Episode.8 スタディ・ウィズミー

 5月下旬、学園生活にも慣れ、そろそろ夏も近づいてきた頃、学園は途端に忙しくなってくる。

 6月の上旬に行われる中間テストの為である。

 内容は「魔法基礎」、「魔法式」、「武術知識」、「マジーロ史」、「国語」の5教科のペーパーテストであり、成績優秀者は廊下に張り出され表彰される事になる。

 テストの最初も最初なだけあって、問題はやさしいものが多いが、その分これを取り逃がすと今後の3年間の学生生活にも悪影響を及ぼす程重要なテストなのだ。

 そのテストに、一人慟哭している生徒がいた。

 ノアである。

 彼女は「自分の苦手なもの」に勉強を挙げる程苦手である。

 先程からガタガタ震え、テストまでの時間を指折り数えては絶望していた。

 そんな彼女が頼れる人は一人しかいなかった。

 ノアは隣に座っているクラスメイト、リームに話しかける。

「お願いリーム! 勉強教えて〜〜〜!」


 ———放課後。学生寮 ノアの部屋にて。

 リームとノアは、二人で勉強会をする事にした。

 ノアの部屋は、というより全ての寮の部屋は、間取りや広さなどはほとんど同じとなっている。

 しかし、ノアの部屋はここに来て買ったという小物やぬいぐるみが置いてあり、まさに女の子の部屋というものになっていた。

 同じ間取り同じ広さで自分のとはこうも違うのかと、リームは自分の殺風景な部屋を頭に浮かべながら思った。

 そのローテーブル(要は床に座るタイプの机)の上には、簡単なお菓子やジュースが用意されていた。

「で、わからない所はどこなんだ?」

 リームが用意されたジュースを飲みつつ言った。

 ノアは大きなため息をつきながら、

「それがね、どこがわからないかがわからないの。強いて挙げるなら、『全部』?」

 マジか……とリームは絶句した。

「……じゃあしょうがないな。まずは基礎の基礎からおさらいしていこうか」

「お願いします! 先生!」

 ノアは威勢よく返事した。

 ———1時間後———

「わ〜か〜ら〜ね〜!」

 そう言いながら、ノアは机にぐでっと突っ伏した。

「わかるだろ。簡単な語呂合わせだ。神歴1504年、マジーロ王国が建国された。『1504』は『いこうよ』って読めるだろ?だから『1504いこうよそこにマジーロ建国』こう覚えるんだ。ホラ、リピートアフタミー!」

「『行こうよ』ってどこに行くつもりなの?」

 ノアは突っ伏した状態から顔だけ挙げて聞いた。

「どこにって、そりゃあマジーロ王国だろ。って言うかそういうのはどうだっていいんだよ!」

 わからないならわからないなりに。教え甲斐があるものだとリームは思った。二人の時間はこうして過ぎて行ったのだった。


「そういえばさ」

 しばらく時間が過ぎた後、教科書から顔を挙げてノアが聞いた。

「あなた魔法使う時にわざわざ魔法陣展開するのって何でなの? ホラ、教科書のここによれば『魔法陣は遠距離に魔法を展開する時に使う』って書いてあるけど」

「あーその事か」

 リームは口を開いた。

「魔法にはさ、『反動』がある事は常識として知ってるだろ?」

 リームの問いにノアはうんうんと頷く。

「その反動は、例えば雷魔法を直接使う時にはその雷魔法では感電しないという様に軽減されるんだ」

 それはノアにもわかっていた。自分が自分の魔法を使って感電した事なんて今までで一度もない。

「でもそれは魔法での話なんだ。おれの固有魔法はあくまで創造魔法であって、雷魔法じゃない。『創造雷魔法』と『雷魔法』は、厳密には違う魔法だが、性質としては同じものだ。だから雷魔法が固有魔法ではないおれはその反動をモロに食らう事になる。だから自分の体から直接魔法を使うのではなく、魔法陣を介して魔法を使うという方法にしたんだ。魔法陣は(使用者の力量によるが)どこにでも展開できるからな。まあ、魔法陣を展開する分、魔力をより消費するデメリットはあるが」

 ノアにはよくわからなかったが、つまり「魔法の反動を抑える為にリームは魔法陣を使っている」という事だという事はわかった。

「まあ、そんな事テストには出ないと思うけど」

 と言いつつ、こちらの疑問にもしっかり答えてくれるリームに、ノアは感謝した。


 ———それから数時間後———

「やっぱりダメだー! どーしても! わからなーい!」

 ノアはそう叫ぶと、今度はどてっと倒れ込んでしまった。

「まさかここまでとは……」

 リームもリームでノアのできなさに衝撃を受けていた。

 なのでリームは、ある一つの提案をする事にした。

「なあノア、一つ提案があるんだが」

「何!? 提案って!」

 食いつきが激しい。リームはやや気圧される形で後ろに引いた。

「まあ落ち着けよ。時にノア。『勉強には暗示が必要になる事もある』そういう話を聞いた事はないか?」

「アンジ?」

 ノアの脳裏には、?マークが浮かんでいる様だった。

 リームはさらに詳細を説明した。

「まあ、この場合『暗示』というより『催眠』だが。おれがキミに催眠をかけて勉強好きにするんだ。ホラ、『好きこそものの上手なれ』って言うだろ? ノアの欠点は、勉強に苦手意識がある所にあると思ってるんだ。それを催眠で克服する事で成績アップにつながると思って」

 追い詰められたノアに残された道は一つだった。

「お願い! それ私にかけて!」

「わかった。けどノア、おれが今からキミにかけるのは『創造催眠魔法』って奴なんだけど、これはまだ習得したばかりで今まで誰にも使った事がない。つまり『実験体』になるという事なんだけど、それでもいいか?」

 ノアの決意は変わらなかった。

「それでもいいから!」

 その願いを聞き入れ、リームは魔法陣を展開する。

「『創造催眠魔法』!」

 ノアの頭が一瞬真っ白になった。


 ———テスト当日———

 そこには何も話さず、瞬きすらしない勉強マシーンの姿があった。

 一体どうしたのかという周囲の心配にも、一切答えなかった。

 テストが始まっても、ただ黙々と問題を解いていた。

 ———自分はとんでもないものを作り出してしまった……

 リームは戦慄していた。

 ———後で絶対元に戻さないとな……

 リームは強く誓った。


 ———それから一週間後———

「それで? 順位は結局何位だったんだ?」

 ふとリームが聞いてきた。

「うーん、『特進総合科』って40人いるでしょ? その中のね、17位でした。」

「……」

 しばらくの間二人に沈黙が流れる。

 口を開いたのはリームだった。

「いやー……、正直微妙……? いや、平均よりは上だからいいのか?」

「いいに決まってるでしょ! 今まで最下位だった奴が平均より上取ってるだから!」

 ノアが怒った。

「で、そういうあなたはどうなの?」

「あーおれか? おれは……」

 リームは五枚の紙を取り出して言った。

「満点で第一位だ」

「うわーいいなー! うらやましいなー!」

 少し引くぐらいうらやましがるノアだった。

 6月の上旬、春の陽気も終わり、そろそろ梅雨がやってくる。



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