第3話 理解されない
タクシーから降りるとタケルは、救急の受入口へと走る。そして窓口対応の職員に名前を告げると、直ぐに看護師が来て案内してくれた。
カーテンで仕切られた処置室のベッドにナオは寝ていた。ぼおっとした目で自身に繋がった点滴が落ちるのを見ている。
「ナオ」
声をかけるとようやくタケルに気づいて小さく微笑む、
「タケル・・・」
タケルは、ほっと胸を撫で下ろす。
よく見るとナオの首には包帯が巻かれていた。
看護師が用意してくれた椅子に座り、じっとナオの首を見て尋ねる。
「何があった?」
「・・・痴情のもつれ」
その言葉だけで何があったのか容易に想像がついた。
タケルは、小さく息をつく。
「・・・彼女も本気で私を殺そうと思った訳じゃなかったみたい。私が気を失って相当気が動転して救急車じゃなくて警察に電話しちゃったみたいだから」
ナオは、苦笑する。が、すぐに目線を下げ.顔を俯かせる。
「警察の話しだと彼女ね『思い知ればいいのに』って言ってたらしい」
「思い知ればいい?」
「多分、彼女からすると自分は本気で好きになったのに私に弄ばれたと思ったみたい」
「どうして?」
ナオは、顔を上げてタケルを見る。
「貴方のことを愛してるから。だから貴方の告白を受け取ることは出来ない。そう言ったの」
それを告げた時の彼女の絶望の顔。
酷いことをしたのだと今さらながらに思う。
私にとっては彼女は相性の良いセフレでしかなかった。でも、彼女にとっては自分は殺したくなるほどの恋愛対象だったのだ。
酷い女・・。
ナオは、自虐的に笑う。
無意識とはいえ、あの時されたことを相手にしてしまったのだ。
「ナオ」
タケルは、手を伸ばしかけ、引っ込める。
こんな時でも触ることの出来ない自分に嫌悪感が募る。
「すいません」
カーテンの向こう側から声が聞こえる。
タケルがカーテンを開けると20代前半くらいの若い警察官が立っていた。
「すいません。起きられていると聞いたもので」
警官は、恐縮して言う。
その声はまだ初々しく、タケルは、思わず微笑んでしまう。
タケルに笑われたと思った警官は少し頬を赤らめるも手帳を取り出し、ナオに質問を投げかける。
「今回の件ですが、被害届けは出されますか?あちらは反省してますが、十分に傷害罪、殺人未遂として訴えることが可能ですが・・」
警察の問いにナオは、首を横に振る。
「被害届は、出しません。彼女に伝えてもらえますか?今回の件、ごめんなさい。もう会うのはやめましょうって」
そう言ってナオは、頭を下げた。下げた相手は恐らく警察官にではないのだろう。
警察官は、「分かりました」と了解する。そして、チラッとタケルに視線を向ける。
「失礼ですが貴方は?」
「・・・彼女の夫です」
その言葉に警察は、ひどく驚いた顔をする。
今回の事件は女性同士の関係のもつれだと認識していたので、異性の夫が出てくるなど思いもよらなかったのだろう。
その失礼な態度にタケルは、ムッとする。
「・・・失礼ですが身分証を」
まだ、疑っているのかと渋々免許証を取り出して警察官に渡す。
警察官は、免許証を受け取ると事前にもらっていたナオの情報と見比べる。
そして免許証を返す時、酷く同情的な顔をされた。
タケルは、殴りかかりたい衝動に駆られるも免許証を受け取るに止めた。
警察官は、一礼して去っていく。
タケルは、カーテンを閉め、ナオに見えないよう奥歯を噛み締める。
「・・・私たちってやっばり間違えてるのかな?」
その言葉にタケルは、火鉢をあてられたように振り返る。
ナオは、顔を俯かせ、涙を溜めている。
布団を皺が寄るほどに握り締める。
「私は、私は、純粋に貴方のことが好きなだけなのに・・なんで?何がいけないの?」
ナオは、涙を流してタケルに訴える。
「いけないことなんてないよ」
タケルは、ナオを安心させるように笑いかける。
抱きしめて上げられないことをこんなに悔しく感じることはない。
「例え、周りから受け入れられなくても、俺たちの愛は本物だよ。そう誓っただろう」
そうあの時、俺たちは誓ったのだ。
2人でずっと愛し合い、支え合っていくことを。
つづく
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