Episode.6 スマート・インベンション
二人で服屋に行った、その翌日の放課後の事である。
ノアはリームに誘われて彼女の部屋に招かれていた。
「で? 私を連れてきてどうする気なの?」
ノアは用意してくれたコーヒーを飲みつつ聞いた。
「ホラ、ノア、昨日言ってただろ? 『絵として』風景を残せればいいのにって」
リームは何かを準備しながら答えた。
「確かに言ったけど、それと今私があなたの部屋にいる事に何の関係があるの?」
ノアが聞くと、リームはため息をついて言った。
「だから、キミの言ったそれを実現させようと思ったんだ。魔道具で」
「魔道具でって……そんな事できるの?」
「可能だよ。昨日帰ってきてから徹夜で設計図を書いたんだ。ホラ」
リームが差し出した設計図は、A3のコピー用紙ぐらいあるもので、絵や文字で書いてあるのがわかった。しかし、絵も文字も下手だったので、ノアにはそれが何と書いてあるのかは理解できなかった。
「キミにはおれを手伝って欲しい。おれには重くて持てないものもあるし、相手が必要な動作確認もある。バイト代は出すからさ。頼むよ」
ノアはしばらく考えた後、自分を頼ってくれるなら応えたいと考え、それを了承した。
リームはノアに対して魔道具の解説をした。
どことなく嬉しそうだった。
「そもそも魔道具ってのはな、魔素と魔力が混ざった塊である魔石に魔法式を刻み、それを組み込んでできる道具で、だからおれ達が魔法を使うのと原理はそう変わらないんだ」
しかし、ノアはそれ程興味がなさそうであった。
勢いを削がれたリームだが、「ま、まあ別に知らなくてもいい事だから、別に大丈夫だ」とフォローした。
「名前は『スマージフォン』だ」
作り始める前、リームがノアに言った。
「『スマージフォン』?」
ノアが首を傾げる。
「ああ、『スペシャル・マーベラス・ジーニアス・フォン』、略して『スマージフォン』だ。機能としては、撮ったものを『写真』として残しておける『カメラ機能』、離れた場所からお互いに連絡を取り合える『電話機能』、文章を送れる『メール機能』と『メッセージ機能』、地図を表示する『マップ機能』、時間を測れる『時計機能兼タイマー機能』、なくした時用の『紛失対策機能』、とりあえずバージョン1.0に搭載するのはこれくらいかな。これを生徒教職員全員に配る」
生徒教職員全員とは。途方もない数である。
果たしてそんなに作れるのか。
ノアはそれを疑問に思いつつも、まあリームなら何とかするだろうと考え、そして率直な問題点を口にした。
「あのさ、名前聞いてさ、『かめら』とか『めーる』とか、私ほとんどよくわからなかったんだけど、みんな理解できるのかな?」
それを聞いて、「そりゃそうか」とリームは納得した。そうだ、使い方も教えなくちゃいけないのか。
「じゃあサポートAIでも入れるか」とリームは考え、とりあえずリームは、ノアを助手に「スマージフォン」の開発に着手した。
しかし開発は困難な道のりであった。
「これをこうすればいいの?」
「だー違う! この回路はここにつなぐんだ!」
「こうかな」
「わーダメだ! そこにつないだら……」
その時である。
ドッ……カァーン……!
部屋を覆う程の爆発に巻き込まれた二人は、服が破れ、黒焦げアフロヘアーになっていた。
「いくらお約束とはいえ……言っただろ……」
黒焦げのリームが言うと、同じく黒焦げのノアも「すみませんでした」
と謝る事しかできなかった。
さてこの様なトラブルはあり、その後も何度か爆発させる事はあったものの、ノアもコツをつかんできたのかだんだんとその規模と頻度は減っていった。
そして5時間程作業を続けた結果、ついに最初のスマージフォンが2台完成したのであった。
完成したスマージフォンは、薄い板状の物体であり、要するにスマートフォンの様な形状であった。
「よし、テストをするぞ。ノア、少し離れてくれ」
ノアが部屋を出て10m程離れた。
「そんで番号を打ち込んでっと」
プルルルル……プルルルル……
リームにとっては懐かしい音が流れた。
「ちょっとこれ、いきなり音したけど、どうすりゃいいの!?」
遠くからノアの声が聞こえた。
「画面に『出る』って文字があるだろ? そこを押せばいいんだ!」
「えっと、こう?」
次の瞬間、懐かしい音が消えた。
「……もしもし、聞こえるか?」
「え? うん、聞こえる! 何で!? 何で遠くから言葉が聞こえるの? そういう創造魔法?」
ノアは興奮した様子で大声で話した。ここまで声が大きければ、電話なしでも聞こえるものなのだが、リームにとって、それはすごく新鮮な反応だった。
「よし、次はカメラ機能だ」
リームは、戻ってきたノアにいきなりカメラを向けてシャッターを切った。
カシャッというこれまた懐かしい音が出て、ノアの驚き顔が保存された。
その様な動作確認を何回か行い、全ての機能の異常がない事を確認したので、最後に「サポートAI」の確認をする事にした。
「ヘイ、『クロノーム』」
「はい、何でしょう」
若い女性の柔和な声であった。
「これで色々質問をすれば応えてくれるんだ」
試しに何か質問してみろとリームはノアに促した。
「じゃあ、えーっと」
ノアはしばらく考えた。
そして「画面明るくして」というと、画面が少し明るくなった。
「これすごいね」
ノアが素直に感心すると、リームは得意げに、「それだけじゃない。例えば今日の天気を聞けばかなり正確な天気予報をしてくれるし、寂しい時の話し相手にもなるんだ。勿論何かわからない事があれば教えてくれる。言わば一人一つの専属秘書かな」と言った。
「それはわかったけど……」
ノアは恐る恐る言った。
「これを全生徒教職員に配るの?」
「大丈夫だ。一つでもできれば……」
リームは2台のスマージフォンに手をかざすと、「『創造コピー魔法』! 大量生産!」と叫んだ。
すると、スマージフォンは一気に4つに増えた。
「わっすごい! 増えた!」
「これを繰り返していけば全員分揃うだろ?」
リームは益々得意げになった。
「じゃあ早速、理事長から許可取って、配りに行こうぜ」
「うん!」
ノアはそのまま理事長室に駆け出そうとしたが、ふと気になった事があったので、リームに聞いてみた。
「何で秘書の子『クロノーム』っていうの?」
「ああ、それか?」
その由来は意外なものだった。
「『黒』《クロ》焦げの『ノ』アとリ『ーム』から取ったんだ。おれ達の苦労の証だろ?」
その答えにノアは思わずズッコケ、そして叫んだ。
「何でそこ引っ張るの!?」
こうして完成し、さらに理事長の「面白い」というお墨付きも貰い、晴れて生徒教職員全員に配られる事になったスマージフォンであるが、それが近い将来、この世界の命運をも左右する程の発明品になるとは、まだ二人はそんな事夢にも思っていなかったのであった。
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