また、もう一回

CHOPI

また、もう一回

 トウキョウ。憧れの街だった。そこへ行けば何でもあると思っていて、夢だけ持って上京した街。初めて降り立った景色はキラキラして希望にあふれて見えた。


 なのに、最近はどうだろう。毎日曇天が続く。梅雨のせいかもしれないけれど、半分以上は自分の心持のせいだと思う。あの頃憧れていた、トウキョウ、なんて。今はもう、遠い過去の話だ。


 ――ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ……

 毎朝設定している6時半の目覚まし音がうるさい。何にも進展のない毎日。気が付けば夢なんて追いかける気力を失っていた。もう、自分がどんな気持ちで、どんな夢を追いかけて上京したのか。それすら遠い記憶の中で、もう上手く思い出せない。


 バイトは掛け持ち。朝からは入れるシフトの所と、夕方以降入れるシフトの所で何とかうまく掛け持ちして。あれ、自分ってバイトしたいがために上京したんだっけ、なんて嫌みなことを考えて。どんどん腐っていくのが自分でもわかるのに、だけどどうしようもなくて。『こんなはずじゃなかった』、そう言葉に出してみたところで、所詮その言葉すらも嘘に感じられる。


 地元の友達とは連絡を取らなくなった。だけどたまに見かけるSNSでの情報だと、例えばあの子は結婚してて。アイツは地元でそこそこ有名な企業で、早くも役職についていて。他の子たちも……。あぁ、なんで自分だけ。そう思ってしまう。そんな自分だから連絡なんて取れるわけも無かった。


 家に帰って冷たいコンビニ弁当をかき込む毎日。美味しいとか美味しくないとか、もうそんなことは感じなくなっていた。ただお腹だけは空くから、とりあえず食べ物を詰め込む。冷たい揚げ物は油臭くて、でも別にそれにももう慣れてしまった。


 お風呂をためる気力も無いから何とかシャワーだけ浴びて、そのままベッドにダイブして。あぁ、また明日もバイト、明後日も、明々後日も……。


 ……夢って、なんだったっけ。


 憧れた街、トウキョウ。ここには何でもあるって信じてた。自分は何にも持っていないのに、なんでか自信だけは人一倍持っていて、この街に来れば夢は叶う、なんてどうしようもないくらいに本気で思っていた。


 だけど現実はそんなに甘い訳が無い。早々に自信は奪われて、それ以外に何も持たなかった自分は一人、挫折して。だけどなけなしのプライドだけで、実家に戻ることだけはしなかった。そうしているうちに、良い訳だけがどんどん上手くなっていって。


 東京、は冷たい。何にもない。寒いところだとさえ思う。何でもあるって思っていたころの自分に教えてやりたい。『この街には何もない』『お前には無理だから』『諦めろ』そんな言葉が頭に浮かぶ。



 ――実はさー……!


 懐かしい声がする。今よりもまだ、ほんの少し高く聞こえるそれは、明るくて力がみなぎっていて、自信だけが詰まっている声だった。

「東京行って、それでさ――……!」

 バカみたいに堂々とみんなの前で語る声。その声に周りの友人たちが笑いながらも『いいねー!』『さすが、お前の考えそうなことだわ!!』なんて応援してくれていて。


 一瞬場面が切り替わったと思ったら、真っ暗な目をした大人たちに言われる。

「バカなことばかり言ってないで、現実を見なさい」

「そんな夢物語、いつまで言ってるの」

「もっとちゃんと、堅実な人生を――……」



 ――ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ……

 気が付いたら寝ていたようだった。懐かしい夢だ、と思う。少しぼんやりしてしまうのは、まだ夢うつつ、だからだろうか。耳に残っている友人らの声、そして大人たちの声。……あぁ、自分は。あの頃なりたくないと思っていた大人に、なってしまっているじゃないか。


 ぼんやりとした思考、瞼をもう一度閉じて、夢の中のかつての自分を思い出す。一瞬だけその自分がこちらを見て、言った。

「まだ、諦めたくないよ」

 一度閉じた瞼を、もう一度開ける。自信だけが取り柄だったあの頃。今の自分にはもう無いものだ。代わりに得たものはなんだろう。上手くなった言い訳、自分の本心を隠して見えなくするための嘘。真っ当に生きているように見せかける演技。あぁ、こんなもの、全部本当はいらないのに。


 腐っていく自分。だけど本当は、まだ根っこの部分は。腐りきれず燻っていて、大人になんてなりたくないと願っている自分が叫んでいて。


 今日の予定を頭の中に思い浮かべる。朝からのバイトは、今日は狙ったかのように入っていない日だった。かつての自分と向き合ういいチャンスかもしれない、そう思った。


 夢は叶う。努力は必ず報われる。そんなの嘘だ、と思う。夢を叶えられるのは一握りの人間だし、努力が必ず報われるなら、もっと多くの人が報われる世界になっているんじゃないかって思う。


 ……だけど。悔しいかな、やっぱりそれでも夢を追いかけたいと思うし、その為の努力は惜しまない、そう思ってしまう。


 もう腐り始めている自分には、何ができるかわからないけれど。だけど、もう一度。もう少し。だけ。

「悪あがき、してみるか」

 ふうっ、と深く息を吐く。もう眠気はさっぱりなかったけれど、最後にもう一度瞼を下ろした。閉じた視界の先、かつての自分が両頬を思いっきり釣り上げて白い歯を見せて、バカみたいな笑顔で笑っていた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また、もう一回 CHOPI @CHOPI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説