2章 より深く、より深く

2-1 目の前には大きな壁が立ちはだかっている

 六階層デビュー以来順調にダンジョンを下っていたイヴたちであったが、九から十階層へ下りるにあたってつまずいた。


 なにせ『ボス』が出るのだ。


 十階層級の冒険者になるということは、九から十に至る階段前にいるボスを安定して素早く倒せるようになるということであり、このボスを軽くあしらえるかどうかが、『中堅冒険者』と『上級冒険者』を隔てる壁と言われていた。


「戦闘中に普通にボスに誘拐されそうになるの、めちゃくちゃ怖いな……」


『この世界』の魔物は女を快楽責めして行動不能にし、苗床に連れ込んで繁殖に使うというのが一般的な行動パターンだった。

 ボスと呼ばれる『階段を守る強い魔物』もこのパターンで行動しており、戦闘中に普通に一人小脇に抱えられて連れ去られそうになった。


『殺しにくる』魔物が怖いのは言うまでもないが、こっちが剣を抜いて応戦しているというのに、普通に誘拐を試みてくるのは、また違った怖さがある。


 今回誘拐されそうになったのは魔法使いで、十階層への階段を守るボスは後衛に真っ直ぐ向かってきてさらっていく牛頭の化け物だ。

 今回、なんとかさらわれずに済んだのは、運がよかったとしか言えない。


 あの巨体の突撃を止めるだけの圧力を前衛が備えるか、あるいは後衛がやすやすと捕まらないぐらいに素早く動きながら魔法を唱えらえるようにならない限り、あのボスを『安定して素早く』倒すのは難しいだろう。


 ようするに、火力が足りない。


 ボス部屋から出てすぐのところで車座になって『ボス対策に不足しているもの』を洗い出したあと、リーダーがこんなことを言い出した。


「……しばらく、それぞれで修行しないか?」


 冒険者というのは当然ながら『稼業』であり、冒険者は日々ダンジョンに潜って、そこで得た成果物を売却するなどして生活費を稼いでいる。

 リーダーの提言は『仕事を休んでスキルアップのために時間を使おう』というものであって、そのあいだの稼ぎをどうするかというのは、冒険者たちにとって課題だった。


 しかしいくら日雇い以下の出来高制商売とはいえ、蓄えがないわけではない。


「……わたし、魔法の先生のところに行ってみる」


「じゃ、ぼくはしばらく薬品を作り溜めしておきます。バックパックの拡張もしたいし……」


「……それじゃあ私は、神殿でもう一度修行をしてみるわ。でも……」


 魔法使い、錬金術師、イヴの視線がリーダーの方を向く。


 そして同時に、言った。


「「「リーダー、お金ないでしょ?」」」


「あるわ! …………ちょっとぐらいは」


「「「…………」」」


「い、いや、大丈夫。大丈夫だ。でもその、二週間ぐらいでまた集まろう」


「「「………………」」」


「うぅ……一週間でお願いします」


 かくしてパーティは一時期解散し、それぞれスキルアップに励むことになった。


 いつか牛頭の化け物を倒そうと誓い、少女たちはそれぞれ力をつけるべく、一週間の修行期間に入った。

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