第10話『あたしのトリップが始まる……』

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)


10『あたしのトリップが始まる……』




 嫌われているはずだ。少なくとも変な女子だと思われている。


 普通に考えてあり得ないよ、エロゲ大好きな女子高生なんて。



 階段を駆け下りるあたしを呼び止めたのは、先輩の優しさだ。


 ハンカチを買って返すというのは……ま、常識だよね。あたしは返してほしくなんかないけど。


 エロゲ趣味だということを知られてしまった先輩には会いたくないから。


 先輩は、あたしのΣ顔をあまり気にはしていないようだ。だからアキバのマックまでは普通にしていられた。


 でも、祖母ちゃんのことがあったとはいえ、エロゲの受け取りを頼んでしまって、それからは、あたしの評価は変わっているはずだ。


「コンプリートしたら、貸してもらえないかな!」


 先輩の言葉は額面通りには受け取れない。


 ハンカチのことで素直な返事ができない。チョー尖がったΣ顔だった。


 そんなΣ顔と、そのまま別れたら寝覚めが悪い。


 人間というのは、堂本先生みたいな例外はいるけど、人とのかかわりは円満で円滑にしたいもんだ。知り合いやご近所さんに出会ったら、とりあえず笑顔で「こんにちは」とか「おはようございます」とかの社交辞令。けして相手に好意を持っているからじゃないんだ。


 旅行に行ったとする。「まあ、どちらに行ってらしたの?」「ちょっと○○まで」「まあ、それはよかったですね、わたしも行ってみたいわ」「じゃ、今度ごいっしょに」「そーですね、機会がありましたらぜひ」という会話。


 いいところだとも思っていないし、わたしも行ってみたいとも思っていなければ、今度ごいっしょにとも機会があればとも思っていない。


 引っ越しの葉書が来たとする――近所にお越しの節は是非お立ち寄りください――と書いてある。


 真に受けて本当に行ったらヒンシュクものだ。


 トランプ大統領の当選が確実になった時、ヒラリー・クリントンはお祝いの電話をトランプにかけた。


 ヒラリー・クリントンが本気でお祝いしてると思っている人間は世界中に一人もいない。


 だから「コンプリートしたら、貸してもらえないかな」も「番号の交換とか……」もクリントンのお祝い電話なんだ。


 先輩の番号消してしまおうとか思うけど、昨日の今日で消したら失礼だよね。




 お風呂に入っているうちに、これだけのことを思いめぐらす。



 歯ブラシ咥えて映った顔は、嫌になるくらいのブスΣ。


――テスト近いんだから、夜更かししないで寝るのよ――


 お母さんの言葉に「はーい」と、声だけは素直に返事。


 部屋に戻ると、ベッドに潜り込み、イヤホンを装着。


 イヤホンは枕もとのパソコンに繋がっている。


 お風呂の前にクリックしておいたゲームは長いインストールを完了している。


 メーカーのロゴ、18禁と著作権の注意書き、映像倫理機構の審査済、そしてテーマ曲とともにメニュー画面。


 設定をクリック、難易度はノーマル、サウンドは音声を除いてレベルを60%に。


 あ……


 小さく叫んでしまった。


 主人公の名前は、いつもデフォルトのままにしておくんだけど、今回は、なんと字幕だけじゃなくって、キャラがほんとうに呼んでくれるらしい。人工音声なんだろうけど、これは嬉しい。


 名前を百地美子(ももちみこ)と打ち込んで、あたしのトリップが始まる……。




☆彡 主な登場人物


妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  

百地美子 (シグマ)    高校一年

妻鹿小菊          中三 オメガの妹 

ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち

ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任

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