冷たい雨粒が、窓に当たる。霧のかかった故郷の森は、今でも鬱蒼としているのだろうか。少年は、そんなことばかりを、考えていた。


 彼は父の命に従って、フランスの陸軍幼年学校に入学した。しかしそこでの生活は、母の躾以上に窮屈だった。島の出身というだけで、彼は毎日、馬鹿にされた。だから自然と、一人の時間が多くなった。


 彼はベッドの端に座り、ルソーの本を手に取った。本を読んでいるときは、嫌なことを忘れられる。それに、紙の音を聞いていると、あの森の中にいるような、懐かしい気分になることができた。


 ――コン、コン、コン。


 少年は、顔を上げた。ノックの音が、短く、三回。これは、彼が来た合図だ。


「やあ」


 オシアンは、相変わらずな様子だった。目深に被った赤いフードも、キャラメル色のきれいな髪も、繊細な装飾の竪琴も。泉の傍にいたときと、何一つ、変わっていなかった。


 彼が初めて、この部屋を訪れたとき。少年は心臓が飛び出るほどに驚いて、そして踊り子のように飛び跳ねた。何せ、彼がフランス本土まで来てくれるとは、露ほども思っていなかったのだ。孤独な生活を灯してくれる、ただ一人の友人。当然、喜ばないはずがなかった。


「今日は、ひどい雨だね。心なしか、少し寒いよ」


 いつもなら、オシアンの胸に飛びついて、ぎゅっと抱き締めてもらうのに。残念ながら、今はそういう気分ではなかった。


「聞いたよ、ナポレオーネ。君は数学が得意だって――」

「ナポレオン!」


 少年の返事を聞いて、オシアンは苦笑した。彼は島の訛りをいじられて、へそを曲げてしまったのだ。


「気にすることはないよ、ナポレオン。僕だって、『オシーン』と呼ばれたり、『アシン』と呼ばれたりする。けどさ、例え呼び方が違ったって、僕は僕だし、君は君だろ?」


 オシアンは少年の傍に腰掛けて、ぽんと優しく、頭を撫でる。心の棘を抜くように、何度も何度も、撫でてやる。


「それに、言葉の壁なんか気にならないぐらいに、君は立派な人間になるよ」

「……本当に?」

「ああ、本当さ。だから、そんな顔をしないで。どうか、笑顔を見せておくれ」


 オシアンは盲目なのだから、人の笑顔など、見えるはずもないのに。少年が口元に笑みを零すと、彼も同じく、笑みを返した。

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