マクファーソンの作品には、当初から疑惑の声があがっていた。正統な叙事詩の翻訳ではなく、彼がでっち上げて書いただけの、ただの物語なのではないか。オシアンはもちろん、フィンガルやクフーリンといった登場人物も、全部でたらめなのではないか。そういう意見も、ちらほら聞かれた。


「……馬鹿ばかしい」


 戦場の空気は、いつも乾燥している。実際の湿度はどうであれ、心が荒んでささくれ立つ。むしろ、それぐらいの気概でなければ、生き残れるはずがない。


「ボナパルト将軍。一体、どうされますか」


 部下に呼ばれたナポレオンは、読み掛けの『オシアン』をやや乱暴に放り投げた。今日の彼は機嫌が悪い。古典主義者たちの勝手な推論もそうだが、目下の状況を考えると、絶望と憤怒が一度に襲ってくるような感覚になる。


「どうもこうもあるか。敵軍を撃退する。それしかないだろう」


 オスマン領のエジプトの空気を吸っていると、余計に口が乾燥する。彼は今、「第二のアレクサンドロス大王」になることを目論んで、異国の地で軍を構えていた。だが、悪いことは立て続けに起こるもので、自国の艦隊がイギリス軍に敗れた挙句、主力艦の大半が撃沈したという知らせが届いた。イギリスを牽制する目的で、わざわざ派遣軍を率いてエジプトに入国したというのに。このままでは、慢心した阿呆に成り下がる。最も邪魔な敵であるイギリスに、無様な死に様を晒すのか。ナポレオンは、静かに唇を噛んだ。


「いいか。敵は必ず上陸する。それを潰せなければ、この地がフランス軍の悪夢となる」


 ナポレオンは指揮を執り、イギリス・オスマン両軍との陸戦に臨んだ。海上での大敗北を、地を踏みながら挽回する。屍から流れる鮮血が、エジプトの大地を赤く濡らした。


 ――かつての声が、語り掛ける。


 残酷であれ。


「殺せ」


 非道であれ。


「一人残らず、殺せ!」


 そして、無慈悲であれ。


「輝かしい勝利のために、この地に敵の血を刻め!!」


 主力艦隊の撃沈を聞いたときから、ナポレオンの心は憎しみの感情で溢れていた。勝利に乗じて上陸してきた敵軍を、木っ端微塵に叩きのめす。かつての英雄はそうだった。アレクサンドロス大王もそうだった。そして自分も、そうするのだ。


 ――ああ、そうだ。私は、自分が英雄になるために、彼の言葉を思い出すのだ。


 流れる血を見る度に、友人の言葉が蘇る。それは故意に、自分の勝利を正当化するためだ。幼い頃に抱いた、純粋な憧れとは違う。思い出は徐々に輪郭を失い、曲解の中に消えていく。何度も読み潰した話だからこそ、解釈はより杜撰に、そしてより大胆になっていた。


 友人はかつて、こう言った。英雄になりたければ、と。ナポレオンは今、こう返す。おまえの言葉を利用して、私は英雄になるのだ、と。

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