第4話 高校時代〜タケル編〜

タケルは、自分の身体が紛い物だとずっと思っていた。

 自分の本当の身体は、どこかの悪い組織が隠してしまい、今の身体は、そんな連中が面白半分で作って自分の魂を入れた、そんな厨二病のようなことを本気で思っていた。いや、そう信じようとしていた。 

 じゃあなきゃおかしい!

 なんで俺だけみんなと違う!

 なんで女の子に欲情しない!

 なんで触ることを考えるだけで気持ち悪くなる!

 なんで同性の身体に反応する!

 俺は、スポーツが好きだ。ヒーローの活躍する漫画だってずっと好きで読んでる。服だって男ものしか興味はないし、女ものの可愛いものやアクセサリーにも興味もない。

 なのにどうしても異性に興味を示せない。嫌悪感すら感じる。逆に同性には欲情する。

 こんなことは誰にも相談出来なかった。

 親にも、兄妹にも、友人にも誰にも言えなかった。

 ずっと孤独だった。

 それを忘れるためにバスケに打ち込んだ。

 真剣に、雑念など入り込むことができないほどに隙間なく全力を注いだ。

 お陰様で卒業までの3年間ずっとレギュラーをキープし、身長も環境に適応するかのように中学から30センチ以上も伸び、顔も精悍なものとなった。

 お陰で女子にもモテた。吐き気がするくらいモテて、少しでも触れられるとトイレで吐いた。

 その度に自分が他の人と違うのだと絶望の痛みが走った。

 次第にバスケだけでは心を埋めることが出来なくなった。次にのめり込んでだのが料理だった。食材に向き合い、何を作ろう、この調味料を入れたらコクが出ていいんじゃないか?煮込むより揚げる方が美味いんじゃないか?化学の方程式のように無限にあるバリエーションを考えるだけで楽しかった。

 自然と料理の道に進もうと思ったのもこの時だ。

 自分の店でも持てば客はともかく必要以上に同性と関わらなくていい。自分1人だけで生きていくことが出来る。

 最高だ!と思った。

 漠然と自分の生きる道が描けただけで少し心が楽になり、前向きに考えられるようになった。

 アレを見るまでは。

 それは高校2年の冬、身も凍るほどに寒いとは言え、バスケに集中すれば汗は出る。特に新陳代謝の激しい10代なら尚更だ。大会前に自主練をしていたタケルは、一度着替えようと部室に戻り、ドアノブに手をかけると中から声が聞こえた。

 激しい吐息と喘ぎ声。

 タケルは、ドアノブから手を話す。

 心臓が軋む。

 開けてはいけない。

 ここから離れるんだ。

 頭の中で警鐘が鳴り響く。  

 開けてしまったらもう戻れない、と。

 しかし、頭に反して心が囁きかける。

 開けろ、と。

 タケルは、心の囁きに逆らうことが出来ず、ドアノブを掴み、ゆっくりと回して開いた。

 そして後悔した。

 部室の硬いベンチの上でチームメイト2人、体を重ねてが交わっていた。

 顔を紅潮させ、上半身を脱いで、逞しい身体を晒し、ズボンと下着を中途半端に下ろしていた。

 タケルは、自分の身体が急速に冷えていくのを感じた。 

 手足の指の間隔がなくなり、震えがゆっくりと襲ってくる。頭の中で思考と感情が爆竹のように弾け、代わりに下半身の一部が熱くなる。

 チームメイトたちは、思考が停止して呆然としているタケルを見て破裂寸前の完熟トマトのように赤くなり、互いを突き飛ばすように離れ、ズボンを上げる。

「ちっ!違うんだタケル!誤解だ!」

 チームメイトの1人が言うには、もう1人の方に初めて彼女が出来た。キスまでは出来たがその先にどうしても進むことが出来ない。どうしたらいいか相談を受けたと言う。チームメイトは、真剣に相談を受け、アドバイスをした後、「それじゃあ本番前に練習してみるか」と面白半分で互いで模擬をしてみたら思いの外盛り上がってしまい、気がついたらズボンを下ろしたところでタケルが入ってきたのだ。

「頼む!」

「このことは誰にも言わないでくれ!」

「なんでも奢る!」

「彼女に知られたくない!」

 2人は、必死に頼む。

 しかし、思考の破裂していたタケルの耳にはまるで届かない。

 恐らく2人にはタケルの表情と目が冷めた、ひどく軽蔑したように見えたことだろう。しかし、実際には混乱して表情も目も形を定めることが出来ないだけだった。

 タケルは、震える足で後退りし、ドアを閉めた。

 ドアの奥から「待ってくれ!」と大声で叫ぶ声が聞こえるが、タケルは、取り合わずそのまま走り去ってしまう。

そして気が付いたら屋上の壁に寄りかかっていた。

 夕暮れの空が苦しいくらいに綺麗だった。

 タケルは、ズルズルと座り込み、頭を抱える。

 もうダメだあ。

 感情と欲が抑えられない。

 考えすぎて何も考えられない。

 呼吸ができない。

「やべえ・・・死にたい」

 タケルは、涙を流し、爪が食い込むほどに自分の手首を握る。鬱血し、流れた血が筋を作る。

 もうどうしたら良いのか、タケルには分からなかった。

 その時、屋上のドアが開いた。

 入ってきたのは小柄なボブショートの少女だった。

 彼女は、屋上のドアを閉めるとそのままへたり込んだ。

 よく見ると涙を流し、蒼白な顔で空を見上げる。

 そしてぼそりっと呟く。

「やばい・・死にたい」


                つづく

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