最低限の常識はあるよ。
店で売ってる物を勝手に手にとって食べたり壊したりなんてしないよ。
凄いダメ人間扱いされている気がするが助かると言えば助かる。何処に何があるか教えて貰えたら無駄に歩き回らなくていいし。
というわけでよろしくお願いしようとした刹那、頭の中によからぬ予感がわいてきた。
まさか、こいつは道案内のふりして俺を人通りのない場所に連れて行ってそこで金になりそうな物(神様から頂いたありがたいプレゼント)を奪い取ろうとしているのではないか?
・・・・・・いや、たぶん違うだろう。
何かを奪うつもりなら出会った時にすでに狩られていただろう、こいつは案外面倒見が良いやつなのかもしれない。
口から出る言葉は切れ味抜群だけど・・・。
「じゃあ、よろしくお願いします」
案内をお願いし俺にとっての始まりの町へと足を踏み入れる。
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