Ⅱ
スコットランドの作家、ジェイムズ・マクファーソン。彼の出版した『オシアン作品集』は、ヨーロッパ中で大流行した。イギリスの出版社は、『オシアン』が聖書とシェイクスピアに並ぶほど売れたと称したし、作品に感化された親たちは、自分の子どもに登場人物の名前をつけたほどだった。
だがもしも、マクファーソンの『オシアン』が、ただの面白い小説だったら。きっとこの時代の人々は、これほどまでに浮かされることはなかっただろう。マクファーソンによると、これは彼の創作物ではない。三世紀の詩人・オシアンが、実際に語って聞かせた英雄譚、そのものだった。
マクファーソンは言った。私は、ゲール語で書き留められたその話を、現代語に訳して出版したのだと。それ故に、古典主義に染まったフランスの知識人は、こぞって『オシアン』に夢中になった。何せ、これほどまでに古い叙事詩を、間近で拝読することができるのだから。
ナポレオン・ボナパルトも、その一人だった。彼は『オシアン』を熱愛し、戦場でも手放さないほどだった。
――いつから、『オシアン』を読んでいたのだろう。今となっては、もう分からない。
ナポレオンは思った。ひょっとすると、幼い頃に読んだプルタルコスの『英雄伝』と、同じ本棚に入っていたのかもしれない。そして、自分の心の穴を埋めるために、大昔の詩人「オシアン」を、自分の傍らに生み出したのかもしれない。
読み古された『オシアン』を、もう一度、捲ってみる。何度も目にした、歴史の数々。アイルランドの将軍・クフーリンの話には、小さく折れ目がついていた。
「……彼はコルマク王に仕える、優秀な戦士だった」
ナポレオンは呟いて、密かな不安に襲われた。これは、自分が零した言葉だろうか? それとも、かつての幻が言って聞かせた、ただの空耳だっただろうか?
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