Le Songe d'Ossian
中田もな
ᚋ
小さな島の少年は、本を読むのが好きだった。そこでは栄華が咲き乱れていることもあったし、血生臭い戦争が広がっていることもあったし、また空想の世界が描かれていることもあった。
彼は内気な性格で、友人をつくるのが得意ではなかった。人々の紡ぐ声よりも、紙の擦れる音の方が、聞いていて心地が良かった。だから彼は、母の厳しい目を盗んでは、父の集めた書物を持って、人気のない場所へ逃げ込んだ。
母の躾は厳しかった。彼女は強気な性分で、時には激しい罵声を浴びせ、体罰を加えることもあった。少年にとって、それは窮屈すぎるほどだった。
彼は今日も、細い道の奥にある、鬱蒼とした森にやって来た。そこには霧が立ち込めており、獰猛な猟犬でさえも、尻尾を巻いて逃げ帰るような場所だった。しかし何故か、彼にだけは優しかった。彼がそこを訪れる度に、木々は葉を落として道を示し、小鳥は甘い囀りを零した。
「ナポレオーネ」
この森で、少年は友人と出会った。彼は泉の傍にいて、竪琴に体を預けていた。
「ナポレオーネ、そこにいるのかい?」
少年は彼の手を取って、「ここだよ」と声を掛けた。彼は目が見えなかった。だから少年は、いっそう彼に優しくした。
「ああ、ナポレオーネ。今日も、プルタルコスを読むのかい?」
「うん、そうだよ」
彼の名前は、「オシアン」といった。幾星霜と旅を続け、つい最近、この島にやって来たそうだ。若い青年のように見えるが、一体どれほどの街を見て、そして何を感じてきたのだろう。フードの奥に隠れた素顔は、いつだって穏やかだった。
「『英雄伝』も良いけれど、今日は僕の話を聞いてみないかい? きっと君も、気に入ると思うよ」
オシアンは竪琴を弾きながら、少年に優しく微笑みかける。美しい音色を聞いたのだろうか、美しい蝶々がやって来て、彼の周りで羽ばたいた。
「いいけど、なんの話?」
「クフーリンという、アイルランドの将軍の話さ。彼はコルマク王に仕える、優秀な戦士だった」
それを聞いて、少年は喜んだ。彼は英雄が好きだった。彼らの話を聞くことも、彼らの歴史を読むことも。そしていつか、自らも「英雄」になりたいと、強く望んでいた。
「そのクフーリンって人、強いの?」
「ああ、もちろん。何せ彼は、スコットランドのフィンガル王とも、槍術を交わしたことがあるんだから」
人の話は好きではない。しかし、オシアンの話す物語だけは、水に広がる波紋のように、少年の心に馴染んでいった。
「ナポレオーネ。いつか君も、クフーリンのような英雄になる」
「本当に?」
「本当さ。君の運命が、僕に囁いている」
少年の黒い髪の毛に、オシアンはそっと手を当てた。彼の存在を確かめるように、ゆっくりと、ゆっくりと。
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