Episode.9 ヘア・ケアー
6月真っ只中、日本で言えば梅雨である。そしてそれは、異世界でも同様であった。
「ちょっとリームー? もう学校遅れちゃうよー?」
ドアをダンダン叩きつつ、ノアが叫ぶ。
部屋が隣同士なので、毎朝どちらかがもう一方を迎えに行く事にしている。普段からノアが迎えに来る事が多いのだが、今日は特別遅い。一体何が起きているのかとノアは少し不思議に思った。
「先行っててくれ」
ドア越しでリームが言ったので言われた通り先に行く事にした。
リームはその日、学校を休んだ。
放課後。さすがに心配になったノアは、リームの部屋に寄ってみる事にした。
部屋の前に着き、今朝とは違い優しめにドアを叩きながら言う。
「おーいリームー? 何であなた学校休んだのー? お腹でも痛いの? それとも熱でもあるの? 何か買ってこようか?」
「そうだな、ヘアクリームとクシと霧吹きを買ってきてくれ。頼む」
ドア越しに要望する声が聞こえる。お見舞いの品にしてはやけに特殊だとノアは思ったが、言われた通り買ってきた。
「買ってきたけど、どうすればいいの?」
「……ああ、ありがとう。今から開ける」
それから少し待つと、ガチャという音がしてドアが開いた。
リームのその姿を見たノアは思わず笑ってしまった。
寝巻きのままなリームの髪は、寝グセと湿気でまるでわたあめの様になっていた。
それを見たノアはさすがに大声で笑う事はせず、なるだけ声を押し殺して「くくく……」と笑っていた。
「こっ……バカ! 笑うなー!」
その姿のままリームが怒った。それがノアには益々おかしいので、そのままドツボにハマってしまった。
「ちょっ……ふふっ……も……わたあめが……喋っ……ふふふっ……」
もう我慢できなかった。
「アーッハハハハ! イーッヒッヒッヒ!」
「うるせェ! もういいわ!」
わたあめ、もといリームが赤面しつつ怒った。
「さっきはごめん。……それで? まさかそれを直す為にわざわざ休んだっていうの?」
部屋に通されたノアはお茶を啜りつつ言った。
「そうだよ。今朝ちょうどヘアクリームからしちゃってさ。その上くしの歯も折れてさ。わざわざ買いに行かせるのも悪いから、今日はやむを得ず休んだんだ」
「確かにね。あんな姿で外に出るわけにはいかないもんね。くくっ……」
ノアは少し思い出し笑いをした。リームが少しムッとしたのでごめんごめんと謝る。
「何かいい案ないかな?」
リームはノアに助けを求めた。
ノアは少し考えた。
「そうだねー……。一番はそういうのを買い忘れない事だと思うけど。それ以外ならあの寝グセを生かすヘアスタイルにしたらどう?」
「生かす?」
リームはその言葉を訝しむ。
「そう。生かすの」
ノアは自分の通学カバンからファッション誌を取り出す。さっきお見舞い品を買いに行った時に一緒に買ってきたのだ。
ノアはその雑誌をパラパラとめくり、あるページを指で指して見せた。
「ほら、このページ。『寝グセ対策特集』の『寝グセを隠す髪型』ってコーナー」
リームはノアが指した部分を見てみた。成程、雑誌にはその髪型のやり方がイラストつきで紹介されている。
「とりあえず片っ端からやってみましょうか」
クシとヘアゴムを持ったノアが言った。
「じゃあまずは『ポニーテール』からね……ってそのクセじゃムリか……」
「いややる前から諦めるなよ。何とかなるかも知れないし」
あまり気が進まないけど……と言いつつ、ノアは何とか髪を伸ばし結んだ。
「ホラできただろ?」
「あーいや……」
その瞬間、クセが元に戻り、ヘアゴムが弾けて元のわたあめに戻った。
「う、うわー……」
ドン引きするリームに、ノアは
「だから言ったじゃん」と呆れる様に言った。しかしリームを意固地である。
「いーや、次だ!」
続けておさげ髪にした。だがこれもヘアゴムが千切れ飛んだ。
「むー……じゃあこれはどうだ?」
ノアは今度はゴムを二つ使って髪を結ぶ。ツインテールである。だがこれもダメだった。二つのヘアゴムがブチンと音を立てて切れた。
「じゃあこれだ」
今度は髪をお団子にした。
「アレ、これ意外とよくない?」
ノアが声を上げた。
確かに他と比べて安定している様だ。
「でもまあ、他と比べて難しい髪型っていうのはあるけど」
自分の髪が原因で学校休んだ奴に果たしてできるのかという心配がノアにはあった。色々発明してる割に不器用なのである。リームは。
しかしなぜだかリームは自信満々だった。
「まあまあ。今できなくても今からできる様に努力すればいいんだ。そのファッション誌さ、どこに売ってきたんだ?」
ノアは近くのコンビニで買ってきたと教えてくれた。
「わかった! 買ってくる!」リームはそう言い残すと、獣人もかくやなスピードで買いに走って行った。
しばらくして、リームはたくさんのビニール袋を抱えて帰ってきた。
「えっと……これ……何?」
ノアは動揺して聞いた。
「周辺のコンビニでファッション誌を買ってきたんだ」
「いや、わかるけど……」
わかるが、最近まで服を一着しか持ってなかった奴のやる事じゃない。だからどういう風の吹き回しかとノアは動揺しているのである。
「これでファッションについて色々勉強するんだ」
その様子を見て、本人がやる気になっているならいいかとノアは思ったのだった。
———その夜。リームは夢を見ていた。
「目を覚ませ。ヒロム」
リーム、もといヒロムが目を開けると、そこは懐かしい空間だった。
いや、懐かしいのは空間だけではなかった。
ヒロムを呼んだのは、あの時の赤い玉だった。
「何だ。久しぶりだな。10年ぶりか」
ヒロムのその問いかけには応じず、その赤い玉は淡々と語る。
「単刀直入に言おう。ヒロム。キミの精神と肉体のリンクが今外れかかっている。以前のキミならやろうともしない事、覚えがあるんじゃないのか?」
「私……いやおれがファッションに興味を持った事か。それの何が悪いんだ?」
「『リーム』が『ヒロム』の力を失うと、こちらとしても不都合がある。私はキミの力を見込んでこの世界に転移させた。だからキミを失う事はこちらとしても望まない。やはり性別が異なるからか、魂と肉体のリンクが弱い様だ。過去にはない、イレギュラーな状態だからな。だからもう一度キミの精神と肉体を強くつなぎ合わせる」
「……ちょっと待てよ……」
「ん?」
「その言い方だとまるで、過去におれみたいな転移者がいるみたいじゃないか!? どういう事だ!?」
「面会は以上だ」
赤い玉は質問には答えなかった。
「おい待てよ!」
ヒロムの呼びかけにも応じない。
「そうだな……、最後にもう一つだけ。戦いはもう始まっている。すでに敵は仕掛けてきているハズだ。周りにも注意しとけ。私も近い未来、そっちへ向かう。その時はよろしくな」
「え? いや待てよ! オイ! まだ質問は……」
ヒロムの呼びかけに、赤い玉はもはや答えなかった。
———朝。
目が覚めたリームの髪は、寝グセと湿気でわたあめ状態になっていた。そしてリームは昨日買ったファッション誌には一切目をくれる事なく、さっさと髪を直し、制服に着替え、そそくさと学校へ向かったのだった。
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