1-10 ミタ神は物陰からこっそりこちらを見ている

 男女のあれこれが色々逆転した『この世界』において、『もとの世界』で女神だった存在は、男神として扱われるようになっていた。

 すべての神の性別を確認したわけではないが、イヴの知る範囲内に限定すれば、例外なく男女が逆転している。


『清浄の男神ミタ』ももとの世界においては女神であったが、この世界では男神として伝わり、神殿にある像も男性のような造形になっていた。


 ミタの御姿は『ホウキを持った給仕』で表されており、もとの世界ではメイド服を着ていたが、この世界では執事服のようなものをまとっている。


 真っ白な石を削られてどこまでもフェティッシュに再現された、シャツとジャケットの重なる部分、石製とは思えない金属めいた光沢を放つカフスボタン、透き通るような瞳に、片目にかかった前髪……

 ホウキのふさ一つ一つまでが石を削っているとは思えないほど柔らかに表現されており、汚れがよくとれそうだった。


 ミタ神は『清潔』を司っている。

 この神を信仰すると家にホコリが溜まりにくくなったり、服についた汚れが落ちやすくなったり、あとついでに除霊能力も備わるのだ。


 そういう都合で給仕に信者が多い。

 イヴの母ももともとは貴族のお屋敷で給仕をしていた。


 そしてあらゆる神には『信仰条件』があり、ミタは中でも『純潔』を条件とする神であった。


『もとの世界』だと給仕という仕事は女性が多かったし、ミタも女神だったので『女性が女性に純潔を求める』というのはなんか清潔感というか、神秘的な気高さを感じられるものだったが……


 この世界では『男神が女性に純潔を求める』という構図になっており、じゃっかんの気色悪さは否めない。


姉妹シスターイヴ、最近のあなたはミタ様への信仰にかげりが見えますね。このままでは僧侶スキルを剥奪されかねません。偉大なるミタ様への信仰を見つめ直す時期が来ているのかもしれません」


 人差し指程度の丈のスカートのメイド服をまとった女性神官が静かに語る。


 たしかに信仰に翳りがあるのは事実だ。処女を求める男神というミタは、もともと信仰あついイヴからするとかなりの解釈違いだった。


 あとミタ神に仕える神官の衣服が人差し指程度の丈のスカートメイド服というのもかなり精神にダメージが大きい。

 どこの街もダンジョンが経済の重要な要素を担っている都合上、ファッションなどは冒険者を基準にしがちであり、つまり世界の平均肌色面積はめちゃくちゃすごい。その影響が神殿にも出ている……


「姉妹イヴ、あなたには三つの道があります。一つは修行をしなおし、信仰を見つめ直す。もう一つは信じる神をチェンジする」


 宗旨替えは『もとの世界』でもかなり頻繁ひんぱんに行われることであった。

 ほしい加護は状況によって変わってくるため、加護を得るために信じる神を変えるというのがよくある。


 ただし一つの神を信じ続けた者にしか芽生えない加護もあり、イヴが女神ミタ信仰を続けた即物的な理由は、『触れたものすべてが清潔になる』という加護がほしいからだった。

 もちろん即物的でない理由もあるが、そういう方面の理由は他者に共感を得られにくい。


「……『三つの道』とおっしゃいましたね? もう一つの選択はなんでしょう?」


「宗旨替えせず、ただ、距離をおく、ことです。離れることで見えてくるものもあるでしょう」


「なるほど……私は……その選択をしてみようと思います」


「ええ、ええ。あなたの選択を、きっとミタ様も物陰からこっそりご覧になっていることでしょう」


 ミタ神は清潔を司ると同時に『物陰から真実を目撃する神』とも呼ばれている。

 なので神官は別れのあいさつによく『物陰からこっそりご覧になっていることでしょう』と口にするのだ。


 イヴは神殿を出て家に帰ることにした。

 妹が待つ、家へ……

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