第11話『裏閻魔帳じゃねーか』

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)


11『裏閻魔帳じゃねーか』





 情報教室を少し行ったところでノートを見つけた。


 学校なんだから、ノートの一つや二つ落ちていても不思議じゃないんだけど、それはあきらかに教師のノートだ。


 使用感がハンパではなく、綴じの部分がリングのパッチンになっていて、表紙は厚手の黒いビニールで少し反り返っている。



 これはルーズリーフとかいうやつだ。親父のデスクにも似たようなのがあった。

 


 手に取ると、耳の部分がチョークと手垢で変色している。


 名前が書いていないので、パラパラと開いて見る。


 一ページごとに生徒の名前と顔写真、住所やら指導記録がこまめに書かれている。


 それが38人分あって、後ろの方は出席やら成績の一覧表になっている。


――ヤバいぜ、裏閻魔帳じゃねーか――


 そうビビっていると、一人の生徒のところで手と目が停まってしまった。


 28番 百地美子……シグマだ。


 閉じようと思った瞬間に全てを見てしまった。


 時間にしたら一秒の半分もない、それでも分かってしまった。


 シグマは数学以外の成績には、何の問題もない。


 教科ごとの二桁の数字はみんな70点以上だ、80台や90台もいくつかある。


 どうなってるんだ……悪いとは思いながら、もう一度開いて見た。


 ……やっぱいい成績だ。


 数学だけが24点、二学期や一学期の数学も10点台と20点台の欠点だ。


 よく見なおすと体育もカツカツ、だけど40点はキープしているので、よっぽどのことがなければ落とすことはないだろう。


 学年末で40点に満たなければ数学は落第だ。


 数英の落第はシビアで春休みいっぱい午前中缶詰の補習になる。特に堂本の補習は、その熱心さ、生徒的にはネチコさに定評がある。シグマは、その数学だけが極端に悪い。こないだの食堂前の指導ぶりから見ても、かなり辛い目に遭わされそうだ。


――なにやってんだ、俺(ーー゛)?――


 こんなものをマジマジ見ていていいわけがない。



 このノートの持ち主は担任の堂本だ。とにかく返しに行こう。



 むき出しじゃまずいと思い、ゴミ箱から覗いていた紙袋に入れて職員室を目指す。


「堂本先生いらっしゃいますか?」


 テスト前なのでことわってから入室する。


「いま外してらっしゃるわよ」


 隣の先生が教えてくれる。


 この先生に言づけても、正面奥に座っている教頭先生に預けてもいいんだけど、人を介してしまえば物が物だけに、堂本は咎められてしまうだろう。自分のことにしろ人のことにしろ、もめ事はごめんだ。そっと机の上に置いて職員室をあとにした。



「どうもありがとう」



 堂本に礼を言われたわけじゃない。


 昼休みの中庭にシグマを呼び出しハンカチを渡したところだ。


 むろん新品。祖父ちゃんに傷を聞きとがめられ、訳を言ったら(怪我して女の子からハンカチを借りたとだけ言った)くれた新品だ。


「あ、ども……」


 照れくさいのか、受け取ったハンカチはすぐにポケットの中だ。


「えと、あ、じゃ」


「え、あ、うん」


 人の目がある中庭なので、お互い次の言葉が無くて、そのまま反対方向に歩き出した。


「あ、あの」


「あれだったら、まだコンプリートしてないから」


 シグマは、あのゲームのことだと思ったようだ。


「ちが……数学だよ」


「え、あ、ああ……」


「職員室で小耳にはさんだんだ、数学かなりあぶないんだろ」


 少し嘘をついた。堂本のノートで知ったとは言えない。


「あ、なんとかなります」


「数学落とすと春休み中補習になるぜ」


 これはほんとだ。さっき思ったように、去年ネチネチ補習されて音をあげていた奴が何人も居る。


「あ、えと……」


 こういう時にシグマはいい加減な返事をしないようだ。真面目とも不器用とも言える。


 といって、おれも有効な手立てがあるわけじゃない。俺も数学は大の苦手だ。


「お、俺に任しとけよ、堂本の数学は経験済みだから」


「あ、はい」


 俺は、勢いであてもない約束をしてしまった(;'∀')。





☆彡 主な登場人物


妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  

百地美子 (シグマ)    高校一年

妻鹿小菊          中三 オメガの妹 

ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち

ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任



 

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