空描

小狸

0

 

 いつもより早く起きた朝は、水色をしていた。


 窓を開けると、そこには幻想的な景色が広がっていた。


 昨日の夜には雨が降っていて、きっとその影響で晴れやかな気持ちということもあるのだろうが、そんな天気的な分析がどうでもよくなるくらいに、綺麗だと思った。

 

 素直に驚いた。

 

 そして、感動してしまった。

 

 こんな近くに、こんな美しいものがあったなんて、知らなかったからだ。

 

 幸せは実は一番近くにある、とか。幸せなものは失ってから初めて気づく、とか。

 

 そういう言い回しが、世の中で「名言」として人口に膾炙していることが、私は不満である。

 

 気づくことのできない程度の幸せが、大切なもののはずがないからである。

 

 幸せとは、私の悩みも、気持ち、も、こころも全て覆い隠してしまうくらいに広大なものだと思っていた。

 

 そして、私からは最も遠くにあるものだと。


 幸せな感情なんて、ゆっくりと空を見たことなんて、幼稚園のとき以来である。

 

 そこから先は、いつだって何かに追われ、何かに急き立てられ、何かを求められてきた。

 

 余裕なんてなかったし、そこに幸せなんて容量が含まれる隙間はなかった。

 

 しかしどうだろう。

 

 目の前に広がる描画を見て、私は今、何かの感情が掻き立てられている。

 

 沸き立つように、胸の中に溢れて止まらない。

 

 それが幸せだと気づくのは、もう少し後の話である。

 

 こうして私の自殺はまた、空模様によって未然に防がれてしまうのだった。

 

 人生は続く。

 

 


(了)

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空描 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る