第4話 置き土産

 翌月、Aさんは生理が来なかった。妊娠検査薬を買ってみたら、陽性だった。Aさんはその場で産む決心をした。妊娠がわかってすぐに、友達にも会社にも、シングルマザーになるという宣言をした。そうしたのは、自分を鼓舞するためだったようだ。


 上司は「相手は誰?」と聞くので、Bさんだと即答した。

「ああ。あの人か・・・」

「どうしたんですか?」

「いや。前に、あの人と掛けててね。君と一夜を共にしたら、一年間無料で広告打ってあげるって」

「え?」

「君はそんな人に見えなかったから、多分ないだろうなと思ってたよ」

「ひどい・・・Bさんって今どこにいるんですか?」

「山梨」

「え?何でですか?」

「田舎に住みたいって」

「住所教えてもらえませんか?」

「あの人妻子がいるよ。いいの?」

「はい」

 

 Aさんは悔しかった。Bさんに騙されたことだけでなく、上司にも舐められていたことに。


 Aさんは、翌日、有休を取得して、山梨に向かった。Bさんの家は別荘地にある可愛らしい家だった。建物の外にはウッドデッキがせり出していて、そこで家族でバーベキューができそうだった。外にはマウンテンバイクが4台あった。幸せそうな家族の縮図がそこにはあった。家族を裏切り、Aさんの貞操を踏みにじったBさん。憎しみがふつふつとこみ上げて来た。


 Aさんが午後3時くらいまで待っていると、子どもたちが外に出て来て遊び始めた。Aさんは取り敢えず、猫の鳴き真似をして子どもたちをおびき寄せることにした。木陰に隠れてニャーニャーと鳴いていると、子どもたちがやって来たから、殴って気絶させ、車で運ぶことにした。


 誰も来ないような山奥まで来ると、全裸にして沢に転がした。高さからして助かる見込みはなさそうだった。今日はこのくらいで帰ろう。あまり、うろうろしていると疑われてしまう。その日は雨が降った。きっと低体温で助からないだろう。

 しかも、真夏で死体は腐りやすい。テレビでは子どもが行方不明になっていると言うニュースをやっていたけど、Aさんは気にしないようにした。


 ***


 それから、1月後のことだった。

「すみません。Bさんの広告の件はどうなっていますか?」Aさんは尋ねた。

「ああ、あれね。Bさんからは何も言って来ないし。いいんじゃない?」

「Bさんとはもう連絡取っていないんですか?」

「ああ、、、来ないよ。子どもが行方不明みたいで・・・」

「え?」

「子どもがいなくなったって、騒いでるから。広告どころじゃないよ。多分」

 編集長は頭を掻いた。


 ***


『山梨県北斗市で行方不明になっていた子ども2人が遺体で発見されました。最近の異常気象で遺体は白骨化しており、死後1ヶ月以上経っているとみられます。・・・警察は児童2名を殺害し、沢に遺棄したとして、義理の父親が容疑者として逮捕しました。義理の父親は普段から子どもたちに日常的に暴力を振るっており、言うことを聞かないので、カッとなって殺したと述べているそうです。犯行当時は酒に酔っており、あまりよく覚えていないと答えているそうです』


 苗字はBと同じ田中だった。


 義理の父という人が連行されていく映像を見たが、Aさんの知っているBさんではなかった。あの夜会ったBさんは誰だったんだろうか。


***


「編集長。私の相手は、子殺しの犯人とは違いますよ」

「あ、そうよかったね」

「翻訳の会社をやってる、田中さんっていう人です」

「じゃ、違うわ。俺、あの田中さんとカン違いしちゃって」


 Aさんは、自分は子供の殺害をやってないような気がして来た。そうだ。きっとあれは夢だったんだ。山梨に行った時のレンタカーの引き落としはあったけど。ただ、ドライブしに行っただけだ。


 Aさんは仕事を辞めて、九州の実家に帰った。


 父親がどうしているかは結局わからなかったが、Aさんがやめた後に、Bさんから会社に連絡があった。

 Aさんは生まれて来た子どもを連れてBさんに会いに行くことにした。Bさんは、まだ生きていて、翻訳の会社に登録して細々と生活をしているということだった。


 Aさんは久しぶりに東京に上京した。

 BさんはAさんとの再会を喜んだ。本来ならAさんも喜ぶべき場面だったが、ずっと表情が暗かった。


「うつ病の治療が上手くいって、社会復帰できたから連絡を取ってみました。会いに来てくれるなんて、感激です。この子は?」

「ああ、言い忘れちゃったけど、Bさんの子よ」

「え?あの時の?」

「うん」

「童貞を卒業した時に、子どもができたなんて・・・運命を感じますよ」

 Bさんは涙を流しながら大喜びしていた。

 しかし、Aさんは笑っていなかった。それを見て、Bさんは自分のふがいなさを責められているような気がした。

「僕みたいな男でごめんなさい」

「いいえ・・・全然そうじゃないの。私の方が問題で」

 これまでのいきさつを淡々と話した。

「私、全然関係ない子どもを2人も殺しちゃったの。どうしたらいいと思う?」

「黙っていれば?君だってわからないと思うよ」

 2人は、子どものためにと籍を入れて一緒に暮らすようになった。


***


 義理の父親は、裁判で死刑を求刑された。


 その後、Aさんはうつ病になってしまい、夫と子どもを残して自殺してしまった。

 Bさんはうつ病を患いながらも、子どもを一人で育てている。自分がAさんを誘ったことで、世の中に子どもが一人産まれ、四人の人がいなくなった。Bさんは、時々、その子供が怖くなった。

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置き土産 連喜 @toushikibu

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