ᚍ
少年は幼年学校を卒業すると、今度はパリの陸軍学校に入学した。変わらず孤独な生活だったが、自身の才能が開花すると、それほど気にも留めなくなった。
「オシアン!」
陸軍学校の裏手には、本当に小さな花畑があった。穴場なのかは知らないが、人が全く寄りつかない。そして、この花畑を訪れると、そこには必ずオシアンがいた。
「聞いてくれ、オシアン! 陸軍学校の卒業が決まったぞ!」
オシアンは、白い指で琴を奏でていた。懐かしいそのメロディーは、故郷の島の歌だった。
「さすがだね、ナポレオン。こんなに早く、卒業するなんて」
彼は花形の騎兵部門には進まずに、砲兵の道を選択した。単に砲兵は人気がなく、任官料が無料だったからという理由もあったのだが、それが結果的に、彼の長所を引き出すきっかけとなったのだ。普通は四年もかかるところを、彼は約一年という早さで、課程を修了してみせたのだった。
「それだけではないぞ。砲弾の飛ぶ放物線の軌道を……」
「そうか、そうか。きっと君には、僕の知らない世界が見えるんだね」
可憐な野花に囲まれながら、少年は友人と言葉を交わした。それだけが、彼と故郷を繋ぎとめる、たった一つの縁だった。
「でも君は、ラテン語やギリシア語が苦手のようだね。古典科目も重要みたいだけど」
「いいんだ、別に。私には、合わないだけだ」
――冗談を言えるのも、オシアンだけだった。本音を語れるのも、オシアンだけだった。そして、彼の全てを知っているのも、オシアンだけだった。
「……さて」
やがて、オシアンは言った。花畑の輪郭が、徐々にぼやけていった。
「僕はそろそろ、旅に出ないと」
ひゅうっと、風が冷たくなった。ありとあらゆる喧騒が、一瞬の内に消え去った。
「……そんな顔しないで。またいつか、必ず会えるよ」
少年は何か言おうとしたが、全く言葉が出なかった。喉の奥の乾いた弁が、張りついたように離れなかった。
「いいかい、ナポレオン」
オシアンは言った。それが、彼の最後の言葉となった。
「英雄になりたければ。
残酷であれ。
非道であれ。
そして、無慈悲であれ」
少年は手を伸ばした。彼が立ち去らないように、彼が離れてしまわないように。しかし、時の旅人は。透明な羽の蝶となって、やがて空へと消えていった。
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