1-11家に帰れば元気な妹がそこにいた

 イヴの家は都市郊外にある一軒家で、家庭菜園用の小さな庭がある。


 冒険者などが七階建てアパートメントの狭い部屋で寝泊まりしていることを考えると広い家のように思えるけれど、『家を持っている』と人に言ってイメージされる『家』よりはだいぶんこじんまりした面積だ。


「お姉ちゃん! ふゥゥゥゥゥン……! お帰りっ! はァァァァァッ……!」


 玄関開けたら褐色マッチョの妹がスクワットをしていたので、「ただいま」と告げて、熱気を放つ筋肉の横を通って自分のベッドへ向かう。


 家の構造は『もとの世界』と変わらない。


 持ち物には多少の違いがあったけれど、それは『この世界で過ごしていたイヴ』が長く冒険者をやっていたからという程度の差異でしかないように思われた。


 ……そう。『この世界』で過ごしていた、自分ではない『イヴ』の存在を感じるのだ。


 その『イヴ』は仲間たちと冒険者稼業をし、病気の妹の薬代を稼いで完治させ……


 ある日、一人きりでダンジョンに潜ったらしい。


 そしてしばらく音信不通になった。


 仲間たちは『どこかで苗床に囚われて産んでるんだろう』と思って、そこそこの必死さで捜索をして……


 そうして見つけ出したのが、今ここにいる自分……


『あちらの世界のイヴ』なのだった。


(『こちらの世界のイヴ』は、どこに消えてしまったのだろう)


 自分の精神だけがこちらに来て、もともといたイヴの肉体に入って……というような説を妄想してみたが、それはどうにも違うと思われた。


 服装の問題だ。


『こちらの世界』で発見されたイヴは、『あちらの世界』の服を着ていた。

 もしも精神だけが移ったならば、この世界特有の頭おかしい露出度の服を着ているはずなのだ。

 たとえば今イヴが着ている、腰の前後の垂れ布だけが下半身を隠す、股に魔物除けの符をくっつけただけの、ノーパン衣装のような……


(もしも、『こちらのイヴ』と『あちらにいた私』が入れ替わってるなら、向こうに行った『イヴ』は、病気のウルサの面倒を見ていてくれるかしら……)


『もとの世界』のことを考えると焦りがわく。

 早く帰って病弱な妹の面倒をみなければ……


 しかし、焦ったところでどうしようもない。

 イヴは呼吸を整えて、これから先の計画を練る。


(なるべく早く、二十階層級に到達して、国から男と触れ合う機会をもらって……男を連れてダンジョンに入り、『ダイスを転がす男神』を怒らせて、この世界から叩き出してもらう……)


 確実なところがなに一つない手段ではあったが、それ以外にはどうしようもない。


 なににせよダンジョンが鍵なのだから、冒険者稼業を続けるのは間違っていないだろう。


 妹。世界。信仰。

 悩むことは多いが……


「お姉ちゃん! どうしたの!? 悩み!? 筋トレしよ!」


 ……すっかり日焼けし、筋肉を身にまとっていて、ことあるごとにポーズを決めるようになってしまったが……


 それでも、妹の笑顔には癒される。


 だから『今、ここにいる妹』にイヴは微笑んで、言う。


「大丈夫よ。あなたが元気で、とても嬉しいの」


「うん! 大胸筋の調子がいいんだ! 見て! 私の大胸筋、踊るんだよ!」


「嬉しいわ」


 悩みすぎてもどうしようもない。

 適度に悩み、適度に悩むべきことを無視して、命を大事に、ゆっくり目標に挑んでいこう。


 なにせ、イヴの男女観念逆転世界生活は、まだ始まったばかりなのだから……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る