Episode.5 クローズ・ショッピング
———あの決闘から数週間が経過した。4月も下旬に入り、みんなだんだん学生生活にも慣れてきた様だ。
「ねえそういえばさ……」
放課後の教室、ノアはリームについて最近気になる事があったので聞いてみた。
「あんたいつも制服着てない?」
意外なツッコミにリームは、
「そりゃ高校生なんだから一番よく着る服だろ」と返した。
「いや、まあ確かにそうなんだけどさ、お休みの日に遊びに行く時も制服じゃん。だから私服とか持ってんのかなって」
その発言を、リームは手を振って否定した。
「いやいや、さすがに持ってるぞ」
「持ってるって、どんな服を?」
「えーっと……、自分の部屋できるよう着る用のやつかな」
「それ部屋着じゃん!」
ノアは呆れた。
「私が言ってんのはよそ行きのさ、外に着ていける様なやつよ」
「制服がありゃ十分だろ」
「全っ然! 十分じゃない! 服がなかったら普通に困るでしょ」
ノアは腕で×を作りながら否定した。
そしてノアはリームの腕を掴み、言った。
「もう、行くよ!」
「行くってどこに?」
「どこにって、決まってるでしょ! 服屋さん!」
「ちょっと待てよ。最近強盗が多いって聞くぞ」
そんなリームの抵抗も虚しく、なすすべもなく連行されていったのだった。
そもそもマジーロ魔法学園都市は、マジーロ魔法学園を中心として、いくつかの通りが放射線状に伸びて成立した都市である。
その通りの内の一つに、都市内の服などの装飾品を売る専門店や美容院などが集中し、「美しさが集う場所」とも称される「ローラン通り」があった。
リームとノアは、ノアが以前訪れたというその内の店の一つ「CLOTHES-DRAGON」を訪れた。二階建ての木造の店舗である。
「『ドラゴン』って、もしかして自分がドラゴン族だからか選んだのか?」
「違う違う、これただの店名だから。この店、すごく品揃えがいいの」
リームの無粋な質問に、ノアは冷静に返した。
「奢ろうか? 私が無理やり連れてきたんだし」
「いやいい。金ならあるし。しかし、確かにキミの言う事も一理あるな。服は2、3着あっても別に困らない」
その答えに、ノアは嬉しくなった。
店内に入るなり、ノアはリームに聞いた。
「よかった、わかってくれて。それで、何か欲しい服とかあるの?」
「うーむ、そうだな……」
リームは腕を組み考え始めた。
そもそもリームは、前世から今世に至るまで、ファッションに興味はなかった。実家にいた時はそれなりに服は持ってたが、寮に入るに当たりそのほとんどを置いてきてしまった。そしてその服も自分のセンスで選んだというわけではなく、使用人が勝手に選んだものを着ていただけだったのだ。
こんな人間に、服を選ぶなぞ不可能だった。
リームはしばらく長考した挙句、「わからん、任せた!」とノアに丸投げした。
ノアは「はいはい」とどこか嬉しそうに答え、自らのセンスでリームをコーディネートする事にした。
「せっかく素材はいいんだもん。どうせならメイクも髪型もバッチリやって、変身させちゃお!」
しかし、服の選定は困難を極めた。「元がいいので基本何を着ても様になる」というリームの特性が、逆にファッションを決める事において足枷になったのである。
悩んだ結果、組み合わせを何セットか決めて、それを順番に着せていく事にした。
ノアは手当たり次第に自分が「いい」と思ったものを選び、そこからコーディネートを決めていく。
程なくして一旦全てのコーディネートが決まった。
「はいじゃあまずこれね」
選んだ服をリームに手渡した。
「はいまずは、『ガーリッシュスタイル』!」
ロングワンピースにぺたんとした靴のスタイルである。
「うーむ何か動きにくいな」
リームの評価は芳しくなかった。
「じゃあこれは? 『ロリータスタイル』!」
今度はふわふわしたワンピースを着させられた。
「益々動きづらいな」
「じゃあ……」
その後も「セクシー」「クール」「ゴージャス」などと言いながら、ノリに乗ったノアはリームに様々な服を着せていった。まるで着せ替え人形だ。
その着せ替え人形は、遂にキレた。
「だから! 他にもっと普段着れる服はないのか!? まあ、全部任せた立場で言える事でもないけどさ!」
煌びやかなゴージャススタイルの剣幕に、ノアはやりすぎたと反省した。
「わかったわかった。じゃあこれは?」
ノアが手渡したのは、何やら文字が書かれているTシャツにショートパンツ、それとスニーカーだった。
「ああ、こういうのか……」
リームが「これにする」と言おうとしたその時であった。
「おらおら! お前ら! 金をよこせ!」
そう叫びながら大きな袋を持った一人の大男が店に押し入ってきた。
最近噂の強盗である。店内にいる全員が男から離れた。
「命が惜しくばこの袋に金と貴金属をありったけ詰めろ!」
「あのさ、具体的にはどうやって命を奪うんだ?」
口を開いたのはゴージャススタイルのリームであった。
「何だお前?」
「通りすがりの女子高生です。覚えないで下さい」
「お前、おれをナメてんのか!」
「ナメてないよ。だってこうでもしないと、不意打ちかませないからな!」
リームは果敢に男ち挑んだ。この程度の相手なら倒せると踏んでの行動だった。
しかし、リームにはいくつかの誤算があった。一つ目は自分の服が煌びやかなゴージャススタイルだった事、二つ目は踵の高いハイヒールを履いていた事。さらにそれに自分の運動音痴さも合わさり、リームは男の目の前で思い切り転んだ。
「痛った……」
それを見て、男はリームの体に触れ、自分の固有魔法「鍵魔法」を使った。
「は? どうなってんだ! 魔法が使えないぞ!」
「『鍵』で『閉じた』のさ。おれが開けない限り、お前は魔法を使う事ができない!」
「マジか、そりゃ面白い魔法だな。是非『採らせて』くれ……」
この状況でも好奇心を絶やさないリームを、男は文字通り一蹴した。
「お前は人質にする! そうすりゃ逃げれる可能性が増えるからな。そしておれは……」
その時である。何かがビカッと光ったと思うと、男はその何かに吹き飛ばされ、壁に思い切り叩きつけられて気絶した。男が気絶した事で魔法が解け、元通りになった。
その何かとは、ノアだった。ノアは自分の雷魔法を身にまとい、速度を上げる事で、反応できない速度で男を蹴りでぶっ飛ばしたのだ。
「私の友達に手ェ出すな!」
毅然と言い放ったノアに、店内から拍手が起こった。
その後、男は駆けつけた衛兵によって逮捕された。店はお礼として、ノアが買ったものを全てタダにしてくれた。
「いやー、一時はどうなるかと思ったよ」
リームは朗らかに笑って言った。
「本当に、無茶するんだから。あのまま衛兵に任せればよかったのに」
「まあまあ。お陰で商品タダになったし、おれも魔法式採れたし、結果オーライだ」
「命あっての結果だからね! 無茶しないでよ」
「わかったわかった」
リームがあの男をその場で仕留めようとしたのには理由がある。それはあの男が以前から強盗として噂になっていた事。さっきリームが言った様に強盗の成功率は低い。しかし噂になっているという事は、それなりにやってきたという事だが、あの男がそんなに頭のキレる奴だとは思えなかった。
頭の中にどこか違和感を感じながら、リームはノアと一緒に家路に着いたのであった。
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