さようなら、ベストフレンド
俺は病院に来ていた。三ツ橋先生に会うために。本当は通院で来ているが、それだけではない。
三ツ橋先生からある話を聞かされた。陽輔のことを。
「まさか、あの陽輔が君に手紙を残しているなんて思わなかったよ。あの子は元気に見えて、心は病んでいたんだね」
言葉を口にする三ツ橋先生の顔は苦笑いを浮かべていた。
陽輔は誰に対してもいつも明るく振る舞っていた。その姿は周りを明るく照らす太陽のようで、萎れることのない姿だった。
そのせいで、本当のことに気づきにくい。三ツ橋先生の言う通り、陽輔は色々悩んでいた。俺でさえ気付かなかった悩みを抱えていたんだ。
「優悟くん、君はドナーのことを知ってしまった。本当は知られちゃいけない決まりになっている。大きな問題にはならないと思うが、この事は私と君との秘密だ」
俺のほうへと振り向き、真剣な表情で口にする。俺は重く受け取り、誰にも話さないと決めた。
「いや、これは三人だけの秘密だ」
不意に三ツ橋先生は言葉を漏らす。三人だけの秘密という言葉に特別なものを感じた。それもそうだ。移植関係のことなんだ。特別に感じてもおかしくはない。
「まあ、この事は置いといて。体のほうは問題ないみたいだ」
「きっと、受け入れたんだと思います。現状からも」
真実を知った後、心は苦しかった。迷いが消えたといえば嘘になるが、少しばかり気持ちが前より楽になっている。そのおかげで体にも良い影響が出ているのだろうと思った。
「けど、薬は、」
「飲み続けなきゃいけないことは分かってます。あいつの為にも生きると決めたんで、忘れません」
三ツ橋先生の言葉を遮って言葉を発すると、真剣な表情を向ける。本気だ。俺は決めたんだ。
亡くなった後は話していないが、あいつの気持ちが分かる。何年間、親友だと思ってるんだ。
「君たちは本当に仲が良かったんだね」
唐突に耳にした言葉には何かを羨ましく思う気持ちが感じられた。三ツ橋先生はどこか遠くを見ている表情に変わっていることに気がつく。
もしかしたら、三ツ橋先生にもそういう心の通った親友がいたのかもしれない。そんなことをふと思う。
「それじゃあ、気をつけるんだよ。移植したとはいえまだ体には負担かけすぎないように」
何度目かの言葉に俺は苦笑いをして大丈夫だということを伝えた。それから、病院を後にした。
夕焼けがやけに綺麗に見える帰り道。おそらく、病気だった頃から最近まで色々あった出来事が漸く落ち着いたからそう映ったんだろう。そうじゃなくてもそう思いたい自分がいた。
「優悟、前を向いて歩かないと危ないぞ」
ふと、父さんの声が耳に届く。父さんは俺の姿を見て声を掛けてくれたが、俺の様子に顔を顰めていた。
「ほら、ぼさっとするな。車で家に送ってやるから」
父さんは俺の腕を取って、連行するように車のほうへ向かった。待ってくれ、と声を出し損ねてしまった。
俺は父さんに自分で歩けるから離してくれと伝えると、父さんは呆れたように溜め息を零した。一瞬、父さんが笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
眩しい夕焼けを見上げた俺はいつかの友人たちに告げるようにありがとうとさようならの言葉を心の中で呟いた。
それから、少し前を歩く父さんの後についていった。
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