魔王に食われ最強のう〇こになった勇者、陰から魔王を操るナンバー2となるのも悪くはない

カズサノスケ

第1話

「ぐふっ!」


 バギッと硬い物が折れる音がすると俺の腰の辺りに激痛が走った。腹の中に何かを突っ込まれて搔き回される様な感覚がした後、そこら辺りが熱くなる。そして……、大きな手で掴まれていた処から抜け出そうとしてもがいていたはずの脚の感覚がなくなっていた。


 魔王との戦いの最中、酷く傷付いて動けなくなった俺は脚を掴まれそのまま大きく開いた魔王の口の中へ身体を押し込まれた。身体に食い込んだ魔王の歯が俺を腰から上と下に断ち切ったのだとわかった瞬間、俺が覚えているのはそこまでだ……。



「なっ、なんだ!? 確か、俺は死んだはずじゃ……」


 俺の身に一体何が起きたと言うのだ?それを確かめようと胸の辺りを見下ろした瞬間、フワッと鼻を衝く様な臭いが過った。そして……、俺の胸が、それどころか全身が濃い茶色だと気付いた。


 身体を触ると、とても人間のものとは思えないほど柔らかい。それは差し延ばした指がスーッと突き刺さるほどだった。


 全身をまさぐってみた。一応、人の形はしている様だが俺は妙に臭くて柔らかい茶色の物体となっていた。そして、自分の死に様を思い出した。そう言えば俺は魔王に食われたのだ。つまり……。


「うっ、う〇こか!? 俺はう○こになってしまったのかーーーーーーーー!?」


 しかし、俺はおかしな事に気付いた。これまで意識を持ったう○こなどと言う物を見た事がなかった。もしかして、魔王のう○ことは何か特別な選ばれしう〇こなのだろうか?


 その時、誰かの声が聞こえた。自分が置かれた状況はよくわからない、ただ、う〇こ姿を誰かに見られてしまうのだけはまずい……。本能的にそう感じで俺は物陰に身を隠した。


「予とした事が〇んこを流し忘れるとはどうしたものかの……。あの、〇んこをする時の妙な脱力感のせいだろうか……」


 現れたのは魔王、勇者である俺を食ったやつだった。その姿を見上げると随分と具合が悪そうだ、戦っていた時に気圧された覇気も無ければ身震いするほどの魔力も感じない。全くの別人の様に感じられる。


「やはり勇者を食ったのがまずかったかの……。ん!? 流し忘れたと思ったが、既に〇んこがないではないか。流した事を忘れるとは、予は随分と調子が悪いようじゃな……」


 ここは便所だったのか。考えてみれば当たり前かもしれない、俺はう〇こに生まれ変わった?のだから始まりの場所が便所である事に何ら不思議はない。


 俺は便所を立ち去る魔王の後をつける事にした。やつの側にいれば俺がう〇ことして甦ったヒントの1つくらいは得られるかもしれない。そして、叶う事ならば元の姿に。


 魔王が戻ったのは『絶界の間』、魔王城の最深部にある魔王のあるべき場所。ここに踏み込むのは2度目だ、最初の時はここで魔王に食われた……。俺にとって絶対に忘れられない場所だった。


 俺は玉座の裏に回り込み聞き耳を立てた。


「魔王様、腹痛の方は治まりましたでしょうか?」


「ああ……、取り敢えずは大丈夫じゃ」


「それはめでたき事にございます! そこでと言うか、僭越ながらお願いしたき儀が」


「おお、そうじゃな。お前は勇者との戦いで腰から下を失ってしまったのだったな。どれ、すぐにその傷を癒して再生してやろう。その身に我が魔輪波を受けるがよい!」


 魔王と話し込んでいるのは側近中の側近、親衛隊長のベリアルだった。魔王の放った魔輪波は魔族を瞬時にして癒すチカラがあるはずだ。俺はやつとの戦いで何度もそれに苦しめられた覚えがある。食われてしまう事態に陥ったのも、再生してもらえるとわかっているベリアルが捨て身の攻撃を俺に仕掛けたからだった。


「魔王様? いかがしました、我が身体、一向に戻りませぬが……」


「ぬぅっ……。どうした事じゃ!? 魔輪波が、魔輪波が出せぬのじゃ……」


 なぜだろう右腕が少し温かく感じられた。はて?俺にこれほどの魔力があっただろうか?勇者として並みの者より強い魔力を持っていたのは間違いないのだが、今、自分の体内から感じられるそれは溢れるほどだった。


「おぉ、魔王様! 出たではありませぬか、ありがたき幸せ!!」


「そうか……」


 下半身が再生されたベリアルは両脚の具合を確かめるとその場に跪き主に向かって頭を垂れていた。俺はベリアルが何か勘違いをしている事に気付いていた、魔輪波を放ったのは俺なのだ。


 どういうわけかわからないが疼く右手を突き出してみたらそれが発せられていた。俺は魔王だけが使えるはずの固有の技を使えてしまったのだった。


 魔王はベリアルを『絶界の間』から下がらせると低い声を放った。


「誰か忍び込んだ者はおらぬか?」


 今なら魔王を討てる、そう思った俺は静かに玉座の裏から正面へと向かった。


「おっ、お主は!? 勇者クレラス、わしが食らってやったはず……。なぜ生きておる? いや、生きているのか……。その姿は?」


「生きているかどうかはわからない。何せ、俺は貴様のう○ことして甦ったのだからな!」


「予の○んこだと? まさか、その様な事があるものか!」


「魔王、もう気づいているのだろう? 貴様が使えなかった魔輪波を使ってしまった者の存在に。それはこの俺以外にない」


「むぅぅぅ……。なぜじゃ? なぜお主に我がチカラが……」


「そう言えば、1つだけ忘れていた事がある。俺の特別なスキル【死に場のクソ力】は死んだ時にのみ発動するらしい。もちろん、今まで1回も使った事はなかったし、どういう効果なのかもわからずにいた。それが発動してお前のチカラを奪い取った、そう思うしかない!」


「まさか、予のチカラの全てがお主に移譲したというのか……」


「そうだ。今のお前は魔王のなりだけはしているが搾りかすの様なもの。一方、俺はう〇このなりをしているが魔王のチカラに満ちている。真のう〇こと呼ばれるべきはお前の方だ!」


「ぐぬぬぬぅっ…………。おのれっ!」


 激昂した様子の魔王が俺に向かって両手を突き出して掌を拡げた。以前、この構えを取った時には極大の電撃魔法が放たれたのだが今回は……。何も起こらなかった。


「魔王よ! お前がやりたかったのはこれか?」


 俺の掌から放たれたそれが魔王の右半身を掠めてその後ろへと駆け抜けて行った。魔王の衣からは煙がくすぶっている。


「くっ……、本当に我がチカラの全てが勇者に渡ってしまったのか……」


「今度こそ魔王を討つ! そして、魔王を成敗した勇者として帰還する。覚悟しろ!」


 俺は身体中に満ち溢れた魔力の全てを右手の拳に集めた。魔王の最大奥義『極絶滅破光』で、そもそもの使い手を一撃のもとに消し去って全てを終わらせる事にした。


「まっ、待て! 勇者クレラス。いや、クレラスの姿を持った〇んこよ!」


「嫌がらせの如き物言い、それが最後の捨て台詞とは魔王も落ちたものだな!」


「我が言葉に耳を傾けよ! 仮にお主が予を討っても、勇者として人間の世界に帰れると思うか?」


 俺が期待していたのは魔王が命乞いをする姿だった。それを無視して止めを刺す、その瞬間を待っていたはずだが、俺は魔王がどう言葉を続けるのか気になり始めていた。


「変わり果てたその姿を見て、勇者クラレスであると疑わずに受け容れる者がどれほどいると思うか?」


「……」


 右手の拳の中ではち切れんばかりに膨れ上がっていたはずの魔力がゆっくりと抜けていくのがわかった。


 人間の社会、それはありふれたモノと違うモノをつまはじく社会。他人よりも剣の扱いに長け、高い魔力を持つ子として育った俺の仇名は『魔族の落とし子』だった……。家を追われ……、村を追われ……、修行に明け暮れ一端の冒険者となった。


 そして、勇者と呼ばれる様になり魔王に挑んだ。それを討ち取って凱旋した時、俺は誰からも認められる存在になる。忌々しい過去の想いの数々に封を施す事が出来る。……はずだった。


「魔王よ、俺に何を望んでいる?」


「予の影となり魔王のチカラを用いて予の政を助けるがよい」


「俺に何の得がある?」


「予の背がお主の居場所となる。行き場のない者にとって、それがあるだけで充分だろうて」


「なるほど、な」


 今の魔王は俺に抗うチカラを持っていない。魔王の身体を操り人形として魔界を統べる、魔王軍を率いて人間界に侵攻するという形での凱旋も悪くはない。



 魔王に食われた日からどれほど経っただろう。魔王が起こす奇蹟、実際には俺が起こしたものに魔族どもがひれ伏す。決して陽の当たる場所ではないが居場所はある、それがあるから居心地の良さというものを感じられる。


 俺はう〇こになって初めてその清々しさの中に全てを浸らせていた。

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