閑話〜男として、父として〜
1947年 7月
独立したばかりのインドネシア連邦共和国、この国は太平洋とインド洋の二大海洋に跨るいくつもの島からなり、日本以上の大きな島国である。そして、インド洋側を東西に伸びる細長い棒状の島、ジャワ島の西端の方にあるこの国の首都、ジャカルタの街の一角に、この度ある日本人が店を構えた。その店の名前は「Toko roti kizuna」、Toko rotiはインドネシア語で「パン屋」の意味、kizunaは無論、日本語の「絆」である。ここの店主の松井康行氏は、元は東京でパン屋を営んでいたが、インドネシア独立戦争に伴い保護した孤児を自分の養子に取る事に決めた際、せっかくならその孤児が馴染み深いこのインドネシアに自身も移り住もうと腹を決めていたのである。店名の由来は「国境を越えた親子の絆、及び独立戦争を共に戦ったインドネシア人と日本人の絆から取った」と、現地メディアの取材に康行はそう答えた。
「東京から酵母も無事に着くとはな」
「コウボ?」
「イーストとも言うがな、これがないと生地ができなくてパンが焼けないんだ」
「大事なものなんだね」
「そうだな、でも今はレノ、俺にとっちゃお前の方が何より大事だ」
そう言ってレノの頭を撫でて、小学校に送り出し、店頭にパンを並べ開店準備をする康行に現地の若い女性が声をかける。
「アノ、アイテマスカ?」
「え、日本語?・・・あ、あぁ、もう開けますから、どうぞ!いらっしゃいませ!本日のおすすめはアンパンです!」
「アンパン・・・ナニデスカ?」
「あ、そっかアンパンて日本生まれか・・・えーっと・・・・・・」
まだインドネシア語は勉強中の康行は、こちらに来る際に買った日本人向けのインドネシア語の教科書をペラペラめくりながら、一生懸命商品の説明を行う。そんな様子を見た若い女性のお客さんは日本語の教科書をすっと取り出し、自分も日本語を勉強中で、一緒ですねとクスっと笑い、康行もつられて笑う。そして、このお客さんはこの日以降毎日、kizunaを訪れてアンパンを買っていくようになり、康行のインドネシア語が上達するのに合わせて、彼女の日本語も上達していき、若い2人は自然と関係を深めていった。
2ヶ月後
「リナおねーちゃん、僕のママになるの?」
「レノくんはお姉ちゃんがママじゃいや?」
「ううん、すごく嬉しい!いつパパとケッコンする?」
「うーん、すぐにでもしたいんだけどねえ・・・」
リナは既に、自分は康行と一緒になるんだろうと決心していたが、その決心が付いていないのは康行の方であった。互いの親から反対されたわけでも、はたまた別の親戚筋のよく知らない人らから反対されているわけでも、当地にリナの許婚が別にいるわけでもない。ただただ康行は漠然と、レノはリナに懐いているようだが自分は、店もまだこの地で開いたばっかりで、夫としてリナをちゃんと幸せにできるのかと、そんな不安を感じて「結婚」の2文字を口にできずにいた。そして、そんな不安を抱える父親の背中を押したのは他ならぬレノである。
「パパ、リナおねーちゃん、何があってもダイジョーブ言ってた。パパ、オトコでしょ?」
「・・・!そうだな、よし、腹ぁ決めるか!」
かくしてこの日、康行はリナにプロポーズ。リナは「その言葉を待ってました」と喜びの涙を流し、すぐに親子3人での生活が始まっていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます