ジャカルタ解放


1946年 9月初頭



2ヶ月前に始まったインドネシア独立戦争は、そもそも先の大戦でオランダ本国が消耗した事もあり蘭印軍の弱体化も著しく、同盟国日本からの多大な支援を得たインドネシア国軍優位な戦況で進んでいた。して、戦場から遠く離れたその同盟国は戦闘地域に住まう「インドネシア国民」達をその本土に避難させていた。この非戦闘員、主に幼い子供達などの避難つまり疎開については開戦前から議論され、当初はインドネシア国領域から近い日本の自治領パラオ諸島を疎開先とする案もあったが、その近いという事は絶対に安全という保証もなく、終戦つまりインドネシア国の解放達成まで、確実に安全と言える日本本土に避難してもらう事となったわけである。無論、その避難してきたインドネシアの民達は遠く「黄色い人達」の国での生活は不安でしかなかったが、その黄色い人達は到着した自分達を国賓のように迎えてくれて、インドネシア語で話してくれたりして少しホッとしていた。


「黄色い人が空からやってくる、か・・・そんな伝説がインドネシアにはあったんだな」


「うん、だから肌の黄色い日本人達は僕達のヒーローなんだよ」


「黄色人種で言えば支那人とか蒙古人もそうだけどな・・・まあ、実際インドネシア側で参戦してるのは日本だけだからそう思うのか」


疎開してきた少年とインドネシアの伝承について話しているのは、松井康行元上等兵、先の大戦で欧州西部戦線に従軍した後、大戦が終わって除隊し、現在は本職のパン屋の仕事に戻っていた。そして、今次戦争で疎開してきたインドネシアの孤児の少年を自宅に滞在させているわけである。


「それでおじさん、僕達はいつインドネシアに帰れるの?」


「・・・まあ、もうすぐだよ。インドネシア軍はオランダ軍はともかくイギリス軍より強い、もうすぐ、もうすぐだ」



康行は少年を安心させるためにそう言うものの、欧州での地獄のような戦場を思い出して、今回の戦争に関しても、いくらオランダ軍ははっきり言って弱い、イギリス軍も大戦で消耗したと言っても、そんな簡単に、それこそトウモロコシの寿命なんて短い間に終わるのかという心配もないではない。これは彼だけでなく、今次戦争の推移を見守る日尼両国民みんなの不安でもあった。しかし、そんな民達の不安をよそに日尼連合軍はずっと快進撃を続け、この年のクリスマスを迎える頃にはインドネシア国の中核を成すジャワ島を解放、バンドンのオランダ植民地政府は逃げる間もなく降伏、この地はジャカルタと改称、紅白のインドネシア国旗が高々と誇らしげに掲揚された。

































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