第14話 死地を生み育みし者③
キラビに正面から踊り込む。途端に俺の身体をからめとろうと触手が伸びて来たが、リデルの魔奏の影響下にあるそれらの動きは遅い。進むのに邪魔ないくつかの先端をヴュジュラで切り落とし、残りは大盾に任せて突き進む。
あと数歩で金色に輝くキラビの身体にヴァジュラが届く。そこまで迫った時の事だった、キラビの背から生えている赤色と黒色の花びらが動いた。まるで鳥が翼を羽ばたかせる様に花びらがしなるとそれは何かの音を発していた。
「これは、私が教えた『カメの円舞曲』!」
後ろの方からリデルの声が聞こえた時には既に遅かった。辺りに響き渡った魔奏は俺達全員の姿を捉えていた様だ……。
双方にかかった鈍足の効果。それから数分間ほど俺達とキラビは実にゆったりと矛を交える事になった。そして、お互いにかかった魔奏の効果が切れた。
「リデルちゃんの【覆地翻天】を使って僕達を素早くしてもらったとしよう。そこへ、あの娘の鈍らせる魔奏が当たったらどうなるんだい?」
バーディルに問われてリデルは首を傾げながら少し考えていた。
「1人の奏者が対象に魔奏を重ねてかける事は出来ません。でも、他の奏者の魔奏ならば重ねてかかるはずなので……、皆さんは普通の速度に戻る様な感じになるはずです」
「つまり、あの娘を鈍くしても、自分達を素早くしたとしても打ち消されてしまうのだね……」
「ええ……。私がキラビの動きを遅くした上で皆さんを速く出来ればいいのですけど、そこまで素早く連続で魔奏する腕はないので……」
「ふむ……」
魔奏について何かを考え込むバーディルの姿に、リデルはいつもと様子が違う事に気付いた様だ。
「ところで、バーディルさん、大盾はどうしたんですか?」
魔導師なのに全身鎧と大盾を持つ、それはバーディルの特徴あり過ぎる装備だった。その1つがない事をリデルに指摘され、「今日は使わない事にした」、その様に答えた持ち主だった。持ち主が使わない大盾は【心気楼】で現した偽物の様に見せかけて俺が使っていた。
受けたダメージを自身の反撃に上乗せする事が出来るバーディルの天恵の印【因果応報】。その蓄積はバーディルの身体だけではなく魔力が込められた鎧と大盾によっても行われる。印の効果を知ったキラビの攻撃対象から外されてしまったのを悟ったバーディルはそう説明しながら俺に大盾を渡していたのだ。
リデルとロメリエを守る様にバーディルが後方に控える。俺とナリス、ベルデさんの3人は再びキラビの眼前に身を躍らせた。一束にまとめて魔奏のターゲットにされる事のない様に俺が正面、ナリスが右側面、ベルデさんが左側面から仕掛ける。
次第にキラビの身体から木の根の破片やら、触手の切れ端やら、花びらやらがこぼれ落ち始めた。姿見だけならば華麗な花とも見えなくもないキラビだったが、今やその姿は枯れ花へと近づきつつある。すると、突如、俺達の刃を防ぐ為にくねらせていた根を高くもたげた。
真上から叩きつける!?綺麗に横並びに拡がった根は1枚の布の様に見えた。それを一気に叩きつけられてしまっては逃げ場がない。俺は2人に目配せをした、一時的に後ろを下がってキラビの一撃を回避する事にした。
しかし、俺の見立ては間違っていた。根は先端から落ちて来ると地面に突き立った。そして、これと言って目立った動きをするわけでもなく、ただただそのままにあり続けた。
「しまった、今すぐ根を薙ぎ払うんだ! 植物は土から養分を吸収する」
後ろからバーディルの声が届いた瞬間に俺達は地面を蹴っていた。根に刃が届こうかという直前、地面に突き刺さっていた先端が跳ね上がる。それは再びキラビの矛となり襲い掛かってきた。突いてくる根を大盾で弾いた時、キラビの身体に異変が起こり始めていたのが見えた。
切れ切れになっていたはずの花びらは再び元の姿に戻り、キラビ本体の背に赤色と黒色の大輪を甦らせていた。ちぎれかかっていた触手と根はその傷が癒え、切り落とされた先端が生え揃っていた。
「こいつは随分と分が悪い。大地の上で戦い続けたら僕達に勝ち目がないじゃないか」
その言葉だけなら大いに落胆したという意味かもしれないが、バーディルの語気はどこか踊っていた。その表情はむしろ喜んでいる様にすら見えた。
「バーディル! どうする?」
「素晴らしい再生をもう1度見させてもらうとしよう、かな」
ダメージをあたえたところで再生される。無駄になるとわかった上で無駄な攻撃を仕掛けろ、それがバーディルの考えらしかった。俺は妻であるベルデさんの方を向いた。両腕を拡げて「さぁ?」という様な身振りをしてみせたがその目は笑っていた。
こういう時のバーディルには何か秘策がある、俺もベルデさんもそれがわかっていた。ナリスは腕を組んだまま眉間にしわを寄せ、ついには爪先で地面をつつき始めていたがベルデさんに声をかけられ渋々首を縦に振った。
「ナリス! ベルデさん! バーディルの露払いをするぞ」
先頭を切って突っ込んだ俺にキラビの根と触手が一斉に群がってきた。その大方を引き受けたところで少し後ろにいた2人が跳んで散る。正面、両側面に分かれた何ら変わり映えのしない俺達の攻撃が始まった。
何かが少し違うとすれば……。今、俺の手にあるのは大盾ではなくヴュジュラと【心気楼】で現したキドラだ。【因果応報】に使うダメージを充分に蓄積した大盾は本来の持ち主の手にあり、そのバーディルは何かの魔法の詠唱を始めていた。
そして、無駄は繰り返された。傷付いたキラビは再びその身を再生させる態勢に入っていた。
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